疾走れ、撃て! 10 (MF文庫J)

【疾走れ、撃て! 10】  神野オキナ/refeia MF文庫J

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休戦協定失効から数ヶ月、田上理宇は「英雄」としてテレビに駆り出され、同時に慰問を兼ねた物資補給で各地をまわっていた。そんななか紫神中隊は仙台へ向けての物資輸送任務に就く。虎紅やミヅキ、理宇にも知らされていなかったが、この任務が決戦への投入であることを予感していた。市街地に放たれた野犬型やカラス型の敵グールが徘徊するなか、電子・陽電子衝突型加速器を改造した巨大転送装置の下へと進む理宇たち一行。その先に、峻烈な生と死の駆け引きが待ち受けるとも知らず――!! ついに、人類の生き残りを懸けた史上最大の作戦が始まる、第10弾!!
……どよ〜〜〜ん。
マジかー。これはマジなのかー。正直、すっごい凹んだ。直接描写がなくて、手紙による報告という形で事実が告げられるのがまたもう、キツかった。手紙から伝わってくる感情を押し殺したような文言がまた辛い。最後の一文なんか、トドメですよ。それにしても、嘘だろ、と言いたくなる。どこかで、これは謀略による工作なのだ、という可能性に縋りたくなる。でも、わざわざこんな工作する必要なんてどこにもないんだよなあ。
実のところそんなに出番自体は多い人じゃなかったんだけれど、存在感についてはピカイチだったし、後ろ暗いところの多い大人たちの中で、本当に珍しいくらい課せられた責任を正々堂々と背負える人でしたし、プライベートでの出来事も目の当たりにしていたので、それが喪われてしまったというのはショックでショックで、かなり陰鬱な気分を引きずることになってしまった。五巳さん、よく耐えたなあ。
休戦協定失効と同時にはじまったダイダラの一斉攻撃。日本政府の対応を見ても分かる通り、世界的にもダイダラとの休戦というのは、上層部では端から信じられていなくて、注意深く対応の準備は整えられていたんですよね。これは、客観的に見ても合格点どころじゃなく、ほぼ万全に近い備えだったと思うんですよね。この手のお話の軍や政府の上層部というのは無能だったり組織的硬直に蝕まれていたりと碌なものではないパターンが多いのですが、このシリーズにおいてはその有能さは瞠目に値するんじゃないでしょうか。人類生存戦争においては、これくらい上層部がしっかりしてくれていないと、とてもじゃないけれど勝てない生き残れないのですけれど。もっとも、組織の上が有能ということは、それだけ陰惨なくらいに合理的であり冷徹であり非情であり容赦呵責の欠片も存在していない、という意味でもあるわけで、有要な駒である田上理宇と紫神中隊は「英雄」として徹底的に、それこそ残りカスも出ないくらいに搾り取られ、酷使される事になってしまうのです。これまで、虎紅がなんとか捨て駒にされないように立ちまわり、理宇やミズキも慎重に行動してきてはいたのですが、戦況と彼らの置かれた境遇、そして生き残るために発揮せざるを得なかった万能の杖としての力と存在は、有無をいわさず彼らを、最適に活用できる配置へと押し流していくのでした。
それでも、どれだけ過酷な「死地」に送り込まれる事になるとしても、事実上「後腐れなく死ね」と命じられているのではなく、ちゃんと生還も込みの作戦であったことは、軍部も非情ではあっても悪意はなく、血の通った人間の組織なのだと感じる事が出来て、いやまだ良心的だよなあ、と。
アレで?と言いたくなりますけどね。作戦内容とか、作戦が成功したあとの投げっぱなしっぷりとか見ると、アレで良心的?と言いたくなりますけどね!
それでも、先に、休戦協定延長の為に送り込まれた人員の選定方法とその末路を思うと、まだ本当に良心的だなあ、と。
史実旧軍のミッドウェーなどの激戦を生き残った将兵に対しての、帰ってくるな後腐れなく死ね、と言わんばかりの前線送りの人事とか思うと、まったく良心的だなあ、と。

まあ幾ら良心的でも、作戦そのものが初っ端からあんなに破綻させられてたら、どう見ても大失敗なんですけどね。大失敗以外のなにもんでもないだろう、あれ!!
えらいこっちゃどころじゃないよ! 

史上最大の作戦の発動という物語のクライマックスに突入することは、人間関係の方もそろそろクライマックスに入りはじめたということでもあり、伊達教官がなんかマリッジブルーになっちゃってるのも、これもクライマックスということなんでしょうねッ。
ただ、この二人の場合、ようやく夏華さんが伊達教官をとっ捕まえて、結婚にまでこぎつけたという意味ではラブラブと見ていいはずなんだけれど、同時に当たり前のように教え子たちと共に死地についてくる気満々だったものだから、夏華さんが母親と結婚式場の下見をしたりして回っていたのを、帰って来れないことも見越した上での親孝行みたいに言っていたのが、何とも苦しかったんですよね。勿論生きて帰ってくるつもりではあっても、戦死して戻ってこれない可能性も当然のように受け入れている。新婚前のカップルとしては、そりゃあ切なすぎますよ。だから、秋山さんたちの心遣いは身に沁みた、心に沁みた。この人達は、伊達教官たちの代わりに、子供たちを体を張って守るつもりなのだと思うと、またぞろ胸が詰まるんですけれど。

体が成長してしまった虎紅は、扱いなどもっとややこしい事になるかと思ったけれど、なんとか戻ってこれてよかった。それに、メンタル面もあんまり変わってないみたいだし。もうちょっと自信持って接してくるかな、と思ったんだけれど、前と同じくらいにフラットでしたね。いや、精神的に。肉体的にはもうフラットじゃなくなってしまいましたが。でも、精神と肉体の成長が吊り合ってなかったから、バランスが取れなくてよくコケてたと分析してましたけれど、だったらラスト近辺で何にもないところで転んでたのはなんでなんだろう。単に、虎紅が成長とか関係なしにドン臭いドジっ子だった、というのなら笑い話で済むのだけれど。
それにしても、ミズキがもう完全に虎紅にべったりで苦笑してしまった。もう抜け駆けしようとか、頭にもないんだろうなあ。それはそれとして、英雄としての仕事から深夜に帰ってきた理宇を、起きて待っていて出迎える姿が、その引き際といいホント献身的で、この娘は尽くすタイプだよなあ。よっぽど母親似なんだろう、うん。
そういえば、この作品における理宇のヒロインたちって、五巳さん含めてみんな尽くすタイプなんですよね。いや、あのブレンダさんは抜きにして。この人はヒロインとしては別枠も良いところでしょうから。
ちなみに、主人公の理宇が一番献身的で尽くすタイプなんですけどね!

史上最大の作戦は、スタートすると同時に筆舌しがたい状況に突入してしまい、いったいどうするんだこれ! と絶叫するはめに。クライマックスは否応なくラストまでノンストップになりそうだ。

シリーズ感想