【幼女戦記 5.Abyssus abyssum invocat】 カルロ・ゼン/篠月しのぶ  エンターブレイン

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金髪、碧眼の愛くるしい外見ながら『悪魔』と忌避される帝国軍のターニャ・フォン・デグレチャフ魔導中佐。
冬までのタイムリミットを約二ヶ月と見積もった帝国軍参謀本部は積極的な攻勢か、越冬を見通した戦線再構築かで割れていた。激論の末に導き出された結論は、攻勢に必要な物資集積の合間での『実態調査』。実行部隊として、ターニャ率いるサラマンダー戦闘団は白羽の矢を立てられる。
進むべきか、踏みとどまるべきか?逡巡する暇はない。
地獄が地獄を呼び、止めどなく激化してゆく戦争。誰もが、守るべきものを心に抱き戦場に向かうのだ。すべては「祖国」のために。
デグさん完全に便利屋扱いだよなあ、これ。有能さを示せば示すほど際限なく仕事を割り振られていくのがこの世の真理。その上、現場と上との現状認識の乖離は容易に無茶振りへと繋がっていってしまうのである。デグさんもなまじ、その無茶振りを熟しちゃうから、上もそれが当たり前だと思っちゃうのがまた問題で。
戦闘団の即応編成って、これデグさん以外に務まるものなんだろうか。彼女はあくまで戦闘団の諸兵科連合としての有用性を示したつもりでいるようだけれど、参謀本部の方が重視しているのは即応性の方であってその点でも認識がややズレているみたいだし。

しかし泥沼である。参謀本部の冬季突入までに攻勢で押し切るか、越冬を見越して踏みとどまるか、の意見対立、なにがヤバイってどちらも間違っていなくて現状に対する危機感も同等に有しているところなんですよね。どちらかが明らかに間違えているなら、正しい方を選べば戦局は良い方に進むのでしょう。でもどちらも間違えていない、どちらも正しいということは、どちらを選んでも先に見通しが立たない、泥沼必至というところなんですもんね。
進むも地獄、引くも地獄。
そんな消耗戦の中で、ついにデグさんの子飼いである「第二〇三魔導大隊」からも戦死者が出てしまう。替えの効かない精兵の喪失である。特に航空魔導師の隊は大隊と言っても48名しかいないので、一人でも抜ければそれだけで相当の被害になってしまうのに、今回の戦闘で食らった損害はそれどころではなかったですからね。
あのデグレチャフ氏をもってして痛恨事と言わしめ、彼女自身ショックと後悔でのたうち回る事態に陥る凄まじい大損害だったのである。戦争中にもう同じレベルの精兵を集めるのは不可能でありますし、一から新兵を鍛えなおしている余裕など便利屋扱いでたらい回しにされているデグさんの部隊ではあり得るはずもなく。それでも、君なら出来るだろう、これまでも出来てたし、と臆面もなく要求してくるのが上なんですよね。
人材の払底を身をもって痛感させられているデグさんにとって、こうなってくると手元の能力在る部下たちは以前にもまして宝石のように思えてくるわけで。要求する能力にまったく足りていない未熟な兵や士官、それどころか無能の烙印を連打しても飽き足らないような士官まで回されてきた日には、それまで自分の手元で働いてくれていたヴィーシャやヴァイス中尉がどれほど有能で行き届いた手腕の持ち主か、というのを改めて実感させられるわけで。もう文中からデグさんの、ヴィーシャたちへの絶賛に絶賛を重ねるような賛辞の連発と、こいつらが居てくれてよかった、ほんとよかった、もうこいつら居なかったらと思うとゾッとする。凄い! 素敵! もう最高! 抱いて! 結婚して! とでも言いたげな想いがビリビリと伝わってくるのですよね。
大隊結成当初なんぞ、部下に対してはもっと冷めているというか、利用価値のある出世のための道具、自分の安全を保証するための肉盾、みたいな認識があったと思うのですけれど、まあ根本のところでは変わっていないのかもしれませんけど、喪うことなど想像もしたくない大事な大事な部下たちという想いは間違いのないものになってきてるよなあ、と思うところなんですよね。

さて、ひたすら打開の方法すらない泥沼一直線かと思われた東方戦線も、連邦の一般将兵の認識がイデオロギーのための戦争ではなく、祖国を守るためのナショナリズムの戦争だと気づいたデグさんによっての、上層部への意見通達によって、東方戦線は戦争のやり方そのものを変えていくことに。連邦が真の意味で青ざめることになる、帝国の戦争方針の大転換は果たして戦局の打開に繋がるのか。少なくとも一方的にどうしようもなくなっていくだけの行き詰まった展開からは、希望が見えてきたのだろうか。

それにしても、思いの外連邦のロリヤが有能で驚かされる。保身と組織防衛と政敵を追いやる謀略だけに長けているのかと思ったら、先の魔導師の復権の提案もそうでしたけれど戦争に勝つために真に必要なことをイデオロギーなどの建前を排除して、ちゃんと提案し用意し準備することができてるんですよね。これ、連合のチャーブル首相なみに手強い相手になってるんじゃなかろうか。
デグさんもえらいのに目をつけられたなあ。

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