黒崎麻由の瞳に映る美しい世界 (ファミ通文庫)

【黒崎麻由の瞳に映る美しい世界】  久遠侑/はねこと ファミ通文庫

Amazon

高校入学の日から、彼女の異様な大人しさは僕の印象に残った。誰もが気になって仕方ないほどの存在感を持ちながら誰も触れられなかった彼女―黒崎麻由。文化祭の準備の中、僕とのささいな会話をきっかけに、黒崎は少しずつクラスに迎え入れられていくのだけど、彼女には僕たちの知らない影が寄り添っていて…。そんな彼女のそばに、僕はいたいと思った―。えんため大賞優秀賞、美しく危うく脆い二人の「黒」が織り成すドラマティック青春ストーリー。第16回えんため大賞優秀賞。
むー、これはこれは。一人のキャラクターの印象が読んでいく間にこれほど劇的に変わっていくのを見たのは、なかなか無いですねえ。冒頭、ヒロインである黒崎麻由は間違いなく人の枠から外れていました。クラスメイトたちから遠巻きに見られている中で超然と存在し続けた彼女は、人が触れることを畏れる存在でありました。それはきっと、神性といわれるたぐいの性質。少なくともぼっちだとか孤独や孤立という括りに収めることが途方も無い見当違いというべき在りようでした。
と、そう思い込んでいたのは果たしていったい誰の幻想だったのか。
その黒崎麻由のまとっていた神性は、一人の少年が誠実さ故にかけた恐れ知らずの一言によって、ほろほろと剥がれ落ちていったのです。
或いはその一言によって、差し伸べられた手によって、彼女はようやく現実の世界に顕現したのかもしれません。黒崎麻由という神懸ったナニカだったものは、その時を境に纏っていた神性という天の衣をほろり、ほろり、と落としていきました。そうしてヴェールの奥から見えてきたそれは、超然としているわけでもクールに心を整えているわけでもない、ただ世間知らずと言っていいくらいに無垢で幼い心を持った一人の少女に過ぎなかったのです。
彼女自身は最初から何一つ変わっていなかったのでしょう。ただ、周りからの扱いが、見る目が、変わっただけ。ですがこの時を境に、誰にも触れられることなく穢れを知らず奉られていた神性なるモノが、彼に触れられることでただの人になったのです。とはいえ、誰にも触れられることなかった彼女は、その年頃としてはあまりにも無垢で、純粋で、心根の幼いままでした。幸いなことに、彼女を人にしてしまった黒井くんを始めとする黒崎麻由に関わると決めた人たちは、その幼さ純粋さを傷つけることなく、優しく見守り導くことのできる人たちでもありました。
突然人になり、どう振る舞っていいかわからないであろう黒崎麻由を、本当の意味でただの女の子へと変えていったのは、白石さんや美黄川たちの功績だったのでしょう。
そうして芽生えた黒崎麻由の少女としての心が、気がついたのはいつも自分を優しく見守る視線。いつの間にか追い求めていたのは、自分を皆のもとに導いた言葉をくれた男の子の姿。差し伸べてくれた手の主。それはいつもさり気なく間近にあって、だからこそ離れがたく感じていた。
動く心すら持たないように見えた彼女から垣間見える、黒井くんという存在に対しての純粋な想い。ただの女の子として振る舞うことになれていないからこそ、無垢で偽りを知らない姿は、とてももろく儚げで、なるほどだからこそ美しい。壊れやすく傷つきやすく、しかし人になった今でも、女の子になった今でも揺るがない芯が、強さが惹きつけてやまないヒロイン。彼女の姿を追っているだけでも、色々と感じることの多い作品でした。
惜しむらくは、主人公である黒井くんの方に、愛嬌というか面白味が乏しいことか。でも、彼の生真面目さと、黒崎麻由の純真さは相性良いから、もしこのまま純愛ものへと突き進んでいくのなら、これはこれでアリとも思うんですけどね。彼の堅さは、黒崎麻由のピュアな可愛らしさをちゃんと引き立たせてくれると思うし。