【Unnamed Memory III 永遠を誓いし果て】 古宮 九時/chibi  電撃の新文芸

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魔女の一人と、ある王族の運命に纏わる長い御伽噺。
オスカーの呪いも解かれ、契約終了まであと三ヶ月。自分の心に迷うティナーシャの前に、新たな魔女の刺客が現れる。「呼ばれぬ魔女」レオノーラの狙いは、契約者であるオスカーの方で——。国を巻き込んでの魔女と魔女の苛烈な衝突、一つの時代が終わる激動の第三巻。

どうして多数決取ろうと思ったし!
いやうん、どうしてそこまで無自覚というか無頓着なのか。みんなすでにティナーシャがオスカーのこと好きだと分かっている中で当のティナーシャだけが全然自覚なかったんですよね。あれだけイチャイチャしながら、スキンシップ取りながらここまでさっぱり自覚なかったとは誰も思わんよなあ。
ハッキリと自覚はなくても、薄っすらともしかして、くらいは考えてると思うよなあ。それが、本気でその認識がなかったものだから、自分がオスカーの事好きと、側近から指摘されてパニクるティナーシャに、そりゃみんな呆れますわ。まるでわかっていない彼女に、一つ一つ実例をあげながら論破して論理的にもティナーシャがオスカーの事を好きである、と指摘してみせたレナートくん、グッドジョブ。
そこで、みんなに「私ってオスカーのこと好きだと思う人ー!」と多数決取り始めるティナーシャさんがホント好きです、だからどうしてそうなるw

でも、そんな自明なことを認められないくらい、400年以上生き続けるに至った妄執は彼女をいびつに固定し続けていたんですよね。だからこそ、その妄執が晴らされ贖罪が果たされたとき彼女の中で「魔女」を構成していたものはほとんどが霧散してしまった。残されたのは剥き出しのティナーシャ、幼いあの頃の小さな王女さま。それは脆く儚く幼く弱く、結構ポンコツで優しく世話好きで、やっぱり執着しがちな一人の少女。
これまで生きてきた目的を失って、どうして自分はまだ生きてるんだろう、なんて想いを抱いてしまうほどの虚ろになった彼女を圧倒的に埋め尽くしていったのは、この一年に満たない間に育まれたオスカーとの関係だったのです。オスカーがピンチになる前、ティナーシャがついにオスカーに落ちそうになったのって、決して気の迷いでも弱っていたときにつけ込む形になったわけでもないと思うんですよね。あれは、あるべき形に収まろうとしただけ。そのあるべき形はもうこの時点では出来上がっていたのでしょう。そして、ティナーシャの根源の一つであろう「執着」に消えない圧倒的な火勢を与えてしまったのが、オスカーが喪われてしまうという絶対的な危機感。自分の命を賭けても、命を引き換えにしても失ってはならないものを、すでに自分は新しく見つけていた。

普通は、そこでちゃんと気づくのに、この魔女さんはなぜか「多数決」とってるんだよなあw
そして、ルクレツィアにまでも何を今更言ってるのか、と呆れられ、どこをどう振り返っても認めざるを得なくなって、ティナーシャさんの一言。
「……もう殺すしかない」
「何でそうなるのよ! 阿呆か、あんたは!」

この魔女、この巻でも冒頭で最終手段です、と自分で戒めてた物騒な手段を事がはじまって挨拶を交わした段階で秒で「もう最終手段を使うしかないですかね」とか言い出すとか、昔の思い出話でも呪歌の話でそうとうやらかしてたことがバレてしまったり、と結構脊髄反射でやらかそうとするんだよなあ。
ほんと、この突拍子もなくなにかあるとすっ飛んでいく猫を、オスカーは良く捕まえたものです。
この魔女に、幸せ一杯の笑顔を浮かべさせるなんて、尊敬に値します。それでもなんだかんだと、自分が魔女であることを気にして、結婚してファルサスの王妃になることは避けようとするティナーシャに、自分の居場所が今どこにあるのかを受け入れさせたのは、オスカーのちからだけではなかったんですよね。彼女が自分の力を引き継いだ子供を生むことを受け入れさせたのは、オスカーの真摯な説得ももちろん要だったのでしょうけれど、それだけではなかったはずなんですよね。
パメラやラザルや、ドアンなど親しい臣下たちのみならず、城に詰める多くの兵士や女官たち。サイエのような市井の子供たち。街を散策するオスカーとティナーシャを見守っていた街の人たち。
彼らが魔女を受け入れ祝福してくれたからこそ、ファルサスという国はティナーシャの新しい故郷となれたのでしょう。でも、彼らがティナーシャを祝福してくれたのは、この一年という時間の間にティナーシャが魔女ではない人としての素顔をずっと見せ続けていたからなんですよね。
ティナーシャに親の形見を取り戻してもらった女官の、心からこぼれ出た一言。「わたし、あの方がお妃さまでいいかなあ」という言葉が多くを象徴しているように思うのです。魔女への嫌悪、畏怖をいつしか薄らがせ、ティナーシャという人をいつしか慈しみ愛おしみ共にあってもらいたい、と皆が想い願うようになったのは、彼女自身が知らず識らずに勝ち取っていた成果なんじゃないでしょうか。
それは、もうひとりの魔女「呼ばれずの魔女」たるレオノーラとは対称的ですらありました。
誰よりも想像し得る魔女らしく、だからこそ現世への執着を喪いつつあったレオノーラ。ある意味もう、ティナーシャには敵し得ない相手となっていたのかもしれません。新たに登場した重要なプレイヤーの一人である上級魔族のトラヴィスもそういう意味ではティナーシャと同じサイドなんですよね。彼もまた、オーレリアという掛け替えのない存在を一人の男として手に入れてしまってたわけで。レオノーラは、とうとう生き続けていく上で自分にとっての美しいものを見つけられなかったのか。きっとそれは、とても近くにあったかもしれないのに。
ティナーシャには、それを指摘してくれる人が周りにたくさん居てくれた。たくさん居てくれる生き方を、この一年間ファルサスでしていたんですよね。

「ほ、本当に気が変わってしまった……」

結婚式を前に、花嫁衣装をまとった自分の姿を鏡の中に見て、愕然とするティナーシャさん。そりゃあ、あれだけ結婚しようぜと求婚されるたびに、しないよ! 結婚しないよ! するか! と返していたのが、果てにこれですもんね。ほんと、どうしてこうなった、である。その一部始終はこの全三巻に余すことなく描かれているのですが。

「ならちょうどいいから結婚するか」
「してるよ!?」
結婚してからも、こんなやり取りしてるお二人さんの幸せそうなことと言ったら……もう胸いっぱいになりそうでした。

そして魔女の時代が終る。そうして、青き月の魔女は王様と結ばれ、みなに祝福され、幸せになりました。めでたしめでたし。

で、終わったのなら、これは【Unnamed Memory】というタイトルにはならなかったんですよねえ。
そう、物語はまだ続くのです。ずっとずっと、続くのです。そのはじまりはきっともっと昔からはじまっていて、それが決定的になってしまうのが、このラストエピソード。
男は根源の部分で、王ではなく国のためではなく民ですらなく、一人の愛しい女を選ぶ。彼女を守ることを選ぶ。
こうして、運命は書き換えられる。
長いとても長いお伽噺の、開幕である。

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