彼女は遺伝子組み換え系 (電撃文庫)

【彼女は遺伝子組み換え系】 嵯峨伊緒/refeia 電撃文庫

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「決めました、命川景。この家は私が占拠いたします」。少女は微笑み、景に銃口を押しつけた。日常的にテロの脅威に晒される新東京都で、普通の高校生の景はテロリストの少女に自宅を占拠されてしまう。少女の正体は“ムーンチャイルド”。かつて「世界テロ紛争」で壮絶なテロを引き起こし、世界中を恐怖の底に叩き込んだ人間兵器の生き残りであった。そんな彼女の毒舌に傷つきながら、不思議な共同生活を始めることになった景であったが…。これは、世界的で個人的な、近未来アクションファンタジー。
毒舌、というんだろうか、これ。最強のツンデレ少女とか毒舌が売りみたいな物言いをしているけれど、彼女のバックグラウンドを考えると、その口の悪さはキャラクターじゃなくて防衛反応に近いものだと思うんですよね。常に拒絶を身にまとうことで、自分を守っている。人類から敵認定され、その命を狙われ続け、裏切られ、この世のどこにも安息の地が存在しないという境遇からすると、他人を信用することも出来なかったでしょうに、この娘根っこの部分で甘いんですよね。誰も信用できないにも関わらず、心を許せる相手を探してしまっている。あの口の悪さは相手への攻撃で心を寄せてくるのを遠ざけようとするのと同時に、ふと緩んでしまい兼ねない自分に甘えを許さないための戒めであり楔でもあるように見えたわけだ。
だからこそ、景に対して心を許して以降は、口ぶりや使う単語こそやや口汚いもの混じっていても、そこに旧来のキツさや冷淡さはごっそり抜け落ちてるんですよね。皮肉めいた物言いもしないし、毒舌キャラとして売るにはマイルドすぎるんじゃないかなあ。
と言って、ヒロインとしてキャラが弱いとかじゃあないんですよね。非常にクレバーだし、長い長い逃亡生活を続けてきたはずなのに、ヘタレたところも折れたところもない。ふてぶてしさの影に当初は疲れた面も垣間見えたけれど、景の家に落ち着いたあとはそういう面も見えなくなったし、景の背景を知り彼の思いと願いを知ったあとは、いい意味で対等の、景の頼りになる相棒として寄って立つことになりますしね。
ごくごくシンプルに、カッコいい女の子なんじゃあないでしょうか。

ただの一般人の少年が、世界を騒がすテロリストを匿う、なんて随分場違いな話、という風に当初は思ったものですけれど、段々と彼の方の事情が明らかになるにつれて、景には明確に「ムーンチャイルド」たちと関わる理由と、確固とした意思が存在することが浮き彫りになってくるわけです。それは、突き詰めれば世界の流れに逆らうこと。景の家に転がり込み、猫よろしく自分の家のように居座って、ようやく落ち着いた生活を満喫しだしていた少女にとってそいつは決して歓迎スべきことではなかったはずなのですが、なんだかんだと言いながら彼女は少年の意思を否定せず、その願いを貶さず、そっけなく傍らに立って彼の剣となり盾となるのです。
支えるでも後押しするでも導くでもなく、その傍らに立つ。そのべたつかない距離感が、なんか好きでしたねえ。
彼女の能力のド派手っぷりも素晴らしかった。似たような能力はよく見かけるものの、ここまで攻撃的にぶん回す使い方はなかなか見ないものですもんね。豪快極まる!

しかし、何気にちゃんと偽装して潜伏すれば、ムーンチャイルドって素性は意外とばれないんじゃないだろうか。

これといった明確な敵組織などが存在せず、生まれから非合法、その使われ方からして暗部、そして最終的に切り捨てられ、テロリストとして存在自体を悪とみなされ世界のあらゆる国々から追われるムーンチャイルドにとって、世界こそが敵そのものなんですよね。逃げて隠れて身を潜める、という選択肢ではなく、ムーンチャイルドの人権を取り戻す、という戦いを選択するのなら、この作品先々の舵取りを相当難しいものにしたと言わざるをえないんだけれど、そのあたりをきっちりと最後まで書ききったなら実に読み応えのある秀作になるに違いない。ラストの展開は、ムーンチャイルドの置かれた状況の醜悪さに対して、悲劇に酔わずなかなか面白い方に転がしてきたと思うので、先々この土壇場で築いた出発点からどう進んでいくか興味深いだけに、これは続きが読みたいなあ。