【竜と祭礼 ―魔法杖職人の見地から―】 筑紫一明/ Enji GA文庫

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「この杖、直してもらいます! 」
半人前の魔法杖職人であるイクスは、師の遺言により、ユーイという少女の杖を修理することになる。
魔法の杖は、持ち主に合わせて作られるため千差万別。とくに伝説の職人であった師匠が手がけたユーイの杖は特別で、見たこともない材料で作られていた。
未知の素材に悪戦苦闘するイクスだったが、ユーイや姉弟子のモルナたちの助けを借り、なんとか破損していた芯材の特定に成功する。それは、竜の心臓。しかし、この世界で、竜は1000年以上前に絶滅していた――。
定められた修理期限は夏の終わりまで。一本の杖をめぐり、失われた竜を求める物語が始まる。
今回のGA文庫の新人賞作品の中では一番好きです、これ。深く深く胸に沈み込んでいくような面白さでした。
伝説の魔法杖職人の最後の弟子であるイクス。半人前とされていますけれど、職人としての登録を済ませていないだけで腕前は未熟とは程遠いものなのですけれど、とかく職人気質の取っつきにくい偏屈者なんですよね。本人曰く、弟子の中では話が通じやすい方だ、とのことなんですが実際姉弟子の凄まじいばかりのコミュ障っぷりや、伝え聞く師匠の変人さを聞くに確かにマトモな方なのでしょう。コミュニケーション能力も人並みにはありますし。でも、物語の主人公というよりもRPGなんかで伝説の武器を作ってくれる事になる名工の親方みたいなキャラを若くしたような、もうひたすら生き様から魂まで職人に染まったような、杖のことしか頭にない男なのです。
そんな彼に壊れてしまった杖の修理を頼むことになるユーイという少女。彼女もまた複雑な背景を持つ娘でした。彼女の手にあるこの杖は、先年戦争で家族が一族ごと皆殺しにされた際に父が彼女に託したもの。その杖が壊れた理由も含めて、彼女にとってこの杖は因縁でもあるのです。
その理由は、杖を修理するための素材を手に入れる旅の中で、ユーイの心情とともに徐々に明らかになっていくのですが。これがまた色々と考えさせられるものだったんですよね。

壊れた杖を治すための芯材となる素材は、すでに千年前に絶滅してこの世界から消えてしまったという竜の心臓。この世に既に存在しないはずの素材を手に入れるために、イクスとユーイは手がかりを求めて探索をはじめるのです。
それは当て所もない旅の始まり、などではなくちょうど民俗学のフィールドワークを思わせる行動を彼らはとりはじめるのです。面白いことに、伝承や各地の伝説を訪ね歩く、みたいな悠長な真似は何しろ時間制限があるので出来ないので、ここで彼らは一次資料、それも冒険者ギルドの百年単位で塩漬けになっている(依頼が達成されないまま放置されている)依頼書や、図書館の書庫の奥に放置された古い日記という、日常生活に根ざした古い資料からかつて竜が存在したと思われる場所、大昔に竜にまつわる素材が扱われたと思しき地域を探していくんですね。このアプローチは面白かった。
そうして浮き彫りになってきたのが、積み重なっていく時間の中で不自然に消されていると思しき情報、とある村の今や誰もそんなものがあったとは知らない、覚えていない、百年以上前に途絶えた祭礼の話。
その村を訪れて、誰に訪ねて見てもそんな祭りの事は知らないのです。でも、注意深く村の様子を見ていると、不自然に思える箇所が幾つも見えてくる。これは村人たちが隠している、というわけではなく、彼らは本当に知らなくて受け継がる情報としては完全に断絶している、にも関わらず彼らはその意味を知らないまま、かつてあったものの痕跡を無意識に保持していたんですね。それも年代を重ね、世代を重ねるたびに無意識の中からもこぼれ落ちていき、今や本当の意味で消え失せようとしている。そのギリギリのところで、イクスとユーイは微かな手がかりを頼りにたどり着くのです。
新しく強力な宗教の波及によって、古くから伝わる伝統的な祭りが存在を抹消され、その痕跡すらも時間の流れにより記憶からも消えていく。古き文化風俗の風化と喪失を、歴史の澱の中から掘り起こしていく、これはそんな探索行の物語でもありました。
そして、それは戦争によって消えてしまった少数部族の僅かな生き残りであるユーイにとって、まさに彼女の話でもあったんですね。
埋もれた記録を掘り返し、遠く薄れてしまった人の記憶を訪ね歩く。そうして少しずつ少しずつ分厚く積み重なった時間の堆積を取り除き、そこから見えてきたのは壮大な人の歩んできた歴史のうねりそのもの。
その壮大さを目の当たりにしたとき、今をこうして生きている自分たちもまた、巨大な流れ行く歴史という大河を構成している一部なのだ、と実感する。今、自分たちはまさに歴史の中に居るのだと。
それは、過ぎ去ってしまえば誰からも顧みられることのない小さなものかもしれない。忘れられ、そこにあったはずの意味は喪われていくのかもしれない。
今、現在だけを見ても、人同士はわかりあえない。お互い向き合い話し合いながら、ユーイは圧倒的孤独の中にいる。親しい友人たちとの断絶を目の当たりにし、彼女は激しい失望に見舞われ、立つ力すらも失ってしまう。
でも、この旅で彼女は知ることになる。杖を治すことによって彼女が何をしようとしていたのか、それを踏まえた上で、彼女は自分の立ち位置を知ることになる。
彼女がイクスとともに訪ね、探し、調べてたどり着いた先に現れた、壮大な……壮大過ぎる歴史の生き証人が、彼女に示してくれたのだ。
それは、師匠の遺した言葉に縛られ、いや自らしがみついているのではないかと迷うイクスにとっても、未だ答えが出ないままなれども、自分の道行きを照らす出会いであった。
二人はこの壮大な歴史の流れの一部分に、自分もまた飲み込まれ、しかし確かな痕跡を残しているのだと理解したとき、彼女は自分が真の意味で決して孤独ではなかったと知る。
今はまだ分かりあえないという事実は、きっと絶望ではないのだと知ることになる。たとえ、そこから意味が喪われ、真実の姿が残らなくても、歴史の向こう側に消え去っていったとしても、それは形を変え連綿と続いていく。
続いていく限りは、孤独ではない。
それは、想いは、繋がりは、確かにあった。
それは、未来において形を変え、祝福に成り得る。

……残るものは、あるのだ。


あの探索行のゴール、終着点でイクスがたどり着いた答えの果てに、現れたものには正直息を呑みました。あの雄大な、壮大な、歴史そのものと言わんばかりのスペクタクル。そして、時を超えたかのような対話。
この胸の震えは、感動と呼ぶのがふさわしいのかもしれません。

振り返ってみても、イクスやユーイが得た自分なりの答えというのは、わかりやすく一言で言えるようなものではない、彼ら自身その具体的な姿をつかめていない難しいものなのかもしれません。思わず、深々と考え込んでしまいます。思索し、耽ってしまいます。寂寥の中に、でも期待がある。思い描く未来に、希望があるというのはこんなにも胸に沁みるのだなあ。ユーイの、トマへの最後の答えはそんな遠い未来への希望が込められているようで、憂いの取り払われた良い笑顔でした。
……でもあれ、何も知らないトマからすると、ユーイの台詞は完全に拒絶されたとしか受け取れられないかもしれないのが、トマくんちょっと可哀想かもw
まあどうしたってわかりあえない二人である以上、そのあたりの理解の断絶も加味した上でのユーイの物言いだったのかもしれませんけど。

この巻で見事に物語として完成しているようにも見えるのだけれど、次巻も可能性はあるのか。それはそれで、一体何を書くのか、何を書きたいのか、何を描き出してくれるのか楽しみで仕方ない。実に読み応えある一品でした。