ワールドウォーカーズ・クロニクル-異世界渡り英雄記- (HJ文庫)

【ワールドウォーカーズ・クロニクル 異世界渡り英雄記】  翅田大介/い~どぅ~ HJ文庫

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世界の中心にそびえる≪塔≫、それは全ての異世界に通じていた
聖都ラグランジアにそびえ立つ、天まで届くという漆黒の《塔》。
教会騎士団の英雄でありながら、《塔》への信仰に疑問を持つ少年ヴィルはある日、まばゆい光と共に天から降ってきた少女と出会う。
その邂逅は少年を異世界へと導く道標だった。冒険心を抑えきれないヴィルは同僚であり、ヴィルを慕う美貌の女騎士・エリザと共に運命の選択を迫られる。
相変わらず、キャラ立ってるはずの主人公をさらに喰っちゃうくらい、ヒロインを自立させるよなあ、この作者さんは。まあでも、そのくらいしないとこのロクデナシの主人公の相手なんか務まらないか。
この主人公のヴィルもある意味とんでもない。作中でロクデナシ呼ばわりされる彼だけれど、ライトノベルでこれだけ大事なものを持たない、抱え込まない主人公は見たことがないですよ。まだ見ぬ世界への興味、好奇心を抑えきれず、冒険に心を寄せる根っからの旅人。稀人として一所に留まれず、帰る場所を持たず、故郷を持たず、根付く事を知らず、人すらも顧みない。ただ前ばかりしか見ず、見たことのない景色にばかり思いを馳せ、未知に心弾ませる。
そんな好奇心の塊、冒険心に蝕まれた主人公は今までだって珍しくはなかったですけれど、同時に今まで持ち得てきたもの、縁や繋がりといったものに対して、蔑ろにする、捨て去ることへの忌避感や罪悪感、寂しさや安住を求める気持ちというのが少なからず残っていて、葛藤に苛まれているものでした。
ところが、このヴィルにはそれが一切見当たらない。こだわりも未練も、何一つ心に残っておらず、自身の好奇心・冒険心を全肯定していて、躊躇うところが一つもなかった。
彼にとっての十年という幼少からの長きにわたっての最大の縁であり、しがらみであり、大切なものであったはずのエリザからしたら、置いて行かれてしまった時の衝撃たるや、とんでもなかったでしょうな、これ。
ヴィルにとっては、自分の存在というのは、未知への好奇心や冒険心に比べたら、まるでアンカーにならなかったのですから。いやさ、その冒険への欲求に対して、比べることさえして貰えなかったわけですから。
ここまでけちょんけちょんに振られたヒロインも見たことがないですよ。なまじ、大切にして貰っていたのが、大切な人と見てもらっていた事が余計にキツい。最初から一顧だにされてないような付き合いなら、眼中になかったのだと思えるのかもしれないけれど、本当に深くつながった付き合いだったからこそ、決定的なときにどちらを選ぶかで逡巡もなく捨てられてしまった、というのはもう心ズタズタにされますよ。
ここで並みのヒロインなら、それでもいいから、と情にすがってくっついていくのでしょう。冒険心のまま突っ走っていくヴィルを、その背中を必死に追いかけていくのでしょう。決して、彼の冒険への欲求に自分が勝てないと諦めながら、それでも共に居る為に。せめて、未知へのワクワクを共有しようと、彼に身も心も寄り添おうとするのでしょう。
ところが、このエリザは違いました。いや、彼女凄いですわ、とんでもないですわ。正直、尊敬すら覚えた。
エリザと来たら、ヴィルを支配する好奇心に対して、追従するでもなくしてしまおうとするのでもなく、その鼻面を引きずり回してやることを選びやがったのである。この自由にして放埒な主人公の、さらに前を行き、振り回されるのではなく、むしろ振り回してやろうというのです。
堅物で真面目で保守的で、あまり大胆とは言えない不器用さが目立つ女性だったエリザの、もはや覚醒と言っていいくらいの変貌ぶりは、ヴィルをして、とんでもない女のスイッチを押してしまった、と慄かせるほどの化けっぷりでした。ああ、あんな真面目でお行儀の良かったエリザさんが、ヴィルに同レベルのロクデナシに! しかも自主的に! 率先してロクデナシになろうとしてらっしゃる! 
やばいこれ、面白すぎる。
一所に留まれない根無し草の冒険家、その帰るべき家や港になろうとしたり、その旅を支える事を望むというのが、この手の旅の空を本分とする男に惚れてしまった女達の多くが選ぶ道なのでしょう。多分、この作品において訪れた異世界で現地妻となってしまうゲストヒロインたちも、その範疇のはず。しかしまあ、このメインヒロイン様ときた日には、彼の好奇心も冒険心も、他の未知やまだ見ぬ世界をすら後回しにしてしまうほど、自分という存在をもってゾッコン夢中にさせてやる、と恋だ愛だに留まらない収めない、ヴィルという男の持つ価値基準のすべてを虜にして支配して屈服させて充足させてやる、というこの女として望みうる最強の野望の凄まじさよ。
まあ、志高くもまだはじめたばかりで余裕なく必死な面もあるようだけれど、そこはそれで可愛げというもので、強烈な武器なんだよなあ。

肝心の異世界渡りの方は、一つの世界を長々と旅するわけでもなく、それこそ旅の一時で立ち寄るだけ、といった風情で、玄関だけお邪魔して立ち話してさようなら、というくらいのあっさりさはちょっと忙しないんじゃ、と思わないでもないのだけれど、単によくある中世風の異世界を渡っていくだけではなく、それこそ現代、未来、宇宙にディストピア、とファンタジーに留まらないSFやなんやとジャンル問わずの無節操な世界観に次々と飛び込んでいくそうなので、どうなるか想像つかずワクワクしてきてます。いやあ、次の世界がかなりびっくりなところだったからなあ。というわけで、一人のジゴロなロクデナシと、それを踏み越える勢いの新人ロクデナシと、マイペースな喋らぬ少女の異世界を次々と旅してまわっていく三人旅のはじまりはじまり。うん、楽しみ楽しみ。

翅田大介作品感想