君に恋をするなんて、ありえないはずだった (宝島社文庫)

【君に恋をするなんて、ありえないはずだった】 筏田かつら/U35 宝島社文庫

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B☆W

千葉県南総にある県立高校に通う地味で冴えない男子・飯島靖貴は、理系クラスで灰色の青春を過ごしていた。ところが夏休み直前に行われた勉強合宿の夜、クラスメイトで学年ナンバーワンの美少女・北岡恵麻が困っているところを救ったことで、靖貴はなぜか恵麻から気に入られてしまう。
けれど彼女が話しかけてくるのはいつも学校外だけで、教室の中では知らんぷり。恵麻はいったい何を考えている?
クラス内ヒエラルキーで格差のある、地味系眼鏡男子と派手系ギャル。
絶対に相容れないはずのふたりに起きる、すれ違いラブストーリー。

うん、うん、面白かった。
正統派青春ラブストーリー、恋物語と言った方がしっくりくるか。昨今ではファミ通文庫から多く出ている青春小説にリズム感が良く似ている。せっかちに発生するイベントで追い立てるのではなく、登場人物の心情の変化を時間をかけてじっくりと描いていく丁寧にして繊細な物語、ということだ。
はじまりには何もなかったところから、ほんのりと温度を感じていくような熱量の変化。それは熱、と言えるほどの熱さもなかったものに、温もりが灯っていく過程が穏やかに流れていく。
そう、これまだ恋にまですら至っていないんですよね。自覚もなく認識もしていない、確かにそこに存在しているのに名前すらない不思議な感情。それが、ゆらりゆらりと熱を帯びていく。いつの間にか、その人のことを考えているようになっていた。その人が何を考えているのか、思い描くようになっていった。たったひとりが特別になっていく。
そんな小さな、しかし刻々と変わっていく心の移ろいが、時々刺激を促すような出来事を伴いながら描かれていく。結構恣意的、と言うか作者が用意したイベントです、みたいな露骨なあれこれがあって、決して全編に渡って自然な流れで形成されている、というわけではないのだけれど、靖貴も恵麻もそうした出来事に影響は受けるものの、なんというか自然体であり続けているので脚本通りに動いているだけの大根役者、という雰囲気は一切ない。むしろ、時々書割りっぽさが見えてしまう舞台の上でありながら、確かに彼らは自分たちの世界を生きている。そんな風に登場人物を動かす、いや彼ら自身に任せるように描けていると感じさせてくれるだけで、こんなにも彼らの紡ぐ物語に没入できるのだと、改めて感じている。
不器用で、初々しい二人が、こんなにも愛おしく感じてしまう。無自覚に、無神経に相手を傷つけてしまう若者たちの等身大の在り方が、どうにも胸を突く。
二人はまだスタートラインにも立てていなかった、どころかはじまる以前よりも後退してしまう。でも、始まっていた事実は、変わってしまった心はもうなかったことには出来ない。
必要なのは勇気……。それがきっと、一番難しいことなのかもしれないけれど。

それにしても、こうした接触を限定していくシチュエーションとなるとやっぱり携帯電話というツールは本当に壁なんでしょうなあ。このご時世で高校生が持っていないというのはちょっと作為を感じすぎてしまった。
それから、地味系男子と派手系ギャルというキャッチフレーズがついているけれど、実のところ靖貴は地味系っと言っても趣味がマイナーだけれど根強いファンの居るバンドのファンとか実はメガネ外したらイケメンとか
、非モテどころかむしろモテる要素満載だし、恵麻の方は実際は全然遊んでない清純派だろう、ってな女の子だし、ということでヒエラルキーの違いによる価値観や常識の違いというのはあんまりなくて、わりと領域近いもの同士なんですよねえ。だから、「ありえない」というような身分違いの恋、ではなく案外無難である気がするのでありました。
しかし一方で、それぞれが所属しているカーストはくっきりと別れている。それが二人の間に障害として横たわってくる、というのはラストの展開からしても想像し得るのだけれど。
近年の学校のスクールカーストとかいう舞台設定って、こうして見ると現代版の身分違いの恋物語みたいなジャンルに適用されてるのですかねえ。少女漫画なんかだと、文字通り身分が違うような日本にいるのかよ、というような王子様たちが出てきたり、ハイソサエティー用の特別クラスなんかが存在したりしますけれど、そこまで特異な設定を使わなくても、普通に学校内に格差、階級社会、身分差社会を演出できるという意味で、スクールカーストというのはなるほど、使いやすいのかもしれないなあ。