【処刑少女の生きる道(バージンロード) 3.鉄砂の檻】 佐藤 真登/ニリツ GA文庫

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「お願いメノウ……私を処刑して」
すべてを清浄な塩に変える力を秘めるという「塩の剣」。アカリ殺害のため、西の果てに封印されているその剣を目指しはじめたメノウたちは、バラル砂漠で鋼鉄の腕の修道女・サハラと出会う。メノウと面識があるという彼女は、なぜか自らの殺害を依頼してくるのだが――。
一方、東部未開拓領域では、四大人災「絡繰り世」が蠢きはじめていた。あの【白】ですら殺しきれなかったという純粋概念【器】がメノウたちに迫る。
回帰により軋む世界。アカリをめぐりすれ違いはじめるメノウとモモ。そして、動きだす導師「陽炎」――。熱砂のなか因縁が絡み合う、灼熱の第3巻!

醜く惨めで無様な自分の心の有り様が憎かった。そんな自分が嫌いだった。特別になりたいという欲求は、強くなりたいという願望は、だからそんな自分を克服したいという祈りだったはず。
強くなれば、他人にも優しくなれるという思いこそが、彼女の根源だったのだろう。他人に優しくしたい、そんな想いを抱えながらどうして彼女は踏み外してしまったのか。
いや、ギリギリずっと彼女はその境界を踏み越えなかった、と言っていいのかもしれない。ただ憧れを目指すには彼女はほんの少しひしゃげすぎていて、彼女の求めるメノウはあまりに触れざる純白だったのだ。
「白」はどうやったって、触れようとすれば汚れてしまう。あっさりと塗りつぶされてしまう。メノウの白は正しさだ。理不尽なくらいの正しさだ。その白を前にすれば、尚更に自分の汚れを自覚してしまう。悪しきを自覚し、愚かさを自覚し、虚しさを突きつけられる。そうして、目の前の白に魅入られる。
メノウを意識せずに済んだ修道院時代の穏やかなサハラの姿こそ、彼女の本当の姿だったのではなかろうか。
サハラの顛末はある意味、モモの狂信ともアカリの執着ともつながっている。特別ではないと嘯くメノウは、どんな形であれどうしようもなく彼女を前にした者の根源を浮き彫りにしていく。それぞれの中にある色を浮き立たせていく。そうして浮き出た色は、否応なく当人を狂わせる。新雪を踏みにじるように、白紙にペンキをぶちまけたくなるように。塗りつぶしたくなるのだ。それはもう、魅入られていると言って過言ではない。
それはもう「魔」と呼ばれるモノではないのだろうか。

そして現に、メノウという少女はあまりにも染まりやすい。処刑人として陽炎に育成されたお陰でエージェントらしく常に警戒を欠かさず疑り深さは慎重の域を通り越している。それでも、モモをその危険性を承知しながら直視せずに信頼しすぎていたり、容易にアカリに絆されて幾つもの時間軸でアカリに命も魂も注ぎ込んでしまったように、メノウはあまりに他人の色に染まりやすい。
そもそも、処刑人という姿もまたまっさらな白いキャンバスの上に導師「陽炎」が思うがままに処刑人という在り方を塗りたくった結果だ。彼女はその描かれた絵の具をまとって『陽炎の後継(フレアート)』に成りきっているけれど、その色はきっと容易に削り落とせるものに過ぎないのだろう。
彼女の本質は「白」なのだ。
でも、陽炎はそれを知った上で彼女を処刑人にしたようだ。その生き方を以て、彼女の中に何かが芽生えることを期待するように。いや、期待なのかそれとも必然に至るための過程なのか。
師匠の目的がいまいちわからない。なぜ、メノウを育てたのか。最初から殺すつもりだったなら、メノウが辿る道を知っていたのなら、どうして彼女を後継にしたのか。その上で、どうして断ち切るつもりなのか。
いずれにしても、「器」によって絶対的な死を突きつけられた時、メノウの中に確かに彼女自身の意志による欲求、生存への執着が芽生えていた。それは、真っ白な中に彼女の中から滲み出たメノウ自身の色なのか。悪となり正しきを成して悪のまま死ぬのだと、彼女がはじめて抱いた意志と矛盾するもう一つの意志の芽生えは、彼女に何をもたらすのか。
2巻でアカリがすでに行き詰まっていて、どん詰まりの時間軸を突破するのは主人公であるメノウの役割なのだと認識した所だったのだけれど……今回の話を見ているとメノウは物語そのものを動かす主人公である以前に、世界の核心に据えられた重要な鍵そのものである可能性が非常に高まっている。メノウはそもそも何者なのか、彼女が抱えている「白」は禁忌の実験によって単なる後から塗りたくられた残滓ではなかったのか。
メノウの物語とはもしかして、四大人災たちが世界に対する反逆を起こした過去と、本当に地続きで続いているのではないか。
ターンとしては準備回。まだ何もわからない、わかっていない、明らかになっていないと知らしめるためのお話だったと言えるだろう。メノウもまた、世界の謎どころか信頼していた後輩や暗殺対象からも放り出されて、放置である。置きっぱなしの放りっぱなし。途方に暮れるメノウの明日は如何許。
しかし、サラハの顛末はかなり予想外。マノンもむしろ今回からこそ嬉々として好き放題やりたい放題望むがまま思うがままに動き出しているけれど、サハラの物語ももしかしたらこれから、なのだろうか。マノンと違って自由に好き勝手に、とは行かないだろうままならない有様ではあるけれど。いや、サハラの場合ヘタに動けない今のほうが、白色に惑わされずに済むのではないだろうか。

それにしても、モモとサハラの修道院時代のエピソードがエグすぎてちょっとドン引きである。モモってば狂犬どころじゃねーですやんw