この恋と、その未来。 -一年目 春- (ファミ通文庫)

【この恋と、その未来。 一年目 春】 森橋ビンゴ/Nardack ファミ通文庫

Amazon

『東雲侑子』のコンビで贈る、ためらいと切なさの青春ストーリー登場。

超理不尽な三人の姉の下、不遇な家庭生活を過ごしてきた松永四郎。その地獄から逃れるため、新設された全寮制の高校へと入学を決めた彼は、期待を胸に単身広島へ。知らない土地、耳慣れない言葉、そして何よりもあの姉達との不条理な日々から離れた高揚感に浸る四郎だったが、ルームメイトとなった織田未来は、複雑な心を持つ……女性!?
四郎と未来、二人の奇妙な共同生活が始まる――。
『東雲侑子』のコンビで贈る、ためらいと切なさの青春ストーリー。
これはまた、難しいテーマで挑んできましたね。性同一性障害で女性でありながら自分は男であるという意識を持つ少女織田未来と、彼女ないし彼と寮で同室にされ、一緒に生活する事になった少年松永四郎の恋物語。
帯のキャッチコピーも、
「恋は、ココロでするのだろうか? それとも、体でするのだろうか?」
と、なかなかに考えさせられるものとなっている。
基本的に、性同一性障害とは肉体の性別と意識上における性別の違いからくるもので、その人の性的指向は関係ないとのこと。だったら、ココロは男であっても、男を好きになる、という同性愛は成立してもおかしくはないんですよね。でも、未来の側からはそれで帰結するとしても、逆に四郎の側からこの恋愛を見ると難しさが見えてくるんですよね。未来を女として好きなのか、男として好きなのか。この問題は決して小さくないはず。性的指向がノーマルであろう四郎は、勿論未来のことを女として好んでしまうのだろうけれど、でもそれは男であろうとしている未来にとっては、受け入れがたい……って、話はまだそういう段階まで進んでないので心配するのはもっと話が進展してからでいいのか。
今回は、衝撃の出会いから新たな学校での生活を未来と過ごすうちに、四郎が自分の恋を自覚してしまうまで。その明かしてはいけない、伝えてはいけない恋情を。
不思議なことに、ノーマルなはずの四郎の恋は、その秘めて明かさずと飲み込もうとする姿といい、どこか同性愛的な禁忌の蜜を感じさせる雰囲気になってるんですよね。それは、それだけ四郎が誠実に未来を男として尊重しようとしている証でもあり、こいつホントに良い奴だなあ、と溜息をつきたくなる。彼を選んだ未来の見る目は確かだったんだろうけれど、それがどれだけ残酷な顛末を導き出してしまったのか、さて未来はどれだけ気がついているのか。
その未来なんだけれど、果たして彼女は彼女で完全に「彼」と成り得ているんだろうか。この子の心が男を指向しているのは嘘でも偽りでもなく、真実そのものなんだろうけれど、同時にまだかすかに「女」の部分がかいま見える瞬間があるんですよね。性別の違和がまだ確定しているわけじゃなく、精神的に未分化の状態という可能性もありそうな……。まだカウンセリングでも性同一性障害ではない、という僅かな可能性について言及されているようですし。そうではなく、未来もまた四郎に「特別な感情」を抱いていることがゆらぎとして「女」のようだと誤認させているのかもしれない。
いずれにしても、四郎も未来も苦しい恋だなあ、これ。想いのままに突き進んでは絶対に破綻してしまう恋なんて。この恋は、徹底的に解体して論理的に結論を導き出さないとどうしても受け入れられない恋である。しかし、そこまで詳らかにロジカル化されて消化されてしまったものが、果たして恋として成り立つのだろうか。
どこまで深く深く溺れるように沈んでいくのか、最後まで見守りたいラブストーリーである。

森橋ビンゴ作品感想