マンガの神様 (電撃文庫)

【マンガの神様】 蘇之一行/Tiv 電撃文庫

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学校の廊下で美少女・楪葉とぶつかった日から、高校生兼新人漫画家の僕の毎日はトラブルだらけ。え?彼女は実は僕の憧れの人気漫画家で、マンガみたいなトラブルを巻き起こす“マンガの神様”に憑かれてるだって!?確かに彼女はマンガみたいな美少女だし、僕は人生初のスランプに陥るし、転校生が初恋の女の子で隣の席になるし。ま、まさかこれが、“マンガの神様”の力…!!だけど僕はそんなもの、絶対に認めてなんかやらない。そして楪葉、必ず君のマンガを超えてみせる!!!マンガの神様によって巻き起こる、トラブルいっぱい青春ライフ!第21回電撃小説大賞“銀賞”受賞作。
これ、編集長はなんで連載を許さない理由を言って聞かせなかったんだろう。もったいぶって、自分で気づかなければならない、なんて嘯くケースはままあるけれど、人間言われなければ気づかないよ。勿論、自分で気づかないと納得いかなかったり、本当の意味で理解が及ばなかったりするケースは確かにある。あるけれど、伊織くんのケースだと言われてようやく自分の前に立ちはだかっている壁に気づいたわけで、楪葉に指摘されなきゃずっと遠回りし続けるはめになったんじゃないだろうか。
さて、本作では創作者たちが熱く己の創作論を語っている。どうやって面白い作品を作るか、という方法には正解なんてものはないと思ってる、私はね。個人個人の書き方、創り方によって適切な方法、適応したやり方というのは違っていると思うし、世間の受け止め方も様々だ。でも、ここで語られた創作論、正しい云々は抜きにして、私は好きですね。楪葉の言うようなやり方で、作品を我が子のように愛し、自分の生み出したキャラクターの鼓動を吐息を肌で感じ取り、その人生を幻視する。そんな描き方で作られた作品、私は好きだなあ。キャラクターが勝手に動き出す、というのはありますよ。それだけ細部までキャラの性格付けや経験、考え方なんかを確立していけば、どれだけシナリオで言動を指定しても、その登場人物のキャラに、性格・考え方に沿わなければそのとおりに動いてくれないし、キャラの考え方、在り方をシミュレートしていると、作者当人の思惑を超えた、考えもしなかったような言動を取り出し、思わぬ方向に話を持って行ってしまうこともある。キャラが予想以上に成長していたら、最初に想定していたシナリオの枠に収まらなかった、なんてケースは決して珍しくはないはずだ。
そして、そんな風にキャラが瑞々しく活き活きと縦横に動く作品は、やっぱり面白いんですね。
しかし、皮肉じゃないんだけれど、これだけ熱く語られている創作論に、果たしてこの本作そのものが踏襲できているのか。この作品から滲み出る躍動感は、まず面白いと言っていいものだった。物語の完成度も高い。のだけれど、その面白さとは、いわゆる左右田伊織の短編作品の面白さなんじゃない? 楪葉が語るそれや、伊織がみんなと一緒に作り上げた作品のそれとは、違っているんじゃないのかしら?
感情は乗っているかもしれない。でも、登場キャラたちは、自由に動いていますか? 脚本からはみ出していきますか? 
創作のスタイルについて熱く語られながら、実際は語ったそれに届いていないというのをこうして見せられるのは、なんともムズムズとした座りの悪さを感じてしまったのでした。
これ、続けるのなら、それこそ伊織くんのように一皮剥けないと、作中で言っている通りの顛末になってしまうんじゃないだろうか。