賭博師は祈らない (電撃文庫)

【賭博師は祈らない】 周藤蓮/ニリツ 電撃文庫 

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十八世紀末、ロンドン。
賭場での失敗から、手に余る大金を得てしまった若き賭博師ラザルスが、仕方なく購入させられた商品。
――それは、奴隷の少女だった。
喉を焼かれ声を失い、感情を失い、どんな扱いを受けようが決して逆らうことなく、主人の性的な欲求を満たすためだけに調教された少女リーラ。
そんなリーラを放り出すわけにもいかず、ラザルスは教育を施しながら彼女をメイドとして雇うことに。慣れない触れ合いに戸惑いながらも、二人は次第に想いを通わせていくが……。
やがて訪れるのは、二人を引き裂く悲劇。そして男は奴隷の少女を護るため、一世一代のギャンブルに挑む。

おおお……。つい最近19世紀末のロンドンを舞台にしたアニメを見たばかりで、あれも一世紀前のヨーロッパ、ロンドンという都市の独特な異国情緒に心惹かれたものでしたが、そこからさらに百年昔。産業革命の黎明期であり、社会構造が革命的なまでに激変していく過渡期であり、大英帝国がまさに世界帝国へと発展していく時代。
作中で描かれるロンドンの街並みは、主人公が半ば裏社会に足を突っ込んでいる人間であるせいか、光よりも薄闇を強く感じさせるアンダーグラウンドか、貧民街、庶民がしぶとく生きている下町が主たるものなのですが、それでも、いやだからこそか、なかなかに味わえない外国の、欧州の異国情緒というものをじっくりと味わえるようになっている。
さり気ない描写に、当時の文化背景や市民の生活感、今では失われたであろう歴史を感じさせる風俗などが仕込まれていて、これがまた空気を肌で感じさせてくれるような濃厚な雰囲気が漂っている。「異世界」を描く作品は多々あり、また「外国」が舞台となる物語も決して珍しくはないのだけれど、それでも19世紀、18世紀という歴史の向こう側にある近代という時代、その中でも異彩を放つ「欧州」という世界観を現出させることの出来る、ライトノベル界隈で活躍する作家は本当に希少だ。それを、新人作品として一発目にぶっこんでくる本作作者の筆力には身震いさせられるものがある。
そんな色濃いまでの舞台が整えられれば、残るはそこで踊る役者たちの出番である。
栄華の裏側に蔓延る退廃を体現するかのような賭博師の男。その男には夢もなく希望もなく、一攫千金を得るのだという野望すらなく、ただ賭博師として無残な死を迎えるまでの時間を賭博師として過ごしている虚無の男。
あらすじを読むと、主人公ラザルスは図らずも懐に飛び込んできた奴隷の娘リーラに対して随分と親身になって接しているように誤解してしまいそうだが、彼はリーラに対して当初からほぼ徹底して「どうでもいい」という無関心で接している。一方のリーラもまた、施された調教によって心を閉ざし、ラザルスからの無関心にもとづいて生じる「親切」に対してほぼ無反応で応じることになる。
随分と、隔てられた出会いだったのだ、二人のそれは。そして、お互いに積極的にその隔てられた距離を詰めようという意識を持たず、二人の時間は過ぎていく。
いったいいつ、二人の間に「情」というものが生じたのだろうか。厭世と虚無に満たされていた男の内面に、変化が生じていたのはいつだったのか。
それは明確に語られることはないが、見分ける手段として彼の口癖である「どうでもいい」という言葉が発せられるときの様子が、ある意味鮮やかにそれを物語ってるのかもしれない。
何もかもがどうでもよくて、いっそ自分の生き死にですらコダワリがなく、ただ養父の残した願いが彼の賭博師としての生き様をカラカラと回していたに過ぎない男が、「どうでもいい」と心から言えなくなっていく過程が、ここには描かれている。
それは、ラザルスの「生きる」という意思の原点に還るまでの物語であり、かつての自分と似た境遇であるリーラの存在によって、もう一度彼が生まれ直す物語なのだと言えるのだろう。
男が、生き様を決めるまでの物語だ。
それまでの勝たず負けずという賭博師として自身に課したルールをぶち壊し、今までと全く異なる「賭博師」のスタイルで決戦に、無謀すぎる死戦に挑むラザルス一世一代の大勝負。
渦巻く熱量の、なんと鮮烈なことか。クライマックスの盛り上がりとして、これ以上無いものでした。独特の空気感、以上になんとも様々な「匂い」を感じさせてくれる、濃厚すぎるほどにダーティーで味わい深い一作でありました。