魔剣の軍師と虹の兵団<アルクス・レギオン> (MF文庫J)

【魔剣の軍師と虹の兵団<アルクス・レギオン>】 壱日千次/おりょう MF文庫J

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「魔剣の軍師」―類稀なる知略と武勇により、後世の歴史にその名を刻む天才軍師ジュリオ・ロッシの異名である。だが、彼の実像は、歴史書とはかけ離れた不埒な男。そして、そんな彼の下に集い、後の世に「虹の兵団」として語り継がれる古今無双の英傑たち―修道女ラン、金獅子トリスタン、弓聖の娘ロスヴァイセ―も、負けず劣らずのアウトな連中ばかりだった。これは、亡国の地トレントから大国に反旗を翻し、歴史上、最も「けしからん」奇跡をつむぐことになる、魔剣の軍師とその仲間たちの“伝説になってはいけない伝説”。奇才が贈る衝撃のファンタジー戦記、爆誕!
こ・れ・は・ヒ・ドい・!! マジでけしからんじゃないかっ! 壱日千次さんといえば、類まれなる笑いのセンスで読んでるこっちの横隔膜に大ダメージを与えてきたMF文庫でも屈指の爆笑作家。その人が戦記モノなんて明らかなジャンル違いを手がけるということで、自分の持つアドバンテージを放り投げるつもりなのか、と危惧していたのですが……捨ててない、全然捨ててないよ! 戦記モノなのに、ギャグがキレキレすぎるっ!
あらすじは誇張などではなく、登場人物は掛け値なしのアウトな人材ばかり。癖があるとか変人とかいうレベルじゃないし。もうアウトという他ない。特にトリスタン! こいつどうにかしろよ。もう末期じゃないか。自分が育てている養女の幼女に欲情するという度し難いロリコン、ロリコン、ガチロリコン! いやでも、彼の場合は幼女だから欲情しているのではないので、正確にはロリコンではないのかもしれない。でも、自分の娘だけどな。うん、せめてもう少し大きくなってからな。その段階でそこまで狂うのはヤバいから、アウトだから。
まあでも、理性で必死に我慢してたりするあたり、まともな部分は残っているし血の繋がった娘ではないし、ある意味純愛とも言えるので、実はわりと応援しているのよ、トリスタンくん。
弓聖の後継者であるロスヴァイセも、これがまたひどい。三顧の礼で満足しとけよ、欲張って五顧の礼とか粘るなよ! そのくせ、もう来ないんじゃないかと不安になってへこむなよ。目立ちたがりで格好つけのくせに、やたらとメンタルやわいし、面倒くさいし。面倒なわりに操縦法がわかるとチョロいんだけど。とにかく、こんな残念なヒロイン参るわー。これで、弓の腕だけは掛け値なしなのが反則すぎる。
こういう残念でアウトな連中ばかりが繰り広げる色々と大事なものを切り売りしながらの掛け合い漫才は本当に面白くて、この作者のギャグセンスはやっぱりちょっと格が違うわ、と笑いながら感心しきりなのでした。
でも、これはラブコメじゃなくてファンタジー戦記ものなんですよね。だから、じゃあ戦記サイドはどうなのか、という風に見ると……これがなかなかシリアスで質実にできてるんですよね。壱日さんて、本気で笑わせにくる一方で、それだけではなくシリアスで真剣なテーマの方も、前作前前作で疎かにせず、じんわり心に染み入るウェットな話を作り上げてるんですよね。笑いとシリアスのバランスが非常に上手いとも言えるわけです。
本作も、戦記部分はギャグでお為ごかしに済まさず、なんだかんだと主人公含めてキャラの背景には凄惨なものがありますし、容赦なく削っていく部分もあるのです。佞臣を重用し国政を蔑ろにし放埒な日々で国を傾けた挙句に、敵国の侵攻に最後には身一つで国も臣も捨てて逃げ出した、擁護のしようのない愚王。そんな愚かな王が、村を焼かれ家族も師も殺されて身一つで森のなかを彷徨う少年と出会い、共に何も持たない状態から一緒に過ごすことによって、初めて芽生える王としての自覚。これまで何もしてこなかった愚かな男の、五十を越えてからの初めて本気で、真剣に、自らを鍛え、学ぼうとする努力。あまりにも遅すぎて、しかし手遅れではなかった愚王の再起。この王様の生涯は、頼りなくて情けなくてしかし見離せない王様の頑張りには、胸を打たれざるを得ませんでした。人間、本当に手遅れな事は思っているよりも少ないのかもしれません。

ちょっと面白いなあ、と思ったところなんですけれど、この主人公のジュリオって軍師キャラとしては珍しいタイプなんですよね。彼には全くと言っていいくらいバックグラウンドがない。世界的に有名な師匠の元で学んだ弟子、というわけでもなく、最高の学舎で高等教育を受けた訳でも異界の知識を持っているわけでもない。異世界からの転生者でも、高貴な血筋の末裔などでもない、掛け値なしの最底辺の村人出身。それも、戦争によって焼け出された身の上で、森のなかで出会った王様と一緒になって、だんだんと集まってきた森に逃れてきた難民たちと作り上げた村の中で、自力で学び自力で鍛えたという完全な下からの叩き上げなのです。
古今の軍師キャラって、それに相応しい箔付けを持ってるもんなんですけれど、彼は本当にそういうもの何も持ってないんですよね。これはなかなか珍しいと思う。
そんな身の上のせいか、軍師としての戦い方も奇策や天才的な発想とは縁のない、わりと質実剛健な秀才タイプなんですよね。合戦の方も、突飛な戦法は何もなく、かなり地味と言えるかもしれません。でも、こういうの好みだなあ。派手で突飛なことがない分、むしろ彼の地力の高さを実感できますし、後のない籠城戦という切迫感と一体感が感じられましたし。敵将のクリスティーナが無能ではなく、こちらも優秀な良将だったことも伯仲した息の抜けない戦いになった要因だったんじゃないでしょうか。
こうして振り返ってみると。いや、ギャグの方のインパクトが凄すぎて、まずそっちに意識が持ってかれてましたけれど、うん、戦記部分も充分面白かったんだなあ。
掴みとしてはこれ以上ない出だしだったと思います。このまま大きく盛り上がって欲しい期待のシリーズですね。

壱日千次作品感想