異世界で学ぶ人材業界 (講談社ラノベ文庫)

【異世界で学ぶ人材業界(リクルート)】 北元あきの/草田草太 講談社ラノベ文庫

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高校生の少年・神戸秋水は異世界に召喚された――。それも、世界を救う勇者として。だが、召喚プログラムの誤作動により、彼が継承するはずだった勇者の能力は、100人の少女たちに散らばってしまっていた! 秋水が元の世界に帰るには、その少女たちとキスをして勇者の能力を取り戻す必要があるらしい。そして秋水は、彼を召喚した人材コンサルタントの少女・ノアとともに、異世界で人材募集を行うことになる。ターゲットは100人の女勇者――!?
「この業界では無理と書いてチャンスと読む」「嘘つけ!」
「返事は『イエス』か『はい』しかないのよ」「それ同じだからな?」
友情・勝利・圧倒的成長! 異世界キャリアアップファンタジー!
作者の北元あきのさんというとMF文庫Jにて【竜王女は天に舞う】シリーズや【聖黒の龍と火薬の儀式<パウダーキス>】という冒険ファンタジーや現代異能モノ……と、見せかけて裏社会やスパイや工作員、マフィアや暗黒街に情報機関、陰謀暗謀謀略戦に諜報戦、非正規作戦に暗殺謀殺口封じ。汚い仕事ならなんでもござれ、のいわゆる「ノワール」モノを手掛ける旗手でありました。昨今、これだけ社会機構のダークサイドを描ける作家さんってラノベ業界ではほんと見当たらない希少人材だったんですよね。それが、レーベル変わって今度は100人の女勇者を集めてキスするとか、どんな話になるのかと思ったら……。
黒い、これはやっぱり黒いですよ!! 真っ黒けっけもいいところ。同じ黒でも「ノワール」じゃなくて「ブラック」。ブラック業界の話じゃないですかーー!!

異世界に召喚されるのはまあいいでしょう。そこで、やたらめったら無茶ぶりされたり悲惨な境遇に追い詰められたりするケースも散見されます。でも、召喚された先がいきなり借金返済が滞っていて起死回生を目論んでやらかした企画が低予算短納期のデスマーチのあげく見事に失敗して(勇者召喚のプログラムバグ)、肝心のプログラマーは遁走。ちなみに企画のクライアントはこの国の最高権力者で、借金してる先は犯罪結社紛いの闇金、という零細人材コンサルタント会社だった、というのは数ある召喚事故の中でも最高ランクにあげられる事案じゃないでしょうか。
異世界に召喚されたらブラック企業で働かざるを得なかった(逃走不可)……とか、どんだけですかぃ。

いやうん、本作は決してブラックな業界のブラックっぷりを笑わそうとしてドン引きしてしまうような内容ではなく、ヒロインのノアの人材コンサルタントという仕事に対する想いの強さ、人と人とを結びつける仕事に対する夢や希望、その素晴らしさに賭ける力強い熱意、そんな姿に主人公が感化されていくという実に前向きな話なんですよ、多分。とても大変な仕事だけれど、とてもやりがいがあって楽しい仕事なんだ、という内容なんですよ……多分。

……すまん、無理だ。仕事失敗したら、借金で首が回らなくなって泡風呂の沈められるか内臓裁かれる瀬戸際の境遇を日常的に背負いながら、仕事楽しいですよ、やりがいありますよ、お金とかイラないですよ、とか笑って言えるほどレベル高くなれない、無理!!
案件が競合した相手から、事務所に投石やら事務所荒らしやら挙句に誘拐監禁されて非合法の暗部な部署と鉛弾の応酬しないといけない仕事で、いやあやりがいあって楽しいですっ♪って言えないから、無理だから! 大変、ってレベルじゃねえ!!

だいたいさ、召喚先で出会ったヒロインが美人なはずなんだけれど、過労で十代のはずが随分と年嵩に見えるまでくたびれてみえるとか、下着3日変えなくても平気とか、仕事出来るならお金とかいらないです、とか大丈夫じゃないよね、だいぶダメだよね!?
仕事が大好きで趣味は仕事、人生は仕事、寝ても覚めても仕事仕事。仕事ラブ! って、もう末期的なワーカーホリックじゃないですかー。
おおう……(顔を覆う)。

まあね、うん。こういう仕事命な人が一定以上いるからこそ、社会だの経済だの業界だのってのは成長していけるんですよね。こういう人たちだからこそ、動かないはずのものを牽引していけるんでしょう。増してや、ノアって子は冷徹で情なんて欠片もない無残で残酷な現実ってやつに、絶望すること無く夢を見続けている。自分の仕事に誇りを持って、自分が成すことに意義があり、誰かに何か大切なものを届けることが出来る、幸せをもたらすことが出来ると信じている。その胸にたぎらせる炎を絶やすことなく、熱量を減じることなく、信じて、突き進んでいけている子なわけです。そんな子を貶すことなんて出来ないし、蔑むなんて以ての外。その姿勢を賞賛し、褒め称え、額縁に入れて飾るべきでしょう。
ただし、その価値観は同類項にだけ限定してくれ。
それを当たり前だと勘違いして人に押し付けだすと、見事にブラック企業の誕生である。普通は無理なの、そのレベルは余人では軽くぶっ壊れるの。心も体も破綻するの。
このノアという子は、見事に自分のそれが特別ではなく常識だと思ってるみたいなんだよなあ。それは、最初に就職した企業の教育方針が見事に根付いちゃってるからなんでしょうけれど。
その意味では、召喚した神戸秋水くんは見事にあたりだったわけだ。どれだけ追い込んでも壊れないどころか、叩けば叩くほどより強力になって成長していく、その上ノアの理念と熱意に共感し同調し親和してしまう全く似たような人種だったわけで。
お互い、足りないところを補い合えるマッチングだったんですよね。ノアって、あれだけ土壇場の交渉苦手にしてて、よくこれまでやってこれたなあ、とちと感心してしまう。
てか、秋水だってあんた高校生のくせに、ネゴシエーションがえげつない上に場当たりもいいところで、営業的交渉法というよりも、四方八方から銃口を突きつけられながら掛け金そのものを釣り上げだまくらかしながらやる、アレな方の交渉法っぽいんですよねえ。香港の黒社会とかの出身ですか!?
……でさあ、企画が通ってクライアントから用意された準備金を、右から左で全部借金の返済にあてて、資金ゼロから企画スタートって、自転車操業どころじゃないんじゃないですかね!?

夢も希望もあるけれど、それはキラキラ輝いてるけれど、果てしなく黒く輝くブラックな星ですねぇ、これって。
異世界のリクルート業界が怖すぎるww

女勇者とか、欠片も出ませんでした、うん。いや、欠片は出てるんですけどね、キスとか100人の女の子が云々、なんてキャラルンとした雰囲気や萌え萌えーという和やかさは欠片もなく、実に殺伐とした良い話でした。いい具合に心が荒みます、実に滑らかに神経がヤスリに掛けられます。なんて素敵なお仕事でしょう、うわははは、は。

しかし、やっぱりあのドゥーハンさんって、ノアの過去語りに出てきた人材コンサルタントなんでしょうねえ。彼女の憧れであり目標であり、彼女をこの仕事に導くことになった人物の成れの果てを前に、あれだけ毅然と自分の生き様を揺るがさないノアは、やっぱり凄いわ。こればっかりは素直に感心する。もう後戻りできないまでに固まっちゃってる、とも言えるんだろうけれど。
妥協も出来ず諦めることも出来ない、というのは実に破滅的であるんですよね。北元さんの描くヒロインの魅力というのは、どの作品でもまずもって「破滅的なまでに一途」「一途さ故に破滅することを厭わない」というところにあるので、ノアもまた種類は違うとはいえこの系譜なんだなあ。
うむ、面白かった。

北元あきの作品感想