マグダラで眠れ (8) (電撃文庫)

【マグダラで眠れ 8】 支倉凍砂/鍋島テツヒロ 電撃文庫

Amazon
 Kindle B☆W
クラジウス騎士団の追っ手が迫る中、クースラたちは、フェネシスの一族"白き者"たちが起こした大爆発により、一夜で滅んだという旧アッバスに向かうことに。
空からやってきたという白き者の真相を明らかにすることで、クースラたちは彼らの行方を探ろうとする。空を飛ぶ方法、なぜ町が滅んだのか――全ての謎を解き、真理のさらに奥へ。そしてその先にある、理想の世界「マグダラの地」を目指して。
仲間たちとの実験と研鑽の日々に、心地よさを覚えるクースラ。だが、クースラたちの持つ新たな技術を狙ってアイルゼンが現れたのだった――。

これもうクースラ、フェネシスのこと好きすぎじゃね? とりあえず寝る時は常時抱きまくらなんですね? 眠らない錬金術師を安眠させる抱きまくら、素晴らしい。
あれだけひねくれていたクースラに、これだけ素直に、を通り越して赤裸々にお前が大事だ、大切だ、離したくない、という内容の言葉を連呼させるフェネシスって考えてみると凄いよなあ。クースラ、自分がどれだけ恥ずかしいこと言ってるか自覚がないのか、それとも恥ずかしいとも思わなくなっちゃってるもんなあ。ある意味男をダメにする魔性の女、とも言えるのかもしれないけれど、ダメどころか男としても錬金術師としても柔軟に成長させ、奮起させる燃料になっているわけで、とびきりのイイ女と賞賛するしかない。
とはいえ、アイルゼンに窘められたようにクースラのロマンチストとしての側面は恐らくフェネシスとの出会いの頃からしても、加速してるんでしょうね。あの頃のクースラたち錬金術師の好奇心は業や妄執に近いものだったように感じていたので、質としてはより純粋なものに昇華されてきたのかもしれないけれど。
これだけ非科学的な観念を否定し、現実的な論理に基づいた現象による結果を追求する錬金術師、という生業に勤しみながら、クースラたちって決して現実主義者ではないんですよね。あの、白き者たちの起こした大爆発の理由について、彼らが幾つもの推論を熱く語る中に一度たりとも「事故」という要素が出てこずに、本気で違う土地へと空を飛んで旅立って行ったのだ、というのを信じているのを見てると、こう凄くロマンチストなんだなあ、というのをしみじみと思ったんですよね。そして、今の彼らはまさにその思い描くロマンを実現してきた只中に居たんですよね。だとすれば、自分たちのロマンに酔いしれていた、というのも宜なるかなというものじゃありませんか。
それに冷水を浴びせたのが、アイルゼンだったのですが。
残酷なようですけれどアイルゼンの提案というのは、ビックリするくらい友好的だったと思うんですよね。友好的どころか親密ですらあったかもしれない。現実を見ろ、という彼の言葉は辛辣ではあるものの、提案の内容を含めてクースラたちがショックを受けるほどにはクースラたちをぞんざいに扱ってないと思うんですよね。利用する、駒として使うみたいな冷めたものではなく、もっとこう「自分とも遊ぼうぜ」というような、いつまでも自分たちだけで遊んでいないで、現実を見て、その上で己のフィールド上に舞台を用意するからそこで一緒に遊ばないか、というお誘いだったと思うのである。もちろん、有無を言わせぬ断る余地を持たせないものではあったのでしょうけれど。
だからこそ、最後のクースラの発見であり概念の大どんでん返しであり、堂々としたあの宣言は、アイルゼンの提案に対してあんたの舞台で一緒に遊んでやる、でもその舞台そのものをあんたの知ってるものとは根本からひっくり返してしまうことになるだろうけど、もちろん付き合うよな!?
という、逆にお誘いを掛けるようなものに見えたんですよね。反抗でも対立でもなく、共犯者であり同志であり仲間へのお誘い。固定観念であり生きる上での土台となっていた概念を揺さぶられ、それが覆されていくのを楽しいと思ってしまう業。そう、アイルゼンもこれに乗ってしまう以上、書籍商のフィルさんと同じになってしまうわなあ。

白き者たちの行方。それに大胆な仮説を示し、この世の常識を引っくり返す大勝負に錬金術師として、いや科学の徒として、というべきか。挑む決意を固めたクースラたち。
これにて白き者たちの軌跡を追いかける第一部は完結、という形らしい。どうやらこれで完結ではなく、まだ第二部が続く可能性はあるみたいだけれど、ともあれ人として完全にダメでアウトな人間だったクースラたちが、一皮も二皮も剥けて真っ当な夢追い人になっていくさまは、フェネシスにずぶずぶにデレていく様子も含めて非常に楽しかった。
より大きいスケールの常識を覆す錬金術師としての大勝負となるだろう第二部も読みたいですねえ。

シリーズ感想