先日、お世話になった方の通夜に参列させて頂いた。
私の友人が以前勤務していた会社の直属の上司だった方であり、私も仕事の関係で大変お世話になった。
プライベートでも、パチンコに御一緒させて頂き、ギャンブルのいろはを教えて下さった方でもある。
ここ数年はなかなかお会いする機会もなく、先の友人からその方の訃報を聞いた。


通夜の帰りに、友人は昔を振り返っていた。


当時、友人が仕事でミスした際、その元上司の方にこっぴどく叱られたそうだ。
友人は若気の至りもあり、その方に反発した。
でも今思えば、自分の事を思って注意してくれた訳であり、そこには愛情があった。
今は感謝の気持ちしかない。

そう友人は涙ながらに話していた。


現実は本人の認識・記憶で形成されている。
当時の友人は、それより過去の『自分が怒られた記憶』を引っ張りだし、上司の注意を『怒られた』と認識した。
本当は『怒っている上司』なんてものはどこにも存在せず、『怒られていると思っている自分』が存在しただけである。 


月日が過ぎ、友人にも仕事上で部下が出来た。
今の自分、当時の元上司、どこか重なる部分があるのだろう。それ故に、彼の認識が変わり、過去の記憶を振り返った際に『今は感謝しかない』という言葉が出たのかもしれない。


通夜の席で聞いた話。
その方は病気を患っていたそうだが、亡くなる前日まで辛い体に鞭を打って、仕事に励んでいたそうだ。
『娑婆世界(しゃばせかい)でのお勤め、本当に御苦労様でした。』
導師を務めた御住職の言葉が印象的だった。