【葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王】 一ツ屋 赤彦/紅緒  角川スニーカー文庫

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第24回スニーカー大賞≪金賞≫受賞作!
様々な種族がひしめき合い、“葡萄”のように国が乱立する大陸の小国ランタン。流浪の少年メルは、多言語を話せる特技をランタン王に買われ、豹人族の姫シャルネの教育係に抜擢される。己の奔放な振る舞いにも常に優しいメルに、徐々に惹かれていくシャルネ。そんな折、大国との政略結婚を控えた彼女は相手の王を怒らせ、婚姻は最悪の形で破談に。二国間の緊張が高まる中、次期ランタン王に任命されたのは、なんとメル!? 王として彼が取った起死回生の策は、“シャルネと結婚し、豹人族の支援を取り付ける”というものだった! 言葉を操り、人を繋げ、敗戦必至の大戦に挑む! 弱小王国の下克上ファンタジー、ここに開幕! ※電子版特典として、電子限定書き下ろし短編『キリン様の憂鬱』を特別収録!

先代ランタン王が偉大すぎるんだよな、これ。
実のところ、本作のこの一巻ぶんにおけるランタン国が辿った道筋はほぼ先代ランタン王が描いた筋書き通りに進んでいる。自らの病による死の時期すらも織り込んだ大戦略は、恐るべき事に受動的な部分が殆ど見当たらない。未来を予測して備えるのではなく、望んだ道筋に誘導し現実を予定の方へと引きずり込んでいるのだ。これは自国のみならず敵国となるバツ国ですら変わらない。どころか、バツ国と敵対状態になりバツ国が攻め込んでくることすら、誘導によるものだというのだから戦慄すら覚える。
これ、バツ側からするとどこからどう見てもバツ側の意志によって侵略を開始しているはずなんですよね。しかも、大陸中に知れ渡った英雄であったランタン王の死を契機として攻め込んでいるのだから、ただでさえ普通に攻めても簡単に滅ぼせるだろう弱小国に、万難を排して挑もうという戦いであったはずなのだ。尤も、バツの政治を司る宰相アーデルハイドから言わせれば、早すぎる侵攻であったわけだけれど、宰相たる彼をして開戦を遅らせられないほどに政局が固められてしまった段階で、先代ランタン王の掌の上だったんですよね。
そして、ランタン王の大戦略の最後にして最大のピースであったのが、本作の主人公、流民の少年であったメル・アルカートなのでありました。
すべてはランタン王の掌の上、と言いつつもお膳立てされた舞台の上で踊るのは言われた動きしか出来ない駒などではなく、自分の意志で立ち自分の胸で理想を抱き、そして夢を語ることの出来る人間なのであります。駒では、決して自体を打開できない、この場をしのげても、ランタン王亡きあとのそのサキを続けていくことが出来ない。そして何より、そこにはランタン王が思い描いた夢が無い。
王が求めたのは、国の行く末……夢を託せる次代なのでありました。だから、彼が用意したお膳立ては、黙って乗っかればそれで全部キレイに片付く、なんて簡単な代物などではなく、そこに立った者たちが皆全力を尽くさねば乗り越えられない試練であり、その試練を超えてこそランタン国を、夢の地を続けていける、その先へ広げていける可能性を得られる、そんな残された者たちへの、託された者たちへの宿題でもあったのです。
ランタン王がその生涯をかけて築き上げてきた宝を、メルとシャルネに継承するあのシーンは、この巻においてもっとも美しい場面でもありました。王の言葉には力があり、想いがあり、慈愛があり、その一言一言が胸に響く玉音でありました。これほど強く優しく染み渡る言葉の連なりが果たしてどれほど今までに目の当たりにしたことがあったでしょうか。
感じ入るばかりでした。

先王に託された夢は、メル少年にとって彼自身も抱き続けた夢でした。しかしそこに、国という重石をつけられて、それまで流民として彷徨い続けた子供にすぎない彼は一人ではとてもその重さに耐えきれなかったでしょう。しかし、王はこうも言い残したのでした。
「君は人に支えてもらえる王になれ」
そして、彼の隣には勇気ある姫シャルネがいる。表紙絵で、二人背中合わせでしかししっかりと手を握り合っている姿は象徴的だ。彼らは二人でこのランタンの王となる。そして、ここで冒頭でメルがシャルネの無聊を慰めるために語ったこの葡萄大陸の主となる王の資格を語るおとぎ話が、差し込まれてくるんですよね。きれいなきれいな伏線の回収でありました。あの荒唐無稽とも矛盾の塊で実現の可能性がかけらもない、だからこそおとぎ話にしか思えなかったあの話が、こういう形で実在性を帯びてくるなんて。

実際のバツ国の侵攻に対する防衛戦も、非常に面白かった。ここで軍師ギンが存在感を増しましてくるんですよね。戦争にも関わらず人の死をなるべく回避しようとするメルの願いは、甘いもののようにも見えますけれど、実際のところこの戦場、この戦争だけに終わるものではない将来のランタン国の進むべき道を思えば、そして何よりランタン国が体現しようとしている人々の夢を思えば、それは大局的に正しい方針なのでしょう。感嘆するべきは、メルの方針を将来の布石にするまでもなく、この場の負うべきリスクにせず、この戦局における極めて強力な武器へと昇華せしめた軍師ギンの奸智でしょうか。裏で現実主義者を気取ってるわけでもないんですよね。理想を叶えるために汚れ仕事を引き受ける、なんて後ろ向きな真似……理想や夢を神輿にして現実から遠ざけて守ろうなんて真似をせず、きちんと一緒に真正面から夢を叶える同志として寄って立つ、そんな気概を見せてくれる軍師っぷりでありました。性格はひねくれてるっぽいですけど。
バツ国側も面白くて、侵攻軍の最高司令官である宰相アーデルハイド。彼は間違いなく傑出した人物なんですよね。その才覚は、組織運営者として極まったもので運用が極めて困難な大軍を全く何の問題もなく滞りなくスムーズに他国の首都まで進め、その後も全軍の手綱を握ってほぼ思う通りに動かせていたことからも明らかで、数々のシーンから彼の並外れた能力が伺えるわけです。同時に、その才覚はあくまで軍政家であり、組織運営者であって作戦家ではなかったというあたりが非常に面白かった。軍事的に無能、というわけではないのは現場での対応能力の高さや速さからも確かだと思うのですが、教科書以上の対応が取れないというのはホント、アーデルハイドさん前線指揮官向いてなかったんだろうな、というのが伝わってくるわけです。ただ彼の場合、それが無能に見えるのではなく逆に、明らかに向いていないにも関わらずここまで出来てしまうその能力のべらぼうさに度肝を抜かれてしまう、という感じなんですよね。
今回の適性ではない仕事を押し付けられてた件に代表されるように、アーデルハイドさんそのバグってんじゃないかとすら思える能力を十分に発揮できない環境に置かれているの、敵ながらもったいなさすぎと感じていただけに、ギンちゃんの「貴方の使えるべき国はそこではない」という伝言には、グッと来たんですよね。然り然り、と。

未だ幼き二人の子供、大陸すべての種族の言葉をしゃべることの出来る少年メルと、野良猫と呼ばれる豹人族の姫シャルネ。二人は出会い、恋をして、共に同じ夢を頂いて、偉大なる王から未来を託された。
彼らは二人で一つの王。幾多の種族が混在し手を取り合って暮らす小さな国を統べる王となった。
これはそんな二人が治める小さな国が、葡萄大陸と呼ばれる世界に大きく羽ばたく、そんな歴史の幕開けの物語である。