【君死にたもう流星群】 松山 剛/珈琲貴族 MF文庫J

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二〇二二年十二月十一日。それは僕が決して忘れられぬ日。その日、軌道上の全ての人工衛星が落下し、大気圏で光の粒となり消えていった。『世界一美しいテロ』と呼ばれたこの現象にはたった一人、犠牲者がいて…!引きこもりの少女・天野河星乃を救うため、高校生の平野大地は運命に抗う。「まさか読み終わる頃に自分が泣いているなんて考えもしませんでした」「切なさ、絶望、一縷の望みと試行錯誤の日々、さわりだけ読むはずが先が気になってもう止まりませんでした」「この作品を読んで僕も夢を諦めたくなくなりました」発売前から多くの人を感動に巻き込んだ『宇宙』と『夢』がテーマの感動巨編スタート!

別に立派な人物でなくても、自分を省みることの出来ない人間でも、他者の人生を良い意味で変えることは出来る。沈んでしまって身動きがとれなくなった想いを掬い上げることは出来るのだろう。
平野大地は、たとえ偶然の産物だろうと、一切の成長なく歳を重ねてしまったとしても、天野河星乃を星空の上へと導いたのは間違いない事実だったのだから。
彼女は彼によって救われて、もう一度夢を見ることが出来た。夢を叶えることが出来た。それだけは、ゆるぎのない事実なのだろう。
でも、所詮それは偶然の産物だから、二度目を意図して繰り返しても同じようには転がらない。人生に二番煎じは通じないのである。
私なんぞは人生の半分近くまで生きてしまった中年だけれど、正直もう一度人生をやり直せるとなっても、とてもじゃないけれど今より上手くやれるかなんて自信はないし、ぶっちゃけもう一度やり直すとか面倒くさくて勘弁してほしいくらいだ。
あのとき、あの選択をしたのは大失敗だったな、というのは幾つか思い浮かぶけどね。それを回避したところで、果たして思う通りに転がったかというと、ちょっとどうなんでしょうね。
結局の所、自分はさほど現状に不満を懐いていないというのも大きいのでしょう。痛烈な後悔を抱えている人は、その後悔のターニングポイントを覆すためには、なんだって出来るのかもしれない。やってのけるのかもしれない。
未来をひっくり返す、人の人生を覆すというのは簡単じゃない、とてつもない大業なのだ。それを、この大地はどうにもわかっていない。まるでわかってない、というべきか。あれほどの後悔を、痛みを、絶望を抱えながら、自分のあり方を、これまでの自分を、過去を省みることをしてこなかった、というのはほんとどういう人生なんだろう。どうして、そんなに自分の生き方に疑いを持たずに生きて行けたんだろう。彼が抱えていた悲嘆とは、なんだったんだろう。彼の悲しみは、夢半ばで潰えた星乃のためのものではなく、星乃を失った自分を憐れむものだったのではないか、とすら思えてしまう。
大地が過去に戻ったときの、あのぞっとするような無邪気さから、そんな想起が沸き起こってしまった。
人生にコスパの概念は大事だよ。それは多分、必須になるものだ。どこかで、それを意識しないと確かに踏み外してしまう危険はある。でもね、それは天秤にかけるもののはずなのだ。どこかで諦めるにしろ、妥協するにしろ、受け入れるにしろ、最初からコスパを計算して生きる人生なんて……いや、もし本当に徹底して自己管理してコストパフォーマンスを組み込んで人生設計立てるなら、それはそれで立派な生き方なんだと思う。それを貫くというのは多大な意志を必要とするだろうし、余分なことに目を向けない必死さが必要になる。それは、大変な生き様なのだ。覚悟した生き方だ。
でも、彼の場合はコスパを言い訳にしているだけで、なんらコストパフォーマンスなんて考えていない。なにもしようとしないなら、そう自負すればいい。そういいう生き方だってあるだろう。
楽に生きる、楽な道を選ぶというのは、間違っちゃいないと思う。それもまた、きっと人間らしい生き方だ。場合によっちゃあ素晴らしい生き方になり得るケースだってあるだろう。
でも、コスパを名目にして自分も他人もごまかして、自分が正しく立派で生き方をしていると振りかざし、そんな自分を疑いもせず、他者を見下すその在り方は、正直虫唾が走った。
なんてコストパフォーマンスの悪い、ろくでもない生き方をしているんだろう。
でも、そんな生き方をしていた大地に、救われた人が何人も居たのもまた事実なのである。星乃だけじゃない。クズと化した大地と最後まで友達で居てくれた二人。真里亞と葉月の母子。彼らにもまた、その人生の中で大地との交流によってより素晴らしい道へと踏み出すきっかけがあったのである。
自分はこの大地のこと、どうしても好きになれなかったのだけれど、一度は自分の残された交友関係、寄せられた想いすら切り捨てて、過去へと戻ってしまったのだけれど、それでも自分との関係を大切に思ってくれた人たちのために、必死に頑張ろうとしたところだけは認めたい。こんな男のために力を尽くし真摯に向き合ってくれる伊万里たちの人格にこそ敬意を評したいところだけれど、まあ過去の学生時代の段階では大地の存在は彼らにとって、とても大事で慕うに足るものがあったわけだからなあ。遅まきながらとはいえ、そんな彼らの信頼に気づくことが出来たというだけでも、悪くない、悪くはないんだ、うん。
正直、好いた相手の断末魔の生中継を、リアルタイムじゃなくあの人生行き詰まった段階で見せつけられた大地の精神状態には同情を禁じ得ないのだけれど。
ぶっちゃけ本番はここから、になるんだろうけれど、個人的には伊万里どうするんだよ、というところなんですよね。色々あったとはいえ、彼女たちは幸せになってたんでしょうし。それをひっくり返しちゃったんだもんなあ。ケジメはつけれるんだろうか。ケジメといえば、葉月のことも。

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