浅草鬼嫁日記 二 あやかし夫婦は青春を謳歌する。 (富士見L文庫)

【浅草鬼嫁日記 二 あやかし夫婦は青春を謳歌する。】 友麻碧/あやとき 富士見L文庫

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人とあやかしが共に棲まう町、浅草で。鬼の姫“茨木童子”だった前世の記憶を持つ茨木真紀は、持ち前の面倒見の良さから、あやかしたちの起こす厄介ごとを解決する日々を送っている。先日も鎌倉妖怪とのいざこざを調停し、ますます人(?)望を集めていた。そんな真紀も普段は女子高生。夏は花火大会に山遊び、学園祭とイベントが目白押し。かつての夫で元“酒呑童子”の同級生・天酒馨たちも巻き込んで、やり直し人生の今しかない時を謳歌する!だがそこへ、彼女の前世を知った陰陽局の面々も現れて…?
女子高生、そう女子高生なのだ、真紀ちゃん。
前巻では、まだ夫婦じゃないまだ夫婦じゃない、と往生際の悪さを見せていた馨だけれど、前回の事件を通じてもう諦めたのか受け入れたのか言い訳しているのが馬鹿らしくなったのか、真紀ちゃんが夫婦夫婦言うても否定しなくなったんですよねえ。もうこれ、無意識レベルでそれが夫婦が当たり前レベルにまで昇華されてしまったのかもしれん、というくらいには自然な受け答えをしているわけで。
一人暮らしの家の方も、結局あっちこっち見て回った挙句に真紀ちゃんと同じアパートに収まっちゃったし。通い婚だったのがもう殆ど同棲である。自室には寝に帰るだけで、殆ど真紀ちゃんの部屋に入り浸ってるわ、私物も持ち込んでるわ、ってか真紀ちゃんが馨の部屋からあれこれ持ってくるわ、同棲である、これ。
そう、同棲っぽいのよねえ。実のところ、本巻ではあんまり夫婦という印象受けなかったんですよね。熟年夫婦というのは、二人とも枯れてないというか、今回は学生を満喫していたからかもしれませんけれど、自立して二人して一緒に長いこと暮らしているという慣れ親しんだ生活感を出しながらも、夫婦というような確固とした枠組みは形成せずに、社会の側に包まれているというかなんというか。
今の二人って、高校に通いながら浅草地下街という互助会に助けられ、大黒様をはじめとする神様たちにも見守られ、と生活としては二人で独立居ているものの、社会的に見ると未成年者として庇護されている体があることが、夫婦としてよりも同棲カップルっぽさをマシている原因なのかもしれない。と言っても本当に長い間一緒に居ることに馴染んでいる地に足の着いたカップルなんですけどねえ。
平安時代がなんだかんだと不安定な立場で、命を狙われていた事も含めて楽しい日々であっても気が休まらなかっただろうことを思えば、今のように浅草地下街の人たちや大黒様たちのように見守ってくれる人たちが居て、その中で日々を穏やかに満喫しているという今の状況というのは隔世の感があるだろう。同じ好き合っている者同士、かつての夫婦と言っても、昔と夫婦感というものも変わってくるかもしれない。その観点に置いても、この二人は新しい世の中、新しい時代でちゃんとかつてから続く絆や想いを繋ぎつつ、新しいものへと昇華して一つ一つ積み上げていってる風なのは、堅実というかカップルとしても偉いなあ、と感嘆の吐息が漏れてしまいます。
平安の頃よりも人間が繁栄する現代で、しかししっかり逞しく生きてる妖怪たち。そんな彼らを愛し、現代に馴染めず、或いは虐げられてドロップアウトしてしまう子たちも見捨てず、そうしながらも今人間として生きている自分に背を向けず、かつては憎んだ人間という生き物に対しても親しいもの、眩しいもの、素敵なものを感じ取り、両親への愛情を通じて、人も愛しつつある真紀こと茨木童子。
それって、とても幸せなことですよねえ。自分がしっかりと幸せを噛み締めながら、その幸せを惜しまず他者へと配り歩く真紀って、もうこれ女神様的な存在になってやしないだろうか。今は人間なんだけれど、やってることって前世考え見ても鬼子母神みたいなものですよねえ。

やがて鵺にもなろうかという妖怪トラツグミの幼生が、化けれるようになったら皇帝ペンギンのヒナに化けちゃって、この巻通じてずっとペンギン雛やってたのにはなんとも笑ってしまったというか和んでしまったというか。表紙絵にもちゃっかり出てますけれど、これはヌイグルミ感あるなあw

そう言えば陰陽局の津場木くん、【かくりよの宿飯】の主人公の葵の従兄弟にあたるのか、彼。爺さんとも葵とも似てない世渡り下手、というよりも堅物というか頭が堅いというかぶきっちょというか、苦労性だなあこいつ。

1巻感想