断末のミレニヲン (1) 君を連れてあの楽園まで (角川スニーカー文庫)

【断末のミレニヲン 1.君を連れてあの楽園まで】 十文字青/so-bin 角川スニーカー文庫

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アトルは剣の王国の勇将・父ハラルに従って兄達と共に馬の王国へと赴き、その帰り道で“異変”に遭遇する。野営の最中、まるで伝え聞く屍霊のような者達に襲われたのだ!人々は恐れ、混乱し、屍霊達が全てをのみこんでゆく。そしてアトル達の運命までも…。『薔薇のマリア』執筆の十文字青と『オーバーロード』イラストを手掛けたso‐binの二人が贈る、過激で残虐で濃密で暗黒系な屍霊幻想一大叙事詩ここに開幕!
これ、舞台こそ剣と魔法の中世世界だけれど、中身は正統派のゾンビ襲来モノじゃないですか!!
……ってあれ? でも、こうしてわらわらと群がってくる有象無象の敵を切り捨てながら必死に逃げ惑うのって、十文字作品としてはわりと御馴染みなような気がするぞ!?
薔薇マリのクライマックス近辺なんて、ずっとこんな感じだったし。つまりいつもの十文字作品ですね……と、言いたいのだけれど、薔薇マリなんかは本当に強い人は物量なんかにはまず負けなかったので、たくさんゾンビが居て群がってくる、という単純な構図に強い人も弱い人も為すすべなく飲み込まれ、絶対に勝てないというシチュエーションはなかなかグッと来るものがある。
反撃の余地のないひたすら逃げるしか無い撤退戦、なのである。
しかも、ゾンビものらしく、ガブリと噛まれてしまうとオシマイ、という凶悪な設定付き。ちょっと待って下さい、これって中世ファンタジーであって、戦うすべは主に剣ですよ? 近接戦闘ですよ? 銃じゃないんですよ? 噛まれたら、傷つけられたらいけない相手に近づいて戦わなきゃいけないんですよ?
難易度がでたらめすぎるw
しかも、でかい装甲機動車で中央突破! とか、絶体絶命のピンチにヘリで脱出! なんて手段も無論ないわけです。馬車は無理すぎる。相手のゾンビがのろのろと歩くしか出来ないようなのならともかく、このゾンビ走ってくる系っぽいからなあ。怖すぎる。
主人公のアトル・クライハートは、十文字ファンタジーの系譜に連なる、強くないどころかぶっちゃけ弱い主人公。勇将として知られるハラル・クライハートや兄であるジェレルが剣の達人として大成しているのに対して、幾ら鍛えても強くなれないコンプレックスを持ち、ついつい女の子にハアハアしてしまう軟弱者である自分に忸怩たるものを抱えている少年である。
と言っても、そんな事でウジウジしている余裕すら、ゾンビたちの襲撃は与えてくれないのですけれど。とにかく生き残るのに必死で、自分の弱さを嘆いている暇もない。未熟さを言い訳にせず、怯えて逃げ惑うのではなく、弱いなりにちゃんと戦って、父や兄を助けよう、守らなきゃならないコーデリアたちの為に勇気を振り絞る姿は一端の男の子で、充分カッコ良いんですよね。普段は厳しく弟に接してきた父や兄も、この土壇場での弟の勇気には嬉しいものがあったんでしょうなあ。彼らから発せられたアトルを褒め、誇りに思うという言葉は決してアトルが思うような慰めやお為ごかしなどではなく、あれは本心からのものだったと思うなあ。
しかし、強い人からバタバタとゾンビたちの群れに飲み込まれ、引きずり込まれていく絶望感はくるものがある。戦力的に見れば削られていく一方なわけですし、精神的な支えとしてもリーダーシップに関してもそれを持っている人が失われていく一方なわけですから。

一方で、必死に撤退戦を繰り広げる中でも絶妙の間合いで、それぞれの人物にスポットを当ててその内面にえぐりこんでいくのは、さすがというべきか。生死の極限状態であるからこそ繕う事無くむき出しになるその人の在りよう、それが醜いものばかりではなくむしろ尊かったり、正邪の区別がつけられない複雑なものだったりするのは、この場合むしろ生々しいくらいなんですよね。
そういう人間の内面を浮き彫りにしつつ、それを容赦なくゾンビの無慈悲な腐った手が引きずり落としていくのが、パニックホラーの醍醐味なのか。

それにしても、何が起こってこんなにゾンビが発生しているのかの事情が、全くと言っていいほど分からない。裏の事情や背景なども一切物語られておらず、どうやら一部の地域だけではなく国を跨いで広範囲に、それも凄まじい勢いで被害が拡大していっている、というのがうっすらと違う場所でのシーンを通じて伝わるばかり。
ハードモード過ぎて、ラストシーンからどう巻き返して、いや生き残れるのかが全く見通し立たないんですけれど。

十文字青作品