魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉10 (MF文庫J)

【魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 10】 川口士/片桐雛太 MF文庫J

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エリザヴェータの力を借りバーバ=ヤガーを退けた“ウルス”ことティグルだったが、その矢先に魔物の力で見知らぬ森の中に飛ばされ、ムオジネル人ダーマードと出会う。ティグルの消息を探るダーマードに剣を突きつけられ、ティグルは絶対絶命の危機に。一方、エレンの命令を受けたリム、マスハスとティッタの三人はついにルヴーシュの公都にたどり着いた。同じく公都に帰還したエリザヴェータは、あらためてバーバ=ヤガーと戦うことを決意する。さらにガヌロンが暗躍し、ブリューヌとジスタートに新たな動乱の火種を撒く。混沌が加速して世界が人知の及ばない狂気を帯びていく中、時代が、英雄の復活を待ち望んでいる―大人気美少女ファンタジー戦記、第10弾!
マスハス卿が有能で便利すぎる! 何この万能爺ちゃん。凄い痒い所に手が届くよっ! 亀の甲より年の功と言いますけれど、マスハス卿のそれはまさに円熟した経験の賜物。勿論、単に年を経ただけでは得られないような機微や発想、手練手管の数々で、若い頃からこの方はいったいどのような人生を送ってきたのか、非常に気になります。ただの貴族ではとてもじゃないけれど出来ないような事をひょいひょいとやってのけるのですから。若いころのマスハス卿を主人公にした話で、一作書けるんじゃないだろうか。ティグルよりモテてそうじゃないですか。
案の定というか、エリザヴェータの側近でも文官筆頭というべきラザール老も見事にティグルに完落ち。これで武官のナウムさんと合わせ技一本である。ついでのように、ティグル暗殺を命じられてジスタートに潜入してきたはずのムオジネル王国の王弟の側近であるダーマードまで、なんだかんだと友情を交わしてしまって惹きつけちゃってるし。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、じゃないけれど、意外なことにティグルってわりとまず射止めるべき人間の周囲の人間から、その魅力で落としていってるんですよね。戦姫にしても他国の王族にしても、その立場上のしがらみもあってか、その本心とは別に安易にティグルに対して全面的に肩入れ出来ない場合が多いのですけれど、そういう時はむしろ身分的に自由の効く周辺の側近クラスがティグルに傾倒して、何かと手を差し伸べ援助し協力してくれるケースが実に多い。だから、いざティグルに力を貸す、という段階になった時に反対の声が起きずにむしろ積極的にその判断を盛り立て後押ししてくれたりするんですよね。
これはなにげに恐ろしい地ならしであります。
文官武官双方の筆頭が、あれだけティグルという人間を気に入ってしまったとなると、エリザヴェータのルヴーシュ公国も、今後ティグルに対して便宜をはかる事に対してよっぽど悪条件でなければ異論は出にくいでしょうし、今回の一件を通じてルヴーシュ公国は、それまで若干の溝があったエリザヴェータと先代からの旧臣との関係も改善され、エリザヴェータ自身の心の余裕と側近との信頼関係の醸成も相まって、国力も今後充実していくでしょうし、何より修復不能だったはずのエレンのライトメリッツ公国との間に和がなったのがとてつもなく大きい。
ヴァレンティナが着々と自分の勢力を広げているけれども、誰も知らないうちにティグルを中核とした繋がりも無視できない広がりを見せてるんですよね。あのダーマードとの交流も、場合によってはムオジネル王国とのコネクションになり得るわけですし。

しかし、エリザヴェータは一連の事件を通じて、ホントに正ヒロインっぽさを発揮してましたよね。傍目には悪役全開で嫌味なお嬢様気質の人なんだろうな、というシリーズ当初のイメージはどこへやら、生真面目で不器用で未熟さを自覚し、コンプレックスを抱えつつもそれに負けない根性の持ち主で、実はエレンよりも不遇な幼少時代からの叩き上げ。意外と健気で一途でもあり、女性としての弱さと強さを兼ね備えたヒロイン性は、間違いなく戦姫全員の中でも随一、というタレントでした。場合によっては、ほんと彼女がメインヒロインになってもおかしくなかったくらい。
魔物との契約疑惑も、その敢然とした誇りと正義感で払拭してくれましたしね。
この娘は、もうちょっとわがまま言ってもいいんじゃよ、と思ってしまうくらいには立派すぎるところもありましたけれどね。だからこそ、記憶を取り戻したティグルに抱擁してみせた時には、思わずなかなかやったじゃないか、とニヤリとした次第。うんうん、それくらいしないと、要らんものが溜まってしまう。そうやって、もっとエレンを刺激して欲しいものである。まあ、本当はちゃんとエレンと胸襟を開けて仲直りして欲しいのですけれど。本当は昔の幼いころのお礼をして、あの頃のような仲になりたいと思っているのに、それが出来ずに居るのが伝わるからこそ尚更に。ティグルを通じて、ちょっとでも打ち解けた今後には、そういう機会もあると思いたい。その意味では、二人の本当の和解は先々の楽しみとなる展開でもあるんですよね。

魔物たちの密かな台頭が始まる一方で、ヴァレンティナ、ガヌロンのそれぞれの暗躍に、ムオジネル王国の蠢動、そしてジスタート王の不気味な動き、など戦乱の予感は募るばかり。
記憶を取り戻したティグルの帰還と共に第二部も終了とあいなったわけですけれど、第三部はこれまでに輪をかけて大規模なスケールの話になっていきそうで、本当に楽しみ。死んだと思われていたティグルの復活に、戦姫たちを含めた世間の反応がどう炸裂するかも、ニヤニヤと想像するだけで顔がニヤける楽しみですなあ。

シリーズ感想