黒鋼の魔紋修復士10 (ファミ通文庫)

【黒鋼(くろ)の魔紋修復士(ヒエラ・グリフィコス) 10】 嬉野秋彦/ミユキルリア ファミ通文庫

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可哀相なディミタール。あの子には、過酷な運命が待っているでしょう――。

ダンテ逃亡の件でディルマに向かったカリンたち。
一方シャキーラの元を訪れたディーは、ヴァレリアではなく自分の紋章官にならないかと誘われる。
自身に下される危険な任務、そして、いまだ御しきれない左腕の暴走がヴァレリアを巻き込むことを懸念し思い悩むディーだが、
そんな折、ルオーマの中枢である魔法院から火の手が上がる。
その紅蓮の炎は、アーマッドに突如の訣別と大いなる混迷をもたらす戦いの合図だった――。
逃れられない宿命、第10巻登場!
ええええ!? これは、激震も激震。巻数も二桁に至ったところで、思いもよらぬ裏切りがディミタールを待っていたわけだけれど、こればっかりは幾らなんでも予想がつかなさすぎる。
今にして思えば、と振り返ってみることで伏線ともいうべき動向は幾つもあったんだろうけれど、そのどれもが後になって照らしあわせてみたらそうだった、というような事ばかりで、当時としては不審に思うこともなかった出来事や傾向に過ぎなかったんですよね。
そもそも、伏線だって事にすら気づいていなかった。最大の違和であったろう、オリヴィエがかつて神巫の候補者をいきなり降りて、結婚してしまったというのも彼女なりの事情があったんだろう、としか作中の人物の殆ども読者である自分も深く考えていなかったわけだし。その彼女なりの事情が、まさかこんな所でルキウスやディミを巻き込んで動き始めるなんて、想像もしていなかった。イサーク王子が、魔法院から徐々に権限を剥がそうとしていたのも、決して魔法院に何か怪しい動きがあったり、逆に魔法院が謀略を仕掛けられているというわけではなく、単なるイサーク王子の政治的バランス感覚の賜物であって、ルキウスやオリヴィエも特に反発している風でもなかったので、それらの件についても一切特別視してなかったんだよなあ。
そもそも、オリヴィエからして怪しい動きは微塵も見えなかったんだし。それどころか、ディミの家族として彼が捧げる献身に値する親愛を彼に寄せていたものだから、彼女に対して何らかの不審感を抱く、なんてことは本当に事ここに至るまでなかったんですよね。まあ、彼女のディミへの親愛は決して嘘ではなさそうなので、騙していた訳ではないのだけれど。
実際問題として、もしディミがヴァレリアの紋章官にならず、彼女と一緒に幾つもの事件を解決していくという「時間」がなかったとしたら、家族以外に何のしがらみもこだわりも持たない彼は、そのままオリヴィエたちと行動を共にすることを迷わなかったんだろうし。
すべては、ディミタールとヴァレリアが出会ってしまったことが運命だったのか。
いやしかし、前回でヴァレリアとディミ、二人共にお互いに対して火が付いてしまっていたのかもしれないけれど、今回の一件は否応なくお互いの気持を決定的なものにしてしまった。消えない炎になってしまった。二人共に平静で居られない激震の状況の中で、さらにヴァレリアの生命が掛かった選択の中で、ディミは何を選び、何を捨てるかの選択を強いられ、そして選んだわけだ。誰が一番大切なのかを、誤魔化しようのない決断として選んでしまったのだ。もう、これは燃え上がるしかない。
元々、内向的とは正反対の、苛烈なほど性格をした男である。正直、決断を下してしまった後の高まりすぎたテンションのせいだろうけれど、それでもあの生存本能を奮い立たせた結果の、強烈なまでの「この女は俺のものだ」という独占欲には滾らされた。この作者の主人公は、前作もそうだったけれど、この上なく冷静で強かで理性的にも関わらず、いざとなると女性に対して凄まじいまでに肉食系なのが、何とも頼もしい。

しかし、事は起こってしまったとはいえ、何が起こっているのか、オリヴィエが何を目的にしているのか、なぜあのルキウスが苦悩しながらも諾々と母に従ったのか。まだ何も明らかにされていないので、果たして何が起ころうとしているのかもわからないんですよね。尤も、世界を揺るがすであろう大事件の発生とは裏腹に、潔いくらいに主人公とヒロインはお互いを請い求める展開になりそうですけれど。濃厚と言ってイイ情熱的なラブストーリーですよ、これ。
1巻では絶対に有り得なさそうだった展開へと、見事に突入してきたなあ……。素晴らしい。

シリーズ感想