アプリコットレッド (ダッシュエックス文庫)

【アプリコットレッド】 北國ばらっど/閏月戈 ダッシュエックス文庫

Amazon

アートを武力に、少年は舞い踊る!!

退屈が人間の生きる気力を奪い、クリエイターに至上の価値が認められた世界。芸術の名門ミューズ学院の普通科に通う少年・沖本小町。小町は不器用でクリエイターになれない自分に自信が持てず、灰色の青春を送っていた。
ある日、小町は美術科2年生の変態ゴスロリ少女・筑波汐莉と出会う。彼女によって自らの芸才が具現化した異能力「エゴドール」によるクリエイターどうしのバトルに巻き込まれてしまい――!?
音楽、絵画、文芸……あらゆるアートが武力となる世界で、アーティストという名の変態(!?)どもが今日もぶつかり合う!!
前代未聞のアーティスティックバトルアクション!!
とりあえず、女装趣味というのはどこからが変態でどこまでが変態なのか。この場合でも、可愛いは正義は適用されると思います。
この沖本小町、女装して女の子として学校に通っており、彼女が彼だという事を知っている人も身近のごくわずか。そこまでして女装し続けるには、それはそれは大きな重い理由があるのだろう、と思ったら……別にないじゃん! 単に女装した自分の姿が好きなだけじゃん! 別に女装しているからといって心まで女の子というわけではなく、それはそれこれはこれで仕草や声色も女の子のものを使っているものの、メンタルや性癖はきっちり男です、やるな!
とはいえ、単なる女装趣味が高じて、と言い切ってしまうと話が進まないのであります。小町の女装は、創作の才能を持たない彼なりの「出力」なんですよね。
この物語の世界はなかなか興味深いもので、個人が発信できるユーチューブやニコニコ動画のようなサイトからの芸術の発信が世界を席巻し、それを見た受け手側は積極的に「いいね」ボタンのようなものを付けることでその作品に対してダイレクトな評価が与えられ、それがそのまま世間での隆盛となっている世界なのですけれど、面白いことにここに出てくる芸術家たちは、他者の評価に汲々とするよりもひたすら内側から溢れてくる才能の結露を出力することに血道をあげている浮世からやや離れたスタンスを持っている人たちばかりなんですよね。中には、素人の評価など不要などとまで言い切る余人もいるほど。
しかし、一方で、主人公の小町は生放送で作ったキャラでこびを売り、その僅かな視聴者数に嬉々とし落胆する日々を送っている。
自分が満足できるものが作れればいい、という一方で誰かに見てもらいたい、評価してもらいたい、褒めて貰えたらなお最高、というのが多くの人の本音なのではないだろうか。しかし、同時に誰にも評価されなくても、自分の中からこみ上げてくる、湧き出してくるものを外に出したい、という欲求があるのも確か。
どれだけ素晴らしい作品でも、どれほど感動的な傑作でも、それを見たり聞いたり感じたり、入力するだけじゃ我慢できない、という気持ちは確かにある。
私なんぞのこれ、感想書くのも、そういう「出力」の一つなんだが、この作品はそういう「出力」したいキモチ、というのを良く描いているように思う。芸術家の才能から湧き出す宝石のようなそれもさることながら、そういう才能やアーティストらしい尖った感性を持たなくても、どんな人でもその内側で感じたものを仕舞ったままにせず、外に形にして出したい、「出力」したい、という根源的な欲求が散りばめられてる感じなんですよね。コメディの楽しいテンポも好みで好きで良かったんだけれど、そういう感覚を描いてみせたところにちょいと心弾むものを感じたのでした。