妹さえいればいい。 4 (ガガガ文庫)

【妹さえいればいい。 4】 平坂読/カントク ガガガ文庫

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『妹のすべて』のアニメ化が決定し、さらにはコミック化も決まり絶好調の羽島伊月。しかし満場一致でコミカライズ担当に選ばれたマンガ家・三国山蚕にはとんでもない秘密があり、それはぷりけつや可児那由多、そして何故か普通の女子大生の白川京まで巻き込んだ珍騒動へと発展していくのだった。果たして伊月は、初めてのメディアミックスという荒波を無事に乗り越えることができるのか!そして伊月と那由多との関係にもついに変化が…!?大人気青春ラブコメ群像劇、待望の第4弾!今、すべてを懸けた戦いの幕が上がる!

散々っぱら、実の妹が居ないからこそその妹への憧れ、渇望、飢餓感から狂気の妹作家としての筆を奮えている、という言が述べられているけれど、どこまでこれを引っ張ることになるんだろう。既刊が既に6巻まで出ているのでネタバレに関しては慎重に対処しよう。
ただ、実際に妹の実在が発覚したとして、それで伊月が満足してしまうかというと既に妄想の妹への渇望しかなかった当初と違って、那由多への想いがしっかりと形を経て出来上がってきていることには留意しておきたい。
作家としてのモチベーションにはっきりと、那由多と同格の作家になる、というものが形作られてますからね。それが、妹の出現でガス欠になるかというと……まだ怪しいところですけれど、着実に伊月は作家として次のステージにあがりかけているわけだ。つまるところ、妹バレはそれこそ伊月が妹から独り立ちできる段階まで進んでから、ということになるのかなあ。
一方で、伊月と那由多の作家観の違いというものも、爆弾として着々と敷設しているようなのだけれど。
平坂さんって、あからさまに仕込んだ伏線、ずっとチラつかせるくせに起爆はなかなか起こさないのが、何気に質悪いw

さて、ついに自作のアニメ化企画が持ち上がった伊月。まさかの代打のアニメ化、なんてものがあるのか。別の作品のアニメ化の為に準備されていたスタッフや制作会社を、当該作品がポシャったために急遽他の作品をあてがってアニメ化する、なんて事が実際にあるんだ。
でも、普通そんなん、作る側にも原作への傾倒とか一切ないし、そもそも体制が前の作品用に整えられたものだから、作風とそもそも合ってない可能性があったり、と不安要素だらけじゃないですか。
これは、敢えてアニメ化を断る、という選択肢も間違ってはなかったんでしょうなあ。自分の作品への愛情を思うと、無茶苦茶にされる恐れが高い状況に敢えて飛び込む、というのは勇気とは別の決断が必要なんじゃなかろうか。
特に、今は同じくアニメ化でそれはもうヒドイことになってしまった親友の春斗という実例が真横に転がっていたわけですしね。でも、チャンスには違いないだけに、決断だよなあ。
案の定、いかな急遽の代打のアニメ化だろうと、アニメになるのならコミカライズなどのメディアミックスはほぼ必ずついて回ってくれるわけですけれど、このコミカライズも相手の漫画家の選定は大切なんですよ、うん。
これに成功すると、たとえ原作終わっても漫画のほうがずっと続いてくれるケースも少なからずあるわけですしね。
そして、新たなる変態の登場!
いやこれって、変態なんだろうか……いや、蚕さんは普通に変態っぽいんだが、下着派と全裸派は単に主義主張、生き様の問題であって変態かどうかではないと思う。全裸で本を書くことの何が変態か。
……パンツをリボンにして平素から頭に飾っていたり、絵を描く時パンツを顔にかぶるのは普通に変態だと思うけど! そも、己の拘りを押し通して原作を改変してしまう、というのはまず絶対にやっちゃいけない部分だと思うんですけれど、その改変がより原作を、原作のキャラを魅力的にするのであれば、それは否定されるべきじゃないと思うんですよね。特に、蚕さんは原作者である伊月を、真正面から納得させ、満足させ、頷かせてしまったのですから。
でも、その後に那由多が蚕のコダワリを、また真正面から突破して、誰もが納得できるところに着地させるあたり、何というか作者が欲している理想の着地点、というのが色々とすけて見えてる気がする。
最後のボードゲームのドタバタでもそうだけれど、これだけキャラみんな立たせておきながら、同時に作者の様々な本音を赤裸々に垂れ流すのを両立させているのって、ある意味すげえよなあ。このバランス感覚には感嘆を隠せない。
ともあれ、実際のアニメ開始までは進展しなかったものの、京ちゃんが編集部にアルバイトで出入りすることになるなど、状況は刻々と変化し前に進んでいる。
那由多の乙女心も、あれは進化している、と言っていいんだろうか。ただの痴女からはレベルアップしてる、と思いたいところだけれどw

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