異世界迷宮の最深部を目指そう 1 (オーバーラップ文庫)

【異世界迷宮の最深部を目指そう 1】  割内タリサ/鵜飼沙樹 オーバーラップ文庫

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最高の素質(ステータス)を持つ少年が攻略するのは、異世界迷宮の最深部――!

「絶対におまえを助ける。そのためなら、僕は――!!」
見覚えのない回廊で目覚めた相川渦波(アイカワ・カナミ)は、魔物から受けた傷をラスティアラという美少女に治療してもらい、ここが非常にゲーム的な異世界であることを知る。カナミは優遇されたステータスやスキルを武器に、美少女剣士のディアと『どんな望みでも叶う』と噂される迷宮の最深部に向けて突き進んでいく――。
これは少年が迷宮の最深部(しんじつ)を暴き、願いを叶える物語。
怒涛の展開で話題を呼んだ大人気WEB小説、ついに登場!!
なるほど、面白いのは「レベルを上げて物理で殴れ」的な、攻撃力や技術力の高さなどからなる能力・スキル優遇によって、優位に立つのではなくて、ゲーム的な「ステータス表示」「持ち物表示」「詳細閲覧」などの情報入手に、スキル「ディメンション」による索敵能力といった、情報系の能力によってダンジョン攻略の優位性を確保しているところにある。ダンジョン攻略のみならず、カナミだけが扱える「表示の閲覧」は他人が隠している、どころか当人が把握すらしていない情報まで簡単に手に入ることから、戦闘やダンジョン攻略のみならず、様々な場面で優位性を確保出来るんですね。これは、身一つで異世界の放り込まれ、右も左もわからない状態だったカナミにとっては、情報が簡単に手に入る、というのはとてつもなく大きな拠り所になったであろう事は容易に想像できる。
もっとも、情報なんてものは受け取りて次第であって、それを武器にできるか、応用して自分の利益に出来るように活用できるか、という意味ではまったく話が変わってくるのだが、そこで大きな意味を持ってくるのがカナミに最初から備わっていたスキル「????」である。
理性を保てないほどのパニックや激情に駆られた時に発動し、強制的に冷静な判断力を付与されるスキル。というと、とても有用なスキルに思えるし、実際無理矢理にでも冷静に合理的に理性的になることで、ようやくいきなり現実から異世界に放り込まれるという理不尽や、過酷で非常な異世界の現実に対して生き残る事ができ、きちんと計画を立てて生計を起てるだけの居場所を確保出来たわけだから、彼が死ななかったのはこのスキルがあったから、というのは間違いないだろう。
けれど、そのスキルが発動するに際して「混乱」という数値が淡々と加算されていくのは、傍から見ても徐々に体温が下がっていくような薄ら寒さを感じさせる。都合がいいだけのスキルとは、到底思えないのだ。この数値が一定を超えれば、一体何が起こるのか。時限爆弾のリミットが刻々と増えていくような恐ろしさを感じるスキルなのである。興味深いことに、このスキルによって冷静さ、理性を得ることでカナミ自身も、このスキルを危険視するに至るのだから、なんとも皮肉な話である。もし、この強制的な冷静さがなければ、切羽詰まった状況の中で役立つスキルがあれば、リスクから目を背けてむしゃぶりついてしまうものだろうに。

この「????」は、一時的に感情を吸い上げるものであって、決してカナミの情緒や感情の起伏を恒常的に失わせるものではないようなのは、幸いであるのか不幸であるのか。
カナミは、少なくともパニックに襲われるまでは、その小市民的なメンタリティでこの過酷な迷宮探索を続けていかなくてはならないのだ。そして、可能な限り「????」のスキルを発動して混乱数値を上昇させないようにするために、その弱々しいメンタリティを無理やりにでも揺るがないように立たせ続けなくてはならない。
その為に、彼は必死に利己的に、対外的には敵を作らないように人当たり良く、しかし他人は利用するものとして、良心や好意といったものに蓋をして生きていこうとする。
そうしなければ生き残れない、生きて迷宮の最深部まで潜れないから、と。絶対に、元の世界に変えるのだという決意を胸に。
でも、どれほどステータスが優遇されていようと、結局カナミは本来弱い小市民的な人間なのである。弱さとは、優しさでもあるのだ。弱さ故に、非情で利己的に、計算ずくで他者を利用して生きることを肯定する。これは正しい事なのだと、思い定める。と、同時に、正しさを確信しながらも、そう在る事への罪悪感、忌避感を拭い切れないんですよね。だからこそ、彼のように強い弱者は、常に悩み苦しみながら彷徨い、此処ぞという時には自分が定めた正しさに徹しきれずに、背を向けてしまう。その背を向けた先にも、また自己保身の一欠片がまじいってしまう。
こういう清濁併せて飲んだり飲めずに咽たりしている弱くて優しい主人公は、すごく好みなんですよね。
彼も、そして彼と出会ってしまうヒロインたちも、誰もが世界の真実と共に、自分の中の真実を探り探り歩いている。一緒に戦い、一緒に歩き、一緒に深淵を覗きこむことで、化学反応を起こすように彼や彼女の心の中が開けていく。もっとも、開いた先が解放であるのか、新たなる呪縛であるのか定かでないあたり、すごく意地が悪い話でもあるんですよね。カナミと出会い、彼とパーティーを組み、見たことのない境地と日常をかいま見て、新たな指針と自分で規定していたものを滅ぼしてしまったディアという少女然り。そして、恋をしたいという彼女然り。
むやみに陰険ではなく、しかし仄暗い闇の温もりを感じさせるダークさが非常にそそられる、ダンジョン探索モノのスタートでした。文字通り、まだ始まったばかりで横たわっている謎の一端も明らかになっていないんですけどね。それらはここから、新しいヒロインの参入を待って堪能したいところ。