【魔弾の王と凍漣の雪姫】 川口 士/美弥月 いつか ダッシュエックス文庫

Amazon
Kindle BOOK☆WALKER

弓は臆病者の武器。祖国でそういわれ続けてきた少年は、少女の言葉によって己の進むべき道を見いだし、守るべきものを得た。二年後、ブリューヌ王国はジスタートと同盟を組み、大国ムオジネルと開戦する。ティグルは病に伏せた父ウルスに代わり、初めての戦場へと向かった。戦争は順調に進んでいるかのように見えたが、奇襲を受けブリューヌ軍は戦線崩壊する。敗足するティグルの部隊。その窮地を救ったのはオルミッツ公国の戦姫、リュドミラだった。二年ぶりの再会を喜ぶ二人。しかし、その行く手には新たなる戦いが待ち受けていた。戦乱の世を舞台に、伝説の時代より続く闇の勢力との戦いが、今はじまる!!
MF文庫で展開された【魔弾の王と戦姫】シリーズの完全IFシトーリーとなる本作。リュドミラをメインヒロインに完全新作として展開されることになったのですが……ティグルがエロ小僧になってるー!
いや、見境なく女好きというわけではなく、幼い頃に交流のあったミラ一筋なんだけど、若さ故の欲望に対してかなり素直になっているというか、このエロ小僧め! 一方のミラの方もそんなティグルにだだ甘なんですよね。
前シリーズでのティグルがエレンと結ばれるまでかなりストイックで恋愛ごとからは本人的には後回しにしていたことから考えると、身分差のあるリュドミラと結ばれるために功績をあげようと意欲を燃やしているティグルは、何とも新鮮というかミラに一途な恋に燃える情熱的な男になってて、かなりキャラ違うんですよね。
最初は戸惑っていたのですけれど、考えてみると前作のティグルが早くに父ウルクを亡くしてアルザスの領主として責任ある立場となり、常にアルザスの事を最終盤に至るまで自分の中の最重要に位置させて動いていたのを考えると、本作ではウルクが生きていることで領主という責任や立場から自由になり、一人の青年として生きていることがこの違いになっているのか、と思い至ることでストンと腑に落ちたわけです。何気に、ティグルに年が離れているとはいえ弟が出来ているというのもポイントかと。いざとなっても、ちゃんとアルザスの後継者が他にいるという安心感は大いに軛を断つものですし。
これはヒロイン側のリュドミラの方にも該当していて、前作では早世していた母で戦姫だったスヴェトラーナが戦姫は引退したとは言え、元気に健在しているというのも大きいんですよね。ティグルと同じく彼女も若くして後ろ盾となる母を亡くし、公国を引き継いで背負って戦っていたわけですから、色々と自由にならない部分もあったし精神的にも決して余裕があるわけではありませんでしたからね。それでも立派に戦姫であり公王をやってのけていたのですが、この立派という部分に縛られたところも大きかったかと。その意味では、戦姫を継いでいるとはいえこっちのミラは自由度がマシていますし、幼い頃にティグルと過ごしたことでミラに本来あった冷厳さが削がれて人格的にもすごく柔らかくなった、というのは周りの人からの評価でもあるようですし。
まあ、あのミラとはまたぜんぜん違う姉御肌のラーナ母さまが後ろでドーンと控えていてくれたら、ミラもやりやすいですわ。そのやりやすい分をティグルへのだだ甘っぷりに随分とつぎ込んでいるようですけれど。
ビジュアル的にも髪伸ばしているせいか、随分印象は異なってしまいましたが、甘やかしつつもきちんと厳しくするところは厳しくするあたりは、ミラらしくてそこらへんは変わってないんですよねえ。川口作品とは長いお付き合いとなる絵師の美弥月 いつかさんですが、やっぱりこの人と八坂ミナトさんは、川口士作品にはなくてはならないパートナーだなあ、と実感しております。

他にも色々と歴史が変わっている世界観ですけれど、一番の仰天部分はやはりヴァレンティナ様でしょうこれ。大鎌の竜具・虚影エザンディスは、前作でも最後に出てきたミリッツァに既に引き継がれてて、本作でもミラ以外に登場する戦姫としてミリッツァ大活躍だったのですが、その前の持ち主であるところの、そして前作ではラスボス級の黒幕として暗躍していたヴァレンティナが……なんか本作では既にえらいことになってしまってるんですがーーー!!
爆笑してしまいましたがな。
もしかして、前作で彼女を駆り立てていた野心も、一つ間違えればこれしきのことで満たされて幸せになっちゃってたのかもしれないのか、と思うとなんとも擽ったいようなおもはゆいような。
いやもういいんですけどね。これはこれで、もうティナ様ご満悦のようですし全然いいんですけどね! にしても、相手って誰なんだろう。

黒騎士ロランが早くも登場しティグルと交流を持ったり、魔物が早速現れて交戦することになったり、ティナルディエ公の方も相変わらず真っ黒だけど以前とはまた違う歴史を辿りそうだったり、ブリューヌ国王ファーロンが精力的に動き回ってて実に名君っぽかったり。
前作はあれでかなり完成された物語で、これをどうイジって新しいストーリーを構築するんだろうと疑問に思っていたんだけれど、これはちょっと期待以上に別物の面白い英雄譚、戦記物になりそうで読む前より読んだあとの方がワクワクしています。
ダーマードが相変わらずいいキャラしていて、またぞろ彼がティグルの相棒になりそうなのが嬉しかったり。前作から好きだったもんなあ。何気にダーマードのヒロインっぽいお姫様も出てきていて、ニヤニヤしてしまった。あと、相変わらずムネジオル王国の王弟クレイシュが強キャラ過ぎてドキドキしますわ。こと軍の指揮官としてはこの髭親父がやっぱり最強なんじゃなかろうか。何度繰り返しても、軍勢を押し返したり判定勝利は得られてもこの人を討ち取るとか軍勢を撃滅するとかのイメージが湧かないんですよねえ。
前作のメインヒロインであるエレンもちゃんと登場。良かった、違う戦姫にはなっていなかった。そしてやっぱりミラと仲悪い! 今回はティグル、ミラに一途っぽいので前作のようにハーレムとはいかなさそうなんだけど、果たして他の戦姫たちとはどんな関係になるんでしょうねえ。そこはちと気になるところであります。特にエレンに対しては。
ともあれ、新シリーズ期待以上で実に先が楽しみです。

川口士作品感想