ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン (6) (電撃文庫)

【ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 6】 宇野朴人/竜徹 電撃文庫

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カトヴァーナ帝国軍が真っ二つに! ヤトリが離脱した騎士団の未来は……!?

軍事クーデターが起こり、カトヴァーナ帝国内でイグセム派とレミオン派が激突する。
それはイクタたちにも影響を及ぼし、イグセム家のヤトリは父のもとに戻るべく、騎士団を離脱。
またレミオン家のトルウェイは、父と対峙することを決意。
そしてイクタは、父バダ・サンクレイの残した独立部隊「旭日連隊」を率いて、内戦を収めようと立ち上がる。
激しく揺れる帝国で、それぞれの想いを胸に戦場を走る少年少女たち。彼らの未来に希望はあるのか…?
本格ファンタジー戦記、待望の6巻!
イクタは、ヤトリをイグセム家の宿命から解き放って一人の女性として幸せになってもらうために、イグセム家そのものが背負い続けるイグセムとしての根源を無為にしようと、戦争の形そのものを変えてしまうことすら画策している、というのがトルウェイの活躍と自覚を通じて明らかになってきた。つまり、この男はヤトリを解放するために、そもそも彼女の立っている土台から意味を失くしてしまおう、としているのだ。なるほど、目の前のものではなく構造そのものに働きかけようという考え方は若き大戦略家らしい視野に基づくものだし、意思の頑なさではなく在り方としてイグセムそのものであるヤトリには、彼女個人には自分たちの声や意思では在り方を変えさせることは出来ない、と長い付き合いから実感として理解していたからこそ、の手段なのだろう。
でも、相手のことを言わずとも理解し尽くしている、という通じ合った絆こそが、ヤトリとイクタの二人をひどく寄り道させ、大回りさせているような気がするのだ。そう思わせてもらうきっかけとなったのが、あのルシーカ中佐の叫びである。
正義でも大義でも信義でもなく、きっと忠誠ですらなく、ただ叶わぬ愛に殉じた彼女の峻烈な生き様、死に様が、揺らめく炎のように彼女の、ヤトリの奥底に秘められたものを陰影強く浮かび上がらせたのだ。
そう、ヤトリシノ・イグセムは女である、と。
誰よりもヤトリを知り、ヤトリを理解し、ヤトリと通じ合い、ヤトリを受け入れているイクタ。だが彼は知っているのだろうか。ヤトリの、誰にも見せたことがなく、彼女自身がきっと微塵も認識していなかっただろう、女としての部分を。どうしようもなく女でしかない中核を。
誰よりもヤトリを理解しているが故に、ヤトリと通じあっているが故に、イクタはどうしてもヤトリをまずイグセムのヤトリとして見ているような気がするのだ。だからこそ、彼は絶対に彼女に言わないのだ。告げないのだ。訴えないのだ。イグセムを捨てて、女として生きろ、などとは。自分と共に生きろ、などとは。
言ったとしても、絶対に受け入れられないと知っているから。絶対に拒否されるのだと、理解しているから。イクタ・ソロークとヤトリシノ・イグセムが知っているヤトリという少女は、イグセムとしての生き方を決して曲げない、それが真実である、事実でもある。間違いでは、ないのだ。
でも、でも、本当に? 本当に、そうなのか? そんな疑問が、ルシーカ中佐の叫びを前にして、途方にくれてしまったヤトリの姿を見て、ふと浮かんできたのである。
もし、この疑問に一雫でもイクタとヤトリの知らないヤトリの奥底の真実が含まれているのなら……きっと、イクタのやり方では指先一つの隙間くらい、届かない気がする。決定的なところに、届かない気がする。
レミオン将軍は、軍人として、国の要人として以外の言葉を息子のトルウェイに投げかけることが出来ず、彼の背を留めることがかなわなかった。父親の知らないうちに、息子は成長し遠くへと羽ばたいていた。そして、成長ではなくても、ヒトは常にその在りようを変え続けている。時に微細でありながら決定的なほどに。
将軍に苦言を呈したイクタが、果たして同じ轍を踏まないと言えるだろうか。誰よりもお互いを理解しているからこそ、陥穽が生じる隙があるのではないか。
そんな不安が、そして期待が、ヤトリの中にかいま見えた、そんなお話でありました。もしそんな展開が訪れるのなら、キープレイヤーはシャミーユ皇女なのかもしれないなあ。

さて、レミオン派が起こしたクーデターは、レミオン派自身のみならず、イグセム派、そしてイクタの想像すらもはみ出していく形で混迷を深めていく。誰も主導権をとれないまま、事態はいつの間にか宰相の手のひらの上で転がされていく。
この手の、利害調整の効かない、何に重きをなしているかが見えない相手が一番たちが悪いんだよなあ。権力の亡者や佞臣の類なら、まだやりやすいんですよ。どれだけ有能で悪辣でも、やりようはある。妥協の余地だって交渉の余地だってある。でも、自分が権力を握る国家の利益を平然と度外視して国を傾けるのも厭わないやからは、何を考えているかわからないから、対処のしようがわからないんですよね。国が傾けば、自身の権力も権勢も失われるだろうに。帝国は周辺に敵性国家を抱えていて、下手をしなくても国が滅びかねない岐路に立たされているのは、ある程度の視野を持つものならわかっていることでしょう。馬鹿だったり愚か、無能の結果として国が傾くならわかるんですけれど、この宰相の場合どうも意図して、という部分が垣間見えるんですよね。こうなると、もはや他国のスパイか何かか、とすら思えてくる。それが辛うじて理解できる範疇であって、それ以外となると……だからこそ、不気味で気持ち悪いんだよなあ。
イクタは、何らかの推論ができているんだろうか。

しかし、トルウェイが元からの有能さに加えてさらに殻を破って、名指揮官への道を歩み始めたのは見ての通りなんだけれど、それにも増してマシューの部隊掌握運用能力の高さには目を見張る。イグセムの中でも猛将として知られる烈将ヨルンザフ率いる騎馬隊の直撃くらって、部隊を崩壊させないとか、この時点で尋常じゃないですよ。あれ、よっぽどの精兵でも部隊の体を失くして壊乱しかねないし、そこまでいかなくても瞬間的には部隊として機能を停止するのが普通ですよ。トルウェイの兄ちゃんたち、トルウェイが言ってた通り有能な方だと思うし、部隊もレミオン派の精鋭であったはずなのに、ヨルンザフに打ち抜かれて悲惨な事になりましたからね。それを、マシューは被害甚大とはいえ部隊の指揮を一瞬足りとも手放さなかった、という時点でもう指揮官としてかなりヤバいです。ここまで堅牢で堅実な歩兵指揮官が手元に居る、それだけでイクタはあまたの将軍から指を咥えて羨ましがられるでしょうねえ。

イラストについては、ちょっと作風が合っていなさすぎる。これなら、無いほうがいいんじゃないかしら。

シリーズ感想