のっぺら-あやかし同心捕物控え- (廣済堂モノノケ文庫)

【のっぺら あやかし同心捕物控え】 霜島ケイ 廣済堂モノノケ文庫

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南町奉行所定町廻り同心、柏木千太郎はのっぺらぼうで顔がない、れっきとしたあやかしだ。だからといって江戸っ子はいちいち驚かない。そんな千太郎の元に「ある娘が拐かされそうなので男を捕まえてくれ」と、話の筋が通っていそうで通っていない奇妙な依頼が。依頼人は赤い珊瑚の玉簪をした婀娜っぽい美人だったがどうにもおかしい。下っ引きの伊助、同僚の片桐正悟とともに調べ始めると…。江戸の町を颯爽と歩く、顔も気性も「さっぱり」としたのっぺらぼう同心が不思議事件を解決する、心優しい捕物帳!
あらすじを読まないでそのまま本編突入したので、てっきりあやかし関連の事件ばかり巻き込まれる同心のお話かと思い込んでいたのです。まさか主人公の八丁堀その人が妖怪とは想像だにしていなかったんで、いきなり出てきた主人公がおもいっきり「のっぺらぼう」だったのには、度肝抜かれたさ! ひっくり返ったわ! しかも、正体全然隠してないし! 全江戸に知れ渡ってるし! 
ものがのっぺらぼうだけあって、千太郎こと千さんには目も鼻も口もなく、口がないのでこの人、全然しゃべらないんですよね。でも、一言も口を利かないにも関わらず、千さんって恐ろしく雄弁で感情豊かなのである。いや、言葉無しで語るべき表情すらないので、顔を見りゃわかるってなもんじゃないんだけれど、なんでかわかるんだよねえ。ジェスチャーか? ジェスチャーなのか? わりと愉快な性格していて、小物な上司をからかって遊んでたり、江戸っ子らしい粋なところを見せてくれたり、とこれがまたいい男なのである。江戸市中でも評判の頼りになる同心で、「男は顔じゃあない」とそのいい男っぷりを噂されている人物、ならぬあやかしなのであります。
いやあ、もうさすがは霜島ケイさん、というべきか。まったく頭になかったところからザクザクとつきこんでくるあやかし譚でありました。人間の世界と幽世の、相容れぬところと寄り添うところの境界線を人情味たっぷりに描くことに関しては、これまで書かれた様々な作品の中でも共通していたものでありますけれど、まさか江戸時代の時代小説で、こうも面白おかしく、じんわりと染み入るような人情モノのあやかし物語を書いてくれるとは。
しかし、こののっぺらぼうの旦那、既に奥さんと娘さんまで居るのだから大したものである。いや、この奥さんが千さんに惚れて添い遂げるまでのエピソードがまた笑えて楽しいんですけどね。奥さんの顔の好みがある意味すごすぎるww
へのへのもへじのエピソードとかでは、千さんの娘小春への溺愛っぷりが物凄いことになっていて、家族仲の良さは羨ましいほど。のっぺらぼうとか関係ない良い家族ですなあ。

短編集の三話構成。第一話こそ、いわゆる仇討話の変則型となるのですが、二話目の「ばらばら」なんか、女性のバラバラにされた肢体が発見されて、という凄惨な始まりのわりに随分とほっこりとした、全然血生臭くない、愉快でありつつも誠実な人間の心根の健やかさにじんわりと温かくなる良い話でしたし、三話目なんかは女性が苦手で堅物だけれど本当にイイ男な、千太郎の同僚の同心片桐正悟の淡い恋物語だったりと、読んでいて思わずニコニコと相好を崩してしまっている心地良いエピソードばかりで、いやあ堪能させていただきました。事件もそれぞれ、ひねりが聞いていてなかなか先が読めない紆余曲折っぷりが本当に面白かった。

筆談という形で結構色々喋ってくれる千さんだけれど、やはり表情がない分ふとした瞬間何考えてるかわからない時はあるんですよね。それを長年の付き合いで真っ直ぐな性根の片桐正悟や、何となく千さんの気持ちを感じ取れる下っ引の伊助が代わり、と言っちゃあなんですけれど、いつも一緒になって頭を悩ませ、時には千さんの想いを組んで動いてくれる。逆に千さんは何も言わず、何も語らず、影に日向に彼らを助け、気遣い、いつも必要な時、居て欲しい時にそこにいる。なんか、凄くいい関係なんですよねえ。
うん、笑って泣けてじんわりと温まれる、素晴らしい人情モノでありました。これはオススメ。

霜島ケイ作品感想