桜色のレプリカ 2 (HJ文庫)

【桜色のレプリカ 2】 翅田大介/町村こもり HJ文庫

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Kindle B☆W

理事長の理不尽な依頼に嫌気が差しつつあったカザネだが、校内に1本だけあるという桜の木の下でついに「本当のヒロイン」を見つける。
嫌々ながらの捜索だったが、真ヒロインの大胆な告白を受け、ハートのど真ん中を射抜かれてしまうカザネ。しかし他のヒロインたちも黙っちゃいない。
ヒロイン捜索型学園ラブコメは怒涛の展開へ――。
ヒロインとは一体……。
これあらすじ、工夫してあるというか間違ってないけれど全然違う的な書き方が面白いなあ。同時刊行としてはあらすじにネタバレかますわけにはいかなかったんだろうけれど。
前巻の感想で、ヒロインたちの魅力がこの物語のベースとなる「嘘くささ」。模倣の装いによって制限されている、みたいな事を書いたのだけれど、この二巻に至って当人の意志か置かれた状況の激変かによって違うけれど、装いが脱ぎ捨てられ剥き出しの「彼女たち」が出てきたことによって、一挙に様相が変わってきた。
いい意味でも悪い意味でも、本性が露わになった彼女たちは相手に合わせた演技ではなく、自分の欲求に基づいて動き、語り始める。その本音は、いっそ惨たらしいという程に一途であり同時に迷走している。特に百合原なんか、あれほどぶれない確信を得ていながら同時にずっと迷い続けていたんですね。それが、カザネとの交流によって揺さぶられ、定まってく。あれ? これやっぱりラブコメなのか? 存在そのものを絶対否定されながら、同時に攻略ルートに突入しているような状況になってるんですけれど。精神崩壊を起こしかねない告白によって、息の根を止めたはずが逆に自分でも自覚していなかった感情、人間らしさを一枚一枚皮を剥がされて引っ張り出されていく百合原。それは、彼女が数百年の孤独を自覚することも意味するわけで。
彼女がここにきて初めて知ってしまった恐怖は、それ自体が彼女の確信が正しいことを証明しているのだろう。彼女がソレなのは多分間違いない。でも、ソレ以外は?
本当のヒロインは彼女だったのだけれど、ソレ以外のカノジョたちは果たして本物ではなかっただろうか。理事長の定義はなかなか厳しいなあ、と思わざる負えない。理事長の立場と役割を思うと、その厳密さは正しいのだろうけれど、芽生えはカザネ以外にもたくさんあったんじゃないだろうか、と登場人物たちの言動を振り返ると思わざるをえない。特に、三十刈の恋に関する自己見解なんて、果たして模倣品に出来たものだっただろうか。彼女は既に自分なりの答えを得て、それを心に抱きしめながら歩んできていた。そう、彼女には心はもうあったんじゃないだろうか。それは実は理事長にも通じていて、AIはレプリカントとも違う生命体ではない機械そのものだったんだけれど、その振る舞いを見ていると機械とは程遠いものだったんですよね。
理事長は、人間じゃなくても機械だって狂う、と言っていたけれどそれって機械と人間にどれほどの違いがあったんだろう、と思ってしまうんですよね。
でも、百合原にはそのへん、はっきりと区別がついてしまってたんだろうなあ。だからこその、あの有様だったわけですし。その定義付けが正しいか間違っていたかはわからないけれど、百合原の中ではそれはゆるぎのない真理であったわけだ。だからこそ、自分に対する確信も揺らぎ始めていたのだろうけれど。カザネに見せてしまった百合原のあの弱音は、彼女がどれだけ自分の矛盾と孤独に参っていたかの証左であると同時に、女の子の弱った部分を引っ張りだした挙句にスルっと入り込む主人公、というラブコメの王道を行っているとも言えるわけで、あ、やっぱりこれラブコメだったのか。
いや、コメディというには置かれた状況が終末すぎる上に、概ねみんなメンタルボロボロすぎるのですが。でも、心底ムカつくヤツを絶対否定してイビリ倒して悦に入ってたら、段々情が湧いてくるわ、自分ちょっとさみしかったんだと自覚してしまうわ、ついつい略奪愛かましてしまって、相手の女が発狂してるのをめっちゃやってやったぜ、的なテンションの上がり方してるの、本当のヒロインさん、剥き出しにしてみたらそれはもうなんかえげつないヒロインだったなあ。
キャラが濃すぎる!
まあ、あのドSっぷりにいたぶられまくられながら、むしろそれに惹かれていってしまって業の深いドM沼にハマっていったカザネのアレっぷりの方が濃いと言えば濃いのかもしれませんけれど。ヒロインさまは、むしろどんだけ虐げても擦り寄ってくるアレっぷりにアテられた、と見るほうが正しいのかもしれない。
でも、修羅場ッてる時のリンネへの嬉々とした甚振り方を見せられると、あれ根っからのエスだよなあ。めちゃくちゃ楽しそうだったもの。ほんと、作者が書くヒロインって、方向性の違いはあっても「パワフル」さだけは揺るぎがないのう。
どこまでが機械で、どこまでが人間か、という人間論に指突っ込んで温度を確かめるような哲学面でのアプローチも、非常に真面目かつ深刻に考察しながら一歩一歩手繰り寄せて物語上の答えへと達しようとしながら、一方で人間って業が深いね、としみじみと趣向してしまうような身も蓋もなさも内包し、かつ機械もああいう風に狂ってしまうのを見せられると、人間と変わらん業深さよなあ、と感じ入ってしまうわけで。
むしろ狂った彼女に関しては、あれで終わりにならず放り出されたラストが、旅立つ人間の二人よりも印象深いんですよね。この終わった世界の果てで、なおもどう生きていくのか。その命題を背負うことになったのは、人間である彼女たちだけではなく、機械であるあの子にも課せられてしまったのではないかと思ってしまうような、そんな突き放し方で。
それをレプリカントの新しい可能性、というにはえげつなさが過ぎるとは思うのだけれど、これもまた「卒業」ということになるのかなあ。あのほっぽり出し方は、むしろ「退学」じゃねえか、とふと思わないでもなかったけれど。
一巻が意図的に表層舞台で滑稽な踊りを踊らせていたとしたら、二巻は書割りの背景を倒して踊っていた連中を全部深い沼に突き落として、その中から必死で這い上がろうとする「意思」がある者たちの足掻きっぷりを舐るように味わうかのような様相でした。必死さというのは、予想もつかない言葉や行動を生むもので、それは思いがけぬ展開を次々と引き起こす。まさに激動の二巻であり、物語の顛末であり、ラブストーリーの顕現でありました。
面白かった。

1巻感想