【あやかし同心捕物控 とんちんかん】 霜島 けい  光文社時代小説文庫

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盗人と疑われ、番屋につきだされてきた青物売りのお駒を放免してやった同心の柏木千太郎。跳ねっ返りで威勢はいいが、早くに両親を亡くし、十一で人買いに売られ苦労して生きてきた娘だ。そんなお駒を陰から見守っているらしき謎の男がいた―。その正体とは?(表題作)顔はないけど男前。のっぺら同心と仲間たちがあやかし騒ぎ解決に走る、妖怪捕物帖第三弾!


前の出版社でのシリーズは2巻までで止まっちゃったのですけれど、光文社から改めて再版されたのがこの「のっぺら坊」の同心柏木千太郎が活躍する【あやかし同心捕物控】でした。
でもそれって、同じ光文社から霜島先生が出されている【九十九字ふしぎ屋 商い中】との兼ね合いで再版しただけで、それでお終いだと思ってたんですよね。
まさか、新たに第三巻が出るとは。嬉しい……(しみじみ)

時代小説の醍醐味の一つに「人情物」があると思うのですけれど、本作はまさにその人情物の極みなんですよね。人情とはすなわち、人としての情け。他人への思いやり。これが、本作には目一杯詰まっている。情に厚いのは決してメインの登場人物たちだけではなくて、無名の人々もみんななんだかんだと優しいんですよ。
たとえば、第一話の主人公となるお駒。まだ十を幾ばくか過ぎたばかりの子供である彼女。人買いから逃げ出した子供に過ぎないこの子が、なんだかんだと長屋に暮らせて仕事も貰えて働いて生きていけているのって、様々な人たちがなにくれとなくこの身寄りのない娘を助けてくれたからなんですよね。住むところを世話してくれて、仕事も世話してくれて、と何の得もないのに手を尽くしてくれる情け深い人が幾人もいたわけだ。
お駒も、そんな情けに報いるために懸命に頑張るんだけれど、儘ならないのもまた人の世。人買いの追ってに追いかけられたり、見覚えのない金が手元に現れ盗人に間違われ、と苦労に苦労を重ねている。でも、そんな境遇に挫けることなく拗ねることなく、胸を張って真っ直ぐに生きてるんですよ、このお駒は。
もうメチャクチャいい子なのですよ。それも世間知らず故の苦労も知らない世の中の闇も知らないが故の気軽な善性ではなく、苦労に苦労を重ねた上でなおどっしりと揺るぎなく据え置いた貫目のある善性というべきか。まだ子供にも関わらず、お駒の言葉には人生の苦味を味わい尽くしたような悟りがあり、その上で人の善性を体現するかのようなセリフを誇るでもなくただただ自然と口ずさむのである。
イイ子を描くことはさして難しいことではないかもしれない。でも、倫理的にも当たり前のことを行い、口にすることでここまで「ああ、この娘は本当に良い子だ」としみじみと感じ入ってしまう、相変わらず霜島先生の人物描写たるや、尋常ではないと改めて思い知らされる次第である。
そんでもって、こういうホントにイイ子が、イイ子であるからこそきちんと報われることこそが、人情物の醍醐味なんですよね。それを主導するのが、我らがのっぺらぼうの千太郎とその一党。自分は盗みなんかしていない、と言い張るお駒を、お前は盗んでいない、と即座に信じて解き放つ千太郎、このシーンが好きでねえ。自分の潔白を、自分の在り方を、自分という人間そのものをこんな風に信じてくれることが、辛い思いを幾度もその身に、その心に刻んできたお駒にとってどれだけ嬉しいことだったか。
それからも、雨が続いて仕事が捗らずその日の食うものにも困っていた時に、さり気なく自分の子供の子守の世話なんかを頼んだりして、あれこれ世話を焼くわけですよ、千さんたら。
こういう、町の人達一人一人をよく見てくれる、見守ってくれる同心がいるわけですから、相手が人間じゃなくのっぺらぼうであろうと、そりゃ江戸の街の人々に慕われますわなあ。

第二話の憑き物のお話も、一度は途切れてしまった親子の縁、親子の情を人知れずつなぎ直す、そんなお話。本来なら既に潰えてしまったはずの絆であったものが、偶々最期を看取ったのが千太郎であったが故に、千太郎たちの尽力によって想いと願いを託して残すことが出来たというお話だったんですよね。本来ならもっと切なくも物悲しい話になりそうなところを、どこか心安らぐコメディチックなノリとテンポで描かれるのがまた良い味が出てるんですよね。暗い雰囲気などどこにもなく、どこか明るく脳天気に、しかししっとりと温かみの余韻を感じさせてくれる、思いやりをじっくり噛み締められる作品でありました。

しかし、正悟はまだぐだぐだしていて、おようさんとくっつけてないのか。じれったいというかなんというか。はやく所帯持ちなさいよ。