王女コクランと願いの悪魔 (富士見L文庫)

【王女コクランと願いの悪魔】 入江君人/カズアキ 富士見L文庫

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「さあ、願いを言うがいい」
「なら言うわ。とっとと帰って」
王女コクランのもとに現れた、なんでもひとつだけ願いを叶えてくれるという伝説のランプの悪魔。しかしコクランは、願うことなど何もないと、にべもなく悪魔を追い払おうとする。なんとか願いを聞き出そうと付きまとう悪魔。しかし、“すべてを与えられた者”と謳われるコクランを取り巻く王族と後宮の現実を知ることになり…。物語を一人演じ続ける王女と、悠久の時を彷徨う悪魔の、真実の願いを求める恋物語。
泣かされたら負けなんだ、負けなんですよぅ。だから、ラストで泣いちゃった時点であっしの負けなんでござんすよぅ。
【神さまのいない日曜日】【魔法の子】の作者入江君人が送るラブストーリー、という時点で覚悟というか気構えは整えていたつもりだったのですけれど、やっぱりこの人のストーリーテーリングは絶品だわ。まず最初、冒頭にドンと置き据えたイメージを、物語が進み様々な事情が明らかになっていくにつれてヴェールを一枚一枚剥がすようにして違う顔、違う音色へと変化させていく。紐解かれていく真実、本当の世界の形、王女コクランの心の中。ああ、そうだったのか、という深い深い納得が、悲痛な溜息となって吐出される頃には、もう読んでいるこっちは物語の中に飲み込まれ、もがくようにして流されているのである。
一体いつの間に、と思うほどに知らず知らずに話に夢中になっていて、王女と悪魔の織りなす悲喜劇に、のめり込んでしまっている。そうなれば、もう手遅れ。ただただ、この二人の孤独な主人公たちに魅入られ、その境遇に、その切実な心情に、感情を囚われ移入さぜるをえない。
これこそ、物語の虜、というものである。
多分、序盤のコクランの意固地なくらいの頑なさに不満や不服を感じるほどに、術中にハマるのではないでしょうか。彼女の人と関わるまい、誰とも付き合うまいとする姿は、自然に性格から来るもの、意地を抉らせてしまったものに見えますから。だからこそ、悪魔の軽口に同意し、ディナの切実な思いに悲しくなり、メイディの積極性に声援を送り、アイネの怒りと絶望に共感してしまう。凍りついたコクランの心を融かすに足るだけの、優しい想いを持った人たちがこれだけいるのだから、彼女たちの願いと悪魔のサポートがきっとコクランを呪縛から解き放つのだと、無邪気に信じていられたからこそ、彼女たちの真っ直ぐな想いに揺らぎ、また悪魔レクスとの屈託のないやりとりにいつしか安息を得て、レクスとの関係を大切に想い、一度砕けてしまいかけたそれを必死になって、自分の中に押さえ込んでいた心の内を開いてまで繋ぎ止め、取り戻そうとした必死な姿に希望を感じ、このまま穏やかにハッピーエンドを迎えるのだと、何の疑いもなく信じていられたのです。
王女コクランの在り方に対しての認識が、根本からひっくり返される、かの残酷すぎる真実が明らかにされるまでは。
どれだけコクランが優しかったのか、あの頑なさの裏にどれほどの情が込められていたのか。それを知ってしまうと、コクランの心のうちにまっすぐにぶつかって来たあの子達の気持ちが、むしろ酷にすら思えてくる。
それでも、コクラン自身がそれを受け入れたからこそ、彼女自身が拒絶するのではなく悪魔レクスを求めたからこそ、レクスのあがきが、絶望的な事実を突きつけられてなお、それを認めずに自分の在り方とすら戦ってコクランに身も心も捧げた、その強く尊い願いに、祈りに胸を打たれたのでした。
それ以上に、これまで頑なに守り続けた王女コクランとしての姿を全部打ち捨てて、感情のまま、思いのまま、すべてをさらけ出した彼女を、あのコクランが子供みたいに泣きじゃくる姿を目の当たりにしてしまえば、思わずもらい泣きしてしまって当たり前じゃないですか、当然じゃないですか! 良かったね、良かったねッ(泣)
現実の酷薄さは、実のところ何も変わっていないのですけれど、それもこれもコクランの意思次第ではあるんですよね。彼女が本気になってその神算鬼謀深慮遠謀を全開にして、それを周りの人達が支えることが出来たなら、なんとでもなることなのです。そう信じられるくらいには、歓喜に胸躍る素敵なハッピーエンドでした。
ああ、なんという満足感。もう、お腹いっぱいです。

入江君人作品感想