不戦無敵の影殺師 7 (ガガガ文庫)

【不戦無敵の影殺師(ヴァージン・ナイフ) 7】 森田季節/にぃと ガガガ文庫

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どれだけ強くなっても、俺は悩むんだな。

「異能力制限法」により異能力者はすべて社会から管理され、戦う機会が奪われた現代。

俺――冬川朱雀はとまどっていた。
「人間になると決めたら、教えてね。そのための異能力者を紹介するから」
小手毬の前で両手を広げて、天児奈はいつもの軽い調子で言った。
しかし、話はそうメリットばかりではなかったのだ。小手毬が不老不死である煌霊から人間に戻れば、人として生きられる。だけど、『天上』になったことで現状俺は不老不死だ。俺たちの人生は共に歩めなくなってしまう。すれ違ってしまう。そうなると俺は『天上』を辞めるだろう。しかし、天児奈によって大きな問題に気づかされた。
「『天上』というのは世界が大きく悪い方向に行かないように管理する組織なの。じゃあ、最も管理しないといけないのは『天上』そのものでしょ。『天上』レベルの異能力者を放置していれば、世界は重篤な危機に陥りかねないよね?」

つまり『天上』から抜けた異能力者が無事に生きていけるって保証はどこにもなかったのだ――!

真の最強になることが唯一残された道!? 苦悩し続ける異能力リアルアクション最終巻!
人間、手の届く範囲の人を幸せにするだけでも精一杯なのだ。そして、それさえもひたすらに難しい。
本作は、異能者たちとその業界という特殊な舞台を扱っているわけだけれど、それはあくまで外装だけで内実はただただ社会に出た若者たちの物語なんですよね。生々しいまでの社会人の物語であり、フラフラと定まらない若者たちが「大人」になっていく物語でもあった。
最近、様々な職種にスポットを当ててその仕事ぶりをフォーカスしていくお仕事モノというのが一つのジャンルを形成するほどに至っているのだけれど、これはそこからさらに一歩踏み込んで大人たちがどんな風に日々の生活や仕事や未来への展望や友人たちとの人間関係、愛する人との向き合い方を生々しく、或いは迫真性を以って描いていた作品だと思うんですよね。まともに稼げない底辺の生活、友人とのすれ違い、最愛の人との離別といった苦しい日々もあれば、仕事が成功し破綻していた人間関係を取り戻したり、お互いに抱いていた愛の形を共有のものにすり合わせることが出来たり。どん底まで落ちることもあれば、そこから這い上がり、また浮き上がるときもある。波乱万丈というには、彼らの経験した歲月というのは特異な体験でありながらも誰もが経験する人生の一片でしかなく、だからこそ凄く身に沁みたんですよね。
若い人たち、まだ社会に出ていない人たち。大人なんてものはね、みんな往々にしてこんな風にジタバタもがいてもがいて、踏んでも泥濘んで滑ったり沈んだり抜けなくなったりしない地面を求めているんだよ。こうやって、悩んで苦しんで間違って、みっともない姿を晒して恥じ入り後悔して蹲って身を縮めて、それでも確かなものを求めて足掻いているのだ。
大人なんてその程度なのだ。どれほど傍から見たらカッコよく見えても、中身はみっともないもんなのだ。大人だから偉いなんてもんじゃない。大したもんじゃないんだよ、大人なんて。
でもね、でもだ。そうやって足掻いて足掻いて、自分の力で人生と呼べるものを手に入れる人もいる。自分の本当に大切なものを見つけることの出来る人もいる。そんな人は、文句なく偉くて大した人で、カッコいいんだよね。それを見失わず、ずっと持ち続けることの出来る人はなおさらに。それを、多くの親しい人たちと共有し続ける人はさらに増して。
そして、またみっともなくてかっこ悪いままでしか生きられなくても、それはそれで絶望でもないんですよね。それぞれに生き方があり、人生の歩き方があり、何が幸せかなんて一人ひとりが胸にいだいていればいい。
それを理解するのもまた、己の人生を知る、ということなのかもしれない。
大人と呼ぶに足るだけの人間になれるまでの、沢山の苦労や悩み。それを切々と描いた作品だからこそ、ライトノベルとして、まだそういう経験を得る前の段階である子供たちが読む機会が多いライトノベルとして、本作が出たことには大きな意義があると思いたいですよね。「人生」を実感するって、こういう感じなんだよ、というのを既に体験している、体験しつつある人達が共感とともに眺めるのと同様に、まだ体験する前の子たちが生々しく垣間見る機会として。自分の人生を知ることを恐れ、憧れ、親しむきっかけとして。

取り敢えず、滝ヶ峰さんが、もう別人レベルになるまで幸せを堪能している姿が、ある意味小手毬よりもインパクト大だったんで、余計に行き遅れ確定っぽい舞花さんとの対比が……まあ独り身ネタが微妙に持ちネタと化している節もあるので、これもまた人生……。

シリーズ感想