yamato_samurai_

職人ブログ samurai-soul

塔婆製造・販売の(有)遠藤産業のブログです。塔婆職人という仕事を通じて 日々感じた事や気付いた事を書き綴っています。

6 12月

ありのまま、あるがまま

先日、お世話になっているお寺さんの行事の際、水行に参加させて頂いた。


褌一丁で水を被るのだが、褌からはみ出しそうな毛を事前に剃った。
皆さんに不快な想いをさせない為に、風呂場で剃った。


今朝辺りから、股がチクチクしてきた。
痒くてたまらない。


私は自問自答した。
皆さんに不快な想いをさせない為ではなく、褌から毛がはみ出していたら恥ずかしいから剃ったのではないかね?


心の声は『その通りです。』と答えた。
そもそも、褌から毛がはみ出したとしても、誰がそれを見ているというのだろうか?
誰も私の股間など見ていない。
水行という儀式そのものを皆さんは見ているのだ。
例え、毛がはみ出している事の何が悪いのか?


ありのまま、あるがまま。
褌から毛がはみ出していた。
ただそれだけの事だ。


人は常に他人の目を意識して生きている。
それが過剰になると、他人の視線を生きる。
言うなれば、他人の人生を生かされる事にもなる。



エチケットとは言え、夜な夜な風呂場で股の毛を剃っていた自分が気の毒になってきた。



ありのまま、あるがまま。
自分の人世を生きようじゃないか。
股のチクチクを感じながら、そんな事を思った。



21 11月

ある休日の風景

昨日、上野恩賜公園にて撮影したイチョウ並木の風景。



DSC_0719




帰宅してから、何となくこの写真を眺めて、こんな事を感じた。
これと全く同じ光景をもう一度撮ろうとしても、それは不可能。


イチョウの葉の一部は落ちているだろうし、写真に写りこんだ全ての人達と連絡を取る術もない。
たまたまその場に存在したイチョウ並木を行き交う人々、イチョウの葉1枚1枚の様子、
様々な要素が絶妙なタイミングで、この瞬間に集約し、イチョウ並木の風景を構成している。
言い換えると、奇跡の瞬間と言える。


そう考えると、我々が普段何気なく目にしている光景も、奇跡の瞬間の連続だと言える。
普通の日常なんて存在しないのかも知れない。
そもそも普通って何だ?
意識して見れば、目の前に広がる光景は奇跡であり、とても新鮮に感じた。
今までどれだけ無意識に生きてきたのだろうか。


そんな事を感じた秋の休日だった。







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14 10月

頭上1mぐらいの所にいるアイツ

久しぶりのブログ更新です。
仕事をしている時に、ごく稀にですが『これぐらいいいか。』と手を抜こうとする自分がいます。
手を抜くと言っても、いい加減という意味ではなく、製品の品質的には全く問題ないのですが、作り手のこだわりからするともう少し手を加えた方がベター、そんな感じの状態です。


その場合、頭上1mぐらいの所にいるアイツが注意を促してきます。
『おい、本当にそれでいいのか?この野郎。』
頭上1mぐらいの所にいるアイツとは、心の根っこにいる自分の事で、こいつが言ってる事は大抵間違っていない。
心の根っこにいる自分は、誰しもが持っているものであり、慈愛に満ちて、メチャメチャいい奴。
こいつは頭上1mぐらいの所から常に監視している。


ただ、私も人の子、か弱い子。
納期に追われてテンパってる時は、頭上1mぐらいの所にいるアイツの言葉を無視して、手を抜いてしまう事があります。
そうするとどうなるか?
自分に自信が持てなくなってきます。
嘘つきは信用されないのと同じで、どんなに自分で都合のいい解釈をして取り繕っても、心の根っこにいる自分に嘘をついている訳ですから、無意識に自分で自分が信用できなくなってしまいます。


先日読んだ本の中に、『愛を基準にしていれば選択に迷う事はない』という一説が出てきました。
『愛』は自分と他の対象を含むが、『エゴ』は自分しか含まない。
言葉は違えど、『愛』と『頭上1mぐらいの所にいるアイツ』って似てるのかもね。


仕事も日々の生活も、頭上1mぐらいの所にいるアイツの声を極力(完全と言い切らない所は、まだ修業が足りないから許して下さい)聴いていこうと、そんな事を思った10月の夕刻でした。







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22 9月

あるお寺さんの悩み

あるお寺さんの悩み。
そのお寺さんでは、お盆や彼岸の法要の後、お寺さん自身が塔婆を檀家さんのお墓に供えているそうです。
お墓は寺院から離れた場所にあり、檀家数も1000件近くあるため、塔婆をお供えするだけでも、かなりの時間と労力が掛かってしまうとの事でした。


弊社とお取引のある別のお寺さんでは、法要後に本堂に塔婆がズラリと並び、檀家さんがその並んだ塔婆の中から、ご自分の施主名が書かれた塔婆を探して、それをお墓に供える形式をとっています。
お寺によって形式は異なると思いますが、僕個人の考えとしては、遠隔地に住んでいる等の特別な事情がない限り、塔婆は檀家さん自らお墓に供える方がよろしいかと思います。
お寺さんの労力も軽減されますし、何より檀家さんがお墓参りする良い機会にもなりますからね。






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1 9月

特注剣先塔婆の加工

気が付けば9月です。
朝晩に吹く風はすっかり秋の風・・・。
認めたくないけど、もう夏は終わってしまったんですね。
さよなら夏の日。


さて、本日は特注剣先塔婆(470×41×9mm)の加工を行いました。
短納期で、長さが中途半端なので材料取りで色々悩みました。
適したサイズの材料がない場合、尚且つ短納期の場合、長いサイズの材料を切って加工する事になります。
その際に端材が出過ぎても困りますし、材料代が高くなり過ぎてもお客さんの負担になってしまう。
どのサイズの材料を使うか、ここが悩みどころでした。



DSC_0661



こちらが本日加工した剣先塔婆です。
加工の際、一番神経を使ったのが尾加工(塔婆最下部)でした。



DSC_0662



お客様の指示で、『尾加工1mm残し』で加工してあります。
単純ですが精度が求められる加工ですね。
無事に加工も終了し、納期にも何とか間に合いました。









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