サングリア ‐In the Dracuria earth‐ Rの一族 (角川スニーカー文庫)

【サングリア ‐In the Dracuria earth‐ Rの一族】 高野小鹿/だぶ竜 角川スニーカー文庫

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かつて、人間は吸血鬼との争いに敗れた。そして西暦2228年、地球は全人類が吸血鬼の世界へと変貌を遂げた。母を始祖に殺された半吸血鬼の少年、宝泉聖は青木ヶ原樹海を訪れ、遺言を頼りに母からのプレゼントを探していた。しかし、そこで出会ったのは、コールドスリープされた―絶滅したはずの人間の少女だった。彼女は吸血鬼を駆逐する人間が遺した切り札「吸血鬼殺し」で!?たった1人の少女が目覚め、世界の血は熱く騒ぎだす!
吸血鬼が地球上の支配種族となっても、往々にして人間種族も家畜や隷属種として残っているものだけれど、完全に人間が絶滅して吸血鬼だけの世界となってる話、というのは流石に珍しい。
人間が一人も残っていない世界。吸血鬼が普通に社会を形成し、平和な日常を送っている世界。会社員も経営者も公務員もスポーツ選手も学生も、誰も彼もが吸血鬼。吸血鬼で居ることが当たり前で、普通で、何の特別でもない世界。
こうなると、虐げられている人間を助けて、吸血鬼の支配から脱却しよう! なんて定番のお題目も機能しない。
来るべき吸血鬼との決戦に備えて、絶対戦力としてコールドスリープされたヒロイン・芦田土萌華は、目覚めたはいいものの、守るべき人間はもう自分以外一人も残っておらず、殺すべき吸血鬼は平和に社会を織り成しているという事態に直面してしまったわけだ。人類の為に戦うにしても、自分以外人間居ないし、頑張って吸血鬼殺しても、今となってはただの虐殺者である。目的も何も失ってしまった彼女は呆然とする他なかったのである。
これで、吸血鬼世界―Dracuria earthが人間にとって生き地獄のような世界なら、彼女ももっと自暴自棄になったり、唯一の人類として孤高の戦いを、なんて事を考えられたかもしれないのだけれど、別に普通の世界なんですよね。吸血鬼の特性として社会全体が夜型に移行していたり、食料品の味覚が変わっていたりと違うところはあるものの、基本的には土萌華が生きていた時代と何も変わらない、人間が吸血鬼に置き換わっただけの世界だったわけである。
これで、土萌華も何の力もない普通の人間だったら、事態はあんまりややこしいことにならずに、平和な日常の中に溶け込んでいけたのかもしれないのですが、何しろ彼女ときたら対吸血鬼用にチューンナップされたクルースニクという決戦兵器。人間とは名ばかりの、上位の吸血鬼に匹敵するような存在であったことが、混迷に拍車をかけることになる。普通の人間なんていなかったんだ!w
それに、この土萌華という少女、自他共認める頭の悪さ! 難しいことを考えられない脳筋! といっても腕力任せの短絡的な脳筋タイプじゃないんですけどね。ちょっと頭を使わなければならない場面になると、思考回路がショートして動けなくなってしまう、というタイプか。性格的には温厚で落ち着きがなくて自分に自信がモテないタイプか。メインヒロインが、ここまで直球で頭悪いタイプというのもまた珍しいんだけれど、この口八丁に即座に騙されてしまうタイプは、なんだか愛でたくなる可愛さなんですよね。馬鹿な子ほど可愛い、というのとは少し違うか。
そんな馬鹿な子をだまくらかして、手懐けて利用しようとしているのが、主人公の宝泉聖。客観的に見て、どうやったって悪党である。悪党なんだけれど、性格明らかに悪いんだけれど、何だかんだと世話好きっぽくて、妙に隙があって人の良さそうな部分があるのは、絶妙な愛嬌だよなあ。Sっ気とMっ気を兼ね備えている稀有な主人公である。
目的のために、吸血鬼の中でも特に無力な自分に変わる強力な手駒として、土萌華を利用しようとする宝泉聖。その彼が、あまりにも純粋で馬鹿な土萌華にほだされて、だんだんと本気でデレていく過程を描く、逆天然攻略系ボーイ・ミーツ・ガールもの、と見たね、この作品w
【メシマズ】でデビューした作者だけあって、メインのキャラの立て方は上手かったし、何より世界観が思いの外面白い。聖が目的としている復讐も、どうやら複雑な背景があるみたいで、彼が思っているのと実際の真実がどこまで合致しているのか怪しい感じですし、何より土萌華にも、本人も知らない秘密がまだまだ眠っている様子。導入編としては、十分以上掴みがハマった感じ。これは、面白くなりますよ。

高野小鹿作品感想