火輪を抱いた少女1 晴れのち地獄

【火輪を抱いた少女 1.晴れのち地獄】  七沢またり/流刑地アンドロメダ エンターブレイン

Amazon
Kindle B☆W
実験番号13番。そう呼ばれて、特別な教育を受けて施設で育った赤毛の少女。施設から出、ノエルという名を得た少女の夢は“幸せになりたい”ただそれだけ。後継者争いに荒れるコインブラ軍の兵士となると、人間離れした力と才覚で、少女はすぐにその頭角をあらわした。武器は炎が出る二又の槍。戦いの先には“幸せ”があると信じ、少女は戦場を駆け抜ける。

「晴れのち地獄」ってまた凄絶極まるサブタイであるのだけれど、実際の所ノエルの歩んでいる道って今のところ「地獄のち晴れ」って感じなんですよね。韻的には「晴れのち地獄」がピッタリではあるのだけれど。
ノインの人生って、もう最初の幼年期が明らかに地獄の中の地獄。七沢またり作品の主人公はみんな相当にえげつない過去を持っているのだけれど、その中でもノインのそれは最たるもの、と言っていいくらい人間の尊厳というものを微塵も与えられずに育っている。
結果として、ノインはまともな情緒を失いタガがハズレてしまった「壊れた」人間になってしまっているのだけれど、同時に壊れていながら彼女、人としての根本のところが「真っ当」のままなんですよね。あれだけ破綻してしまっているにも関わらず、歪んでいない。生きるための理念の中に、もっとも素朴な善性をそのまま保っているのである。
それが顕著に現れているのが、彼女の生きる目的である幸せ探し。「幸せ」なんて、実のところ感じ方次第で、他人から見ると狂気の沙汰だったり異常で倫理的に許されないような状態であっても、マトモな人として絶対に許されないような在り方でも、当人の感じ方次第でそれが「幸せ」だったりする、とても不安定で曖昧なものなのである。
だけれど、ノエルが探し求めている、なり方を聞いてまわっている幸せって、そんな異常で常軌を逸したものでも、とにかく当人が幸せだと思えばそれでいいという枠を設定していないものでもなく、普通の人が普通に思う「幸せ」の形らしきものを、彼女は探し求めているのである。
彼女が己に義務として、責務として背負わせている、幸せになるのだ、という誓い。でも、そのためになんでもしよう、誰を不幸に追い落としても構わない、自分さえ良ければいい、というエゴらしきものはほとんど見受けられない。
彼女の歩みは、容赦がなく苛烈でいっそ冷酷ですらある。その道程は、凄惨と言ってすらいいだろう。後に彼女の異名となる「悪鬼」の呼び名は伊達ではない。でも、最後に至るまでの道のりは血塗られていたとしても、それは味方を、親しい人たちを踏みにじるものでは決して無いのだ。その終着点は、目指しているゴールは決して間違えてはいないのだ。
そんなノエルの道行が、間違った方向に踏み外さないように支えているのが、彼女の歩む道の先々で出会う人々だ。もし、彼女の出会いが悪意にまみれたものばかりだったら、ノエルの悪鬼の異名はもっと憎悪と怨嗟に濡れそぼったものになっていただろう。でも、容易に悪意に染まってしまうこの地獄のような過酷な世界の中で、ノエルは折々で善良であり、裏表のない好意をノエルに投げかけ、与えてくれる人たちに出会っているんですよね。その中でも特に、ノエルの人生に大きな影響を与える縁をつなぐことになったのが、シンシアという女騎士である。
彼女との出会いこそが、彼女と繋がっていったまるで姉妹のような友情が、既に壊れていたノエルを人間のままに押しとどめたのだろうと思う。容易に一線を超え、歪みを得てしまうだろうほどに人と修羅の瀬戸際に立っていたノエルを、知らず押しとどめ続けたものこそ、シンシアの存在だったのだろうと思う。
普段からネジが外れたように明るいノエルだけれど、シンシアにじゃれついている時は特に陰を感じない、というか凄い甘えてるよね、シンシアに。それがなんとも微笑ましくて……。
彼女と出会ってから、ノエルはそれまで自分と喪われた同胞だけで構成していた世界に、徐々に他人を含ませはじめる。ただの味方ではない、仲間とも身内ともいうべき人たちを、そう思える人たちを増やしていく。
一緒に「幸せ」を探す、ともに生きる新しい家族を、得ていくのだ。

おそらく、それこそがもう一人の生き残りの「彼」との違いであり、分水嶺。

世の表舞台に躍り出ることになったノエルと、彼が再会するのはもう少しさきのこと。本当の動乱はまだはじまったばかり。
「悪鬼」として名を轟かせることになる将ノエルの、地獄を引き連れたような突き抜けた活躍を、早速もうゲットしてる続刊で堪能したいと思います。
わりと陰惨でなかなか救いが感じられないダークさが常の七沢またり作品の中で、本作って何気に陽の成分が高い気がするんですよねえ……これでw