紙透トオルの汚れなき世界 (講談社ラノベ文庫)

【紙透トオルの汚れなき世界】 石川ノボロヲ/ののの 講談社ラノベ文庫

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「ちょっと世界を滅ぼしに行ってくる」そういってヒートテッ…いや魔装服に身を包んだ兄を送り数時間後。いろいろ心理的ダメージを受けた俺、里谷リトは奇妙な少女と出会う。少女の名は紙透トオル。彼女は差別と偏見に満ちたこの世界を作り替えようとしている少女だ。そんなバカなと笑う俺に、彼女は『奇源』と呼ばれる超能力を見せてくれた。そして世界を変えることのできる『夢の木』という神木が、この街のどこかにあるらしい。確かにこの世界は汚れているかもしれない。でも本当にそれでいいのか?俺は彼女の願いを叶えてあげたいのか、それともいったいどうしたら…!?恋と未熟と不思議が交差する第4回ラノベ文庫新人賞大賞受賞作品!
なるほどねえ、里谷リトは主人公であると同時に、みんなにとってのヒロインでもあったのか。いや、主人公であるよりもヒロインであることの方が物語においては核心となっている、というべきなのか。本作では主人公として彼の視点から物語は描かれていますけれど、なーんか妙な感触があったんですよね。誰からもすぐに好かれ、信頼される信義に基づいたコミュニケーション能力。どれほど落ち込んでいる時でも、困っている人を見かけたら心から笑顔を浮かべながら手を差し伸べることの出来る善性。そうやって関わりを増やしていく様子は、実に主人公らしくはあるんですけれど、面白いことにグイグイと相手に対する関心、興味、好意などを押し込んでくるのは、むしろリトではなく、リトに関わる人たちの方なんですよね。リトも適度に相手側に踏み込んでいってはいるのですけれど、食い付きという点では相手側のほうが圧倒的に強いわけです。その押しの熱量のギャップが、リトを面白い主人公だな、という印象に導いていたのですけれど、なるほど彼をヒロインとして捉えるとこの人間関係の矢印の方向と大きさと勢いの偏差にも納得がいくというもの。
そして興味深いことに、彼に食いついていく人たちはそれぞれに、結構な浅ましさを曝け出して行ってしまってるんですよね。リトって子は、まあ良い子なんですよ。誰も彼に悪い印象を持たないであろうくらいには。もちろん、ズルい部分やちょいと軽々しすぎるところなどもあるのだけれど、そういうも人間味がある、という意味で無菌の善人ではない、濃淡のある鮮やかな綺麗さを持つ子なんですよね。
小夜子さんが、予防線引いて一歩引いちゃったのはそのあたり、なのかなあ。こういう子を前にしてしまうと、普通の子はやっぱり汚れが目についちゃうんでしょうね。その能力から人間分析に長け、自分に対する評価も辛い小夜子さんからすると、尚更に。
他の人達はわりとそのへんの自覚症状は薄いか無いに等しいんだけれど、自分で気づいてないだけで登場人物みんな、少しずつ汚いモノを曝け出してしまってる。他人に対する無神経さとか、世の中に絶望しているくせにその世の中舐めてるところとか、他にも様々、他人を傷つけ痛めつけている部分がにじみ出てるんですよね。それが、何とも生々しい。リトは、そういうのを怒った上で引っくるめて受け入れてくれるんで、他人にとっては心地いいのかもしれません。同時に、無責任に何でもまるっと受け入れてくれるほど適当でもないので、信頼も出来るのです。
小夜子さん、本気でリトくんに惚れてるんでしょうね。無責任でないからこそ、一度、なし崩しにでも負わせてしまえば最後まで背負ってくれただろうに、わざわざ事前に前置きを挟んじゃうんですから。それとも、女心としてはそこは無責任でいて欲しかったのか。いや、ガチで惚れているからこそ、恋情愛情好意が全部磨り切れて責任感だけになってしまってほしくなかったのか。
二人のラブラブっぷりは、見ていてニマニマと相好が緩んでしまう甘やかで微笑ましいものだっただけに、小夜子さんの逃走とリトの傍観は口惜しいものがあったんだけれど、重い女って自分にも重いのねえ。
次の主役はどうやらその肝心な小夜子さんらしいので、是非にこの一度ぶった切ってしまった赤い糸を繋ぎ直してほしいものです。そう、主役はトオルちゃんみたいな小娘じゃあなく、あんただよサヨコさん。