オール・ユー・ニード・イズ・吉良〜死に戻りの忠臣蔵〜

【オール・ユー・ニード・イズ・吉良〜死に戻りの忠臣蔵〜】 左高例 

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元禄15年(1702年)、12月14日。江戸本所にて、赤穂浪士らが吉良邸に討ち入りを仕掛ける。そこで抵抗虚しく武林唯七によって殺害されてしまう吉良義央。だが、死んだと思った吉良は気がついたら14日当日の朝に戻っていた。
何度も同じ一日を繰り返し、何度も赤穂浪士に殺されてしまう吉良義央。様々な方法で襲撃から生き延びようと奮闘する彼の運命は──
小説投稿サイト『小説家になろう』の歴史ジャンル短編で一位だった小説「オール・ユー・ニード・イズ・吉良〜死に戻りの赤穂事件〜」を、文庫本一冊分になるぐらい大幅に書き下ろし加筆したオルタナティブ時代小説。

これ、Kindleで自主出版という形で出したのか。こういうやり方もあるんだねえ。
というわけで【異世界から帰ったら江戸なのである】の左高例氏が以前書かれた傑作短編小説である。タイトル見てわかるかもしれないけれど、桜坂洋氏の傑作SFライトノベルにしてハリウッドで映画化までされた【All You Need Is Kill】のパロディ作品でもある。と言っても、死んだ時点で同じ日時へと戻ってしまい何度も何度も同じ時間を繰り返しながら、生存への道を探っていく、というコンセプトが一緒なだけで時間が巻き戻る原因などは一切関係がない。
それでも、この【忠臣蔵】で赤穂浪士に殺される側であった吉良上野介義央を主人公にして、彼が赤穂浪士に殺される運命から生き残るためにあらゆる手段をとっていく、この話からしてまず目のつけどころがすっ飛んでいて面白い。
その上で、この最初は怯えて奮えて納屋に隠れているだけだったお爺ちゃんが、最初は自分が生き残るために、そして段々とこの赤穂浪士の襲撃に巻き込まれて死んでしまう嫡男や家臣たち、吉良の家を護るために頭を悩ませ、脳髄を絞り、身体を張って奮起しはじめる姿に感情移入していってしまうのである。
赤穂浪士側から描いた忠臣蔵というのは山ほどあると思うんですけれど、吉良側から描かれた忠臣蔵は決して多くはないと思うのですけれど、本作はコミカルなテイストでありつつも、左高例氏の手掛けた作品らしく当時の吉良家を取り巻く環境や風習、人間関係など思わぬところに聞いたことがなかったような詳しい話がこぼされたりしていて、「へぇ!」と思うような話も多いんですよね。
上杉家と吉良家の関係なんて、単に屋敷が隣同士なだけかと思ってたら当時の上杉家の当主って吉良の息子が養子となって収まっていたり、吉良家の財政事情や家臣の話も全然知らんかったんだよなあ。
ともあれ、何度も赤穂浪士に惨殺されることを繰り返すうちになんとか生き残るために足掻こうとしだす吉良お爺ちゃん。武芸者でもなんでもない彼がはじめは逃げ出したり、外に助けを求めたり、という消極的手段を選ぶのは当然の話なんだけれど、その過程で大事にしていた嫡男……上杉家に養子に言った息子の子、つまり孫をまた養子に貰って、という実は孫なんだけれど公式では息子というややこしい扱いになってる――義周や忠臣たちまでが目の前で惨殺されるのを目の当たりにして、吉良お爺ちゃんの意識も激しく変わっていくのである。あの老人が狂ったように慟哭するシーンは、読んでいるこっち側の意識にとってもターニングポイントだったのかもしれない。あそこで、完全に気持ちが吉良サイドに同化しましたからね。
自分だけが助かるのではなく、自分の周りの人たちみんなが助かる道を勝ち取るために、吉良義央は幾度もの死を乗り越えて闘争のループへと身を投じるのである。
そんな吉良の前に立ちふさがる最大の障害が、狂乱する武人・武林唯七隆重である。誰よソレ!? と思うマイナーな人物なんだけれど、本作では殆ど赤穂浪士側はこの男の描写によって埋め尽くされている。彼の先祖が中国人で武林出身だったので武林と名乗った、というのはウィキにも書いてあるが、謎の武術の達人だったというのはさすがに聞いたことが無い。ともあれ、その武術が原因故にかなり頭がおかしいことになっていて、その為か時間ループの中で大概の人物が同じ行動を取る中で彼だけが完全にランダムに動いている上に、どのような行動をとっても彼が突っ込んでくるのでとにかくこいつをなんとかしないとどうにもならない、という最大の障害になってるんですな。しかも、べらぼうに強い。まともにやりあっては絶対に勝てないモンスターなのである。この武林一人のために吉良お爺ちゃんの生存戦略の難易度が三桁ほど跳ね上がっていると言っていいほどに。
実際、武林が居なければ吉良お爺ちゃんの死に戻り試行回数って相当減らせたはずなんですよね。
ちなみに、武林が喚いている意味不明な台詞は、実は全部元ネタがある台詞だというのはウェブ版読んだときには全然気が付きませんでした。言われてみると、なるほど、と頷いてしまうんですけれど、せめて明日乱くらいの名前はついてないと、ねえ。

Kindle版を配信するにあたって大きな加筆が加えられているのですけれど、その中でも第百回目の別居中の奥さんとの再会の話は、アレ良かったなあ。老いた夫婦同士の和解の物語であり、老人の心がこの繰り返しの死の中で確かに鍛えられ、柔らかくなっていた証であり、老人が未来を希望し、改めて掴み取る原動力を得る話であったわけですから。ループの中で摩滅していく吉良お爺ちゃんの精神に、新たな支えを加え、力を与え、勇気を与えてくれるエピソードであると同時に、彼に自分だけが良ければいいという選択肢を選ばせずに、正しく皆が幸せになるための結末を選ばせたターニングポイントともなり得る話でしたしねえ。本作の中でも随一の重要なエピソードだったかもしれない。

というところから、一気にクライマックスまで突入していくのですけれど、本来の忠臣蔵からするとラストの展開って、もう筆舌に尽くしがたいほどむちゃくちゃもいいところなんですよね。いやもう考えてみてくださいよ、思い浮かべてみてくださいよ、まさか四十七士の襲撃に対してあんな絵面になるとか、もう凄えなんてもんじゃないじゃないですか。
でも、本作においてはそこにたどり着くまでに吉良お爺ちゃんの文字通り何百回モノ死を繰り返した苦痛と絶望を乗り越えた努力があり、過程があり、果たして果てがあるのかもわからない霧の中を進み続けた決意と覚悟の結果として、あのラストがあったのですからもう痛快の一言なんですよね。
いやもう、吉良お爺ちゃんがべっらぼうに凄えんだ!!

時に熱く、時にシリアスに、凄惨に、そして時に人情味あふれる情緒漂う話でありますが、基本は左高例氏らしいコミカルな語り口で、思わず笑ったりニヘラニヘラと気持ち悪い笑みを浮かべてしまったり、とスルスルと楽しく読める作品なのでした。一方で、何度も繰り返し読んでしまうスルメのような味わいというか、やめられないとまらない、というクセもあり、荒唐無稽でありながら当時の江戸時代の風俗を意識しない範囲でするっとなじませて、当時の風景や喧騒をリアルに感じさせてくれる描写が敷き詰められていて、読み応えと読みやすさが見事にマッチしている快作でもありました。いやもう、内容見ると怪作もいいところなんですけどね。
なにはともあれ、無茶苦茶に面白い! 面白い! もう、めっちゃ面白い!!
これを機会に一読あれ。そりゃもう、ハマってしまうから。今後、忠臣蔵はどうしようと吉良お爺ちゃんを応援してしまうことうけあいです。
あー、面白かった♪

左高例作品感想