【理系な彼女の誘惑がポンコツかわいい】 長田 信織/うまくち醤油  角川スニーカー文庫

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「逆関数で考えましょう。恋人をすれば恋ができる」。お前ほんとはバカだろ

「私が、あなたを魅了し尽くしてみせるわ」
セレブの子息令嬢が通う私立瑛銘学院。
外部編入ながら学院首席の久遠寺梓と、名家のお嬢様であり数学の天才・弥勒院由槻は、学院の特権を賭けた“恋愛ゲーム”に参加することに(参加者総勢2名)。
持ち得る知識を駆使して梓にアプローチをかける由槻だったが、その方法はいちいちズレていて……。
「簡単に言うと『私と会っていないときに会いたくなる度数』ね」「よく堂々と言えるなそんなこと?」
由槻、お前ほんとはバカだろ。
――どちらがよりエリートか、それは“相手を恋に落とせば”わかる。
知性派高校生たちによる計算高い(?)“惚れさせ合い”合戦、開幕!
相手を恋に落とした方が勝ち。
ただし、恋に落ちているかどうかについては、数学、記号論理学的に証明しなければならない
という話ですよね、これ!?
この由槻ちゃんは、感情は豊かな方なのだけれど情緒というものを理数学的にしか認知、認識できないっぽいんですよね。寓意とかも通じなくて、梓くんが使う慣用句やことわざなんかも表意的にしか意味を捉えられずに「????」となってるし、自分から伝える場合にもわかりやすく噛み砕いて、ということが出来なくて、とある方程式における単語の意味を問われたときに単語の定義を伝わりやすい表現に噛み砕いて、ということが出来なくてパニックになりかけてたりするんですよね。
ぶっちゃけ、仮想デート回の話を見たら、由槻も梓くんもお互いのことどう見てもべた惚れなんですよね。お互い好きすぎて、頭沸騰しちゃってるんじゃ、というくらいには出来上がっているのです。
つまり、相手を恋に落とす、という勝利条件は実のところこの恋愛ゲームがはじまった時点でクリアしちゃってるわけですよ。なんだそれ!?
ところがですよ、由槻は自分が恋しているという状態をまるで認識出来ていないのである。見ないふりをしているとか、鈍感とかじゃなく、もやもやした感情の正体がわからなくて戸惑っている、とかでもなく、本当に認識出来てないっぽいんだよなあ。明らかにそこに恋情は存在していて、それに基づく身体反応はしているし情動に基づく心の動悸も起こっている。にも関わらず思考においてそれはまったく認識されていないっぽいのだ。なにしろ、数学的に証明されていないので。

まあ由槻はこういう娘、極端な理系型というのでまあ理解は出来るのだけれど、問題は梓くんの方である。こいつはこいつで、まともなふりをしているけれど、実は由槻とおんなじステージに乗っかってしまっている面倒くさいやつなんじゃなかろうか。彼女と同じ目線に立つために試行の段階を彼女に合わせている、みたいな類のことを言っていたけれど、根本的なところで同類じゃないとここまで波長はあわないと思うぞ。ある程度、一般人側の思考によせることが出来るので色々とごまかしもきいてるみたいだけれど、傍から見てるとどう考えても由槻側の思考回路に論理基準なんですよね。審判役を充てがわれて、なんか二人のイチャイチャを間近で見る羽目になった楓音はそれだけで可哀相なんですけれど、このルールと言うか言葉というか世界観が違う二人の言動に振り回され、あまりに理数学的により過ぎてて理解不能のあれやこれやに付き合わされるこの娘の苦労は、登場人物中屈指なんじゃないだろうか。
ただまあ、改めて二人の出会いの話なんかみると、梓くん完全に彼女用に自分をカスタマイズしてしまってるからなあ。それ以前、自己が固まっていないと言うか自分の存在自体が否定されたような環境の中で自分自身ですら自己否定に近い状態で固まっていたところで、由槻に出会って自分自身のパラダイムシフトが起こったわけだから、一旦刷新して真っ白な状態から彼女に合わせた在り方に自分を整えてしまったようにしか見えないわけで。
いやだから、これをべた惚れと言わずしてなんというのかしら。
ラストシーンの由槻を理屈を以って肯定して彼女の人間らしさを証明する場面は、なんというか由槻のステージにあがった梓くんだからこそ叶えられたものであり、情と理が見事に掛け合わされた美しい方程式でした。それに対する由槻のエピローグにおける「2+1=」もまたこの上なくビシッとキメてくれた返しでありました。
いや、面白かったですよ。ただのラブコメではなく、感情表現のルールが異なっているというか、普通のラブコメと違う方程式で表現されているというか、違うステージ上でやってるようなラブコメが何とも喉元を擽られるような感覚で、妙な心地よさがありました。由槻も、理屈だけで形成されてはいるものの感情豊かで、その発露の方法やルールが違うだけで非常に女の子らしく、実によいメインヒロインしていましたし。梓くんは梓くんで、他者と意思疎通するのに難儀している由槻の最大の理解者であり通訳者であり、根本的には彼女の側の人間で、という由槻を孤立させないことに終止している寄り添う主人公でしたし。サブキャラの楓音と彩霞さんもいいキャラしていて、うん良いラブコメでした。

長田 信織作品感想