文句の付けようがないラブコメ (ダッシュエックス文庫)

【文句の付けようがないラブコメ】 鈴木大輔/ 肋兵器 ダッシュエックス文庫

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お前を救い出す。世界が幾度終わろうとも。
"千年を生きる神"神鳴沢セカイは、白髪赤眼の美少女。世間知らずで尊大で、見た目は幼いのに酒と葉巻をたしなみ、一日中お屋敷で本を読んで過ごしている。
彼女の"生贄"として捧げられた高校生・桐島ユウキ。『生贄になる代わりに何でも言うことを聞いてやろう』と言われた彼はこう願い出た――「神鳴沢セカイさん。俺と結婚してください」
そして始まるふたりの生活だが――穏やかで他愛のない日々は、やがて世界が抱える恐るべき秘密によって狂い始めていく。
どこまでも純粋な愛の喜劇〈ラブコメディ〉。決して果てることのない物語がここに始まる!

どれだけ素晴らしい作品でも、まず手にとって見てもらわない事には、読んでもらわない事には評価されることもない。だからこそ、事前の宣伝は大事だし目を引く要素は重要で、イラストレーターやタイトルは疎かに出来るものではない。特にタイトルのインパクトというのは大きいもので、以前の「四文字」タイトルや異様に長いもの、行動や形容をそのままタイトルにしたものも、最初は「掴み」を意識したものだったはずだ。それらは往々にして、単に流行っているから、と思考停止した追随によって消費期限を加速度的に短くしていき、インパクトの欠片もなくなっていってしまったのだけれど。
これらのタイトルのインパクトというのは、印象度の強い言葉の選択もあるけれど、何より物語の主題、趣旨に一貫している、或いはそのものであるからこそ、寄り強い印象度を与えるものになっていると思うんですよね。例えば、あの【俺の妹がこんなに可愛いわけがない】なんかは、第一巻のラストシーンにタイトルそのものが収斂していて、大変感嘆させられた覚えがある。
本作の作者である鈴木さんは、作品の趣旨をそのままタイトルとして叩きつける豪腕さと、そこに乱暴さや粗を見せない言葉の選び方の精妙さについては、既に【鳩子さんとラブコメ】で見事に証明している。いや、作者当人が一人で考えたのか、それとも編集サイドと膝を突き合わせて考えたのかは知らないけれど。
でも、いずれにしてもこの【文句の付けようがないラブコメ】というタイトルと、作品が描こうとしている主題を見せられるとねえ……感嘆の唸りを漏らすしかないわけですよ。
これだけ、始まる前からすさまじいまでの演出力を目の当たりにさせられる作品なんて、なかなかお目にかかる機会、ありませんからねえ。
1ページ目を捲る前に、既に読む側は未知の盛り上がりを迎えている中で、唐突にはじまる神様との対面からの衝撃的な展開。掴みは上々、どころじゃない開幕全力統制砲爆撃戦です。
魅せ方、読ませ方の妙というのはこういうのを言うんだろうなあ。
そして、冒頭だけではなく、この巻丸々一冊がシリーズ、ひいては「文句の付けようがないラブコメ」というものに対する掴みに徹していた事を鑑みると、物語の作り方、見せ方、にも色々と大胆なやり方があるんだなあ、といやもうなんか唸ってばっかりです。演出というのは、考え方一つでいかようにもやりようがあるんですねえ。
もし、この「お話」と何の工夫も捻りもなく、何の演出も装飾もなく、そのまま素の形で提示されたら、果たしてここまで面白く感じたでしょうか……なんていうのはナンセンスか。小説というものは、どんな形であれ演出やデコレーションによって肉付けされ彩色され形成されているものであって、それらが一切ないものは小説なんて呼べない骨組みにすぎないわけだし。
この作品が特筆すべき点は、一般的な作品とは全く違う観点からも多彩なアプローチを仕掛けて作品を演出している点なのでしょう。それでいて、通常のルートからの演出も疎かにしていない。さて、これは余人に真似出来て、方法論の確立できるものなのか。なかなかに難しいセンスの賜物にも思えるのだけれど。
さて、しかし掴みは最上だとしても、逆に言えばまだ本作は「掴み」の段階でしかないと言っていい。これが序章でしかないと考えれば、スタートすらまだ切っていない、とすら取れる。そして最初にロケットスタート出来たとしても、その後失速しないとは限らない。命題はなかなかに高いところにある。何しろ「文句の付けようがないラブコメ」だ。文句のつけどころがあっちゃあならないわけだから、そりゃあハードルは高く、掘り下げるべきは深いものがある。
実に、関心を引いてやまない作品のはじまりである。

鈴木大輔作品感想