職人ブログ

塔婆製造・販売の(有)遠藤産業のブログです。塔婆職人という仕事を通じて 日々感じた事や気付いた事を書き綴っています。

自問自答

本日は塔婆材の搬入があった。
お彼岸を来月に控え、搬入量も多い。


山積みの材料を見て、一瞬だけ不安になる。
これ、売れなかったらどうしよう。


生鮮食品とは違い、腐る物ではない。
そこは気が楽だが、売れようが売れまいが支払いは存在する。
毎度の事ながら、彼岸と盆の際はそんな不安がつきまとう。


そうこうしているうちに、お客さんから連続して塔婆の御注文が入る。
あれ?材料これで足りるかな?
さっきとはまた違う不安がわいてくる。


ん!?
この文章書いてて気付いたが、結局どっちにしろ不安を感じてるって事か!


疲れるからやめた方がいいよ。そういうの。
その時はその時。
どっちにしろ適切な対処をするだろうから、先の事は先の自分に任せる。
以上、自問自答のブログであった。





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仕事終えて作業場のドアを閉めようとすると、バサバサバサと音を立てて作業場内を何かが飛んだ。


天井の梁に目をやると、メジロらしき鳥が止まっていた。
誤って入り口から侵入したと思われる。
そのメジロらしき鳥は出口を探し、作業場内を縦横無尽に飛び回る。
その度に、天井や梁に溜まった細かい木屑がパラパラと下に落ちてくる。
ついでにフンまで落ちてきた。
掃除を終えたばかりなのに、やめて頂きたい。


しばらく様子を見ていたが、メジロらしき・・・もう面倒くさいのでメジロにしよう。
そのメジロは一向に出ていかない。
とは言え、手荒な事はしたくない。
私は窓を少しだけ開けて、作業場のドアを閉めた。


今回迷い込んできたメジロが幸福の青い鳥か、はたまた閑古鳥か、そんなことはどうだっていいが、とにかく明日までに出ていってくれ。



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今に在る

昨日は4尺塔婆を加工。


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左側が弊社標準の4尺塔婆。
右側が今回加工した4尺塔婆。
お客さまの御要望で、一番下の五輪の刻みを、標準のものに対して30mm下に加工。


例えば、南無妙法蓮華経という文字を書く場合、通常、五輪の刻み内に文字が収まるように書く。
しかし御住職によって文字の大きさは様々。
大きめに書かれる方もいれば、小さめに書かれる方もいる。
五輪の刻みの間隔を調整することで、御住職のお好みのバランスで文字を書く事が出来る。


さて、ここからは仕事とは関係ない話題。
今朝は仕事の前にお墓参りをしてきた。


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お墓の横のスペースを枯山水風に仕上げてみた。


一通り掃除を終えて、墓前で手をあわせる。
手をあわせていると、漂う線香の香り、風に揺れる木々の音、遠くでさえずっている鳥の鳴き声、靴の下の砂地の感触、肌に触れる冷たい空気などを感じる事が出来る。


五感は常に今を感じている。
過去でも未来でもなく、絶対的な今。
今に在るとは、こういう事なのかも知れない。


墓参りを終えて帰宅。
台所でコーヒーを飲みながら
『いやー、朝のお墓参りも清々しくていいね!』
なんて家族に話しながら、たまたま母親の読んでいた朝刊に目を移す。



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朝刊の広告にでかでかと『いいね!』の文字。


よろしい。実にクールだ。





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バレンタインデー

昨日はバレンタインデーだった。
私は妻と義母からチョコをもらったが、このイベント自体あまり興味はない。


チョコレートがさほど好きではない私は、お高いチョコを貰っても困ってしまう。
よって、関係各位にはチョコを戴けるなら、キットカット、チョコ棒、チロルチョコのどれかにしてもらえると助かりますと、昨年から通達しておいた。


バレンタインデーを否定している訳ではない。
ただ、一体どれだけの人が主体的にそのイベントを楽しんでいるのか疑問に思う。


例えば女子学生が気になる男の子の為に、胸踊らせながら手作りチョコを作っている光景があったとする。
この場合、女子学生は主体的であり、とても素敵な光景だと思う。
想像しただけで、私もキュンキュンする。


彼氏や旦那さんに愛情の気持ちをこめてチョコを送る。
これまた素晴らしい。
イベントを自ら楽しんでいると言える。


中には恋愛感情や愛情ではなく、お世話になっている人への感謝の気持ちとしてチョコを渡している人もいるかも知れない。
自分の意思でそうしているならまだしも、『職場でみんなが渡しているから』とか『私だけ渡さないのもちょっとね。』などと、他人の目を気にして義理チョコを渡しているとすれば、それは主体的とは言えず、ただの苦行だ。


渡したければ渡せばいいし、渡したくなければ渡さなくていい。
仮にチョコを渡さなかったからといって、『あの人空気が読めない人ね。』なんて言ってる人がいたとしたら、言ってる本人がどうかしている。


世の中には色々な商戦イベントがある。
どうせイベントに乗っかるなら、主体的に楽しく乗っかりたい。
逆にこっちが利用してやるぐらいの感覚でね。

間違っても利用されてはいけない。



 

見た目に囚われてはいけない

今回はまず最初に仕事の内容を書く。


昨日、今日と彼岸用の塔婆の印刷作業をおこなった。
冬場の印刷作業は、夏場と比較して気温の関係でインクの乾燥に時間が掛かる。
乾燥の効率を上げるために扇風機で風を送りながらの作業。
当然の事ながら、この時期は寒さ倍増である。


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さて、ここから仕事に全く関係のない話題になる。
人は見掛けによらないという言葉がある。
先日、あるサービス業の方と話す機会があった。
その会話の中で、店を訪れたチェーンのネックレスをした強面のお客さんが、実はとても話しやすくて優しい人だったという話題が出た。


その翌日、YouTubeでチキンアタックという動画を観た。
ご存知の方もいると思う。
この動画を観て、人は見掛けによらないという事を再確認した。


観て頂ければ分かると思うが、動画に白髪のおじさんが登場する。
鶏攻撃の術を駆使して、悪党と茶番を繰り広げる訳だ。

それだけなら、ただのおふざけ動画なんだけど、そのBGMがなかなか哀愁の漂う良い曲でね、その曲を歌っているのが、動画に登場する白髪のおじさん本人だった。


見た目と声のギャップで私はやられた。
ここ数日、その曲が脳内でヘビーローテーションされている。
人は見掛けによらない。見た目に囚われてはいけない。
見掛け通りの人も勿論いるけどね。








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