超弩級戦艦虎900号艦浮上セリ!・・・・ 『水戸商業校舎』を模型で再建する・・ヒトフタ○ハチ

「戦艦大和を作る」の製作日記 自 20051209   20111130 水戸商業校舎

隠れ趣味の分野・・・・旧帝国陸軍軍刀の拵えを修理

『戦艦大和を作る』を立ち上げる5年程前に・・・一度行った修理を再度手掛けていました。
昨年のクリスマスの日から・・。
g手元に二本の陸軍軍刀拵えが有ります。
勿論・・本身は入って居りませんので『美術骨董品』として所有しておりますが・・
画像上部のモノは『九八式』で・・下は『九四式』と呼ばれる分類のモノです。
専門的な事柄は・・後々述べるとして・・・今回は、下部の『九四式』を重点に修理内容をご紹介いたしますが・・一部は一五年前の修理部分の紹介を含めまして・・記録といたします。
g二本の陸軍刀拵え・・その違いは・・左が九四式で代表的な『透かし鍔』造り・・右は九八式・・・云わば大戦末期頃の製造で・・続に言う支給品的な要素の有る軍刀です。
ちなみに・・九四式の形状は・・軍刀として制定された初めての形式に成りますので・・貴重な造形と技術が残っている物なのです。

で・・
g刀剣の握り部分・・柄の端にある『柄頭』のこの桜葉のデザインにも優れた技術が使われて居ます。
左側が九四式ですが・・この桜葉・・別個の彫金モノで・・柄頭にロウ付けされておりまして・・葉脈はスジ彫・・桜花のオシベ部分は凸彫りとの造形が成されて居ます。
九八式はというと・・柄頭との一体プレス成型で・・桜葉事態の形状も非常に粗悪な造りです。
勿論、葉脈も花内も・・プレスで凹型の造形です。
gこの目貫部分も・・右が九四式ですが・・真鍮を使った鋳物造りで・・花弁の型は同じくオシベ部分は凸型であり・・
隣の九八式では・・加工の簡単な銅素材にプレス型と成り・・同じ様に凹型生計と成って居ます。
これらを踏まえたうえで・・
年末から行ったのは・・柄部分の平糸の結び換え作業です。
本身は入って居ないとは云え・・素振り等には使用しておりますので・・柄糸が汚れて降りまして・・・今回捲き直す事にしました。
一五年前にはブログ等という物は無く・・フィルム画像での保存記録程度でしたが時代が変わり・・今回の柄巻の公表を行うことにいたしました。

g今回捲き直す前の柄・・ですが・・柄糸は金糸を使用して居りましたが・・今回は、ヨリオリジナルに近いカーキ色に捲きかえます。
gその為に・・・平糸の色合いの薄い素材のモノを取り寄せ、染色する事からの作業を行いました。
今回は500ミリ程度のお湯に染料を30分程度炊き上げる方法ですが・・沸騰させてはいけませんので常備60〜70度の湯温で・・食塩を使いながら定着しました。BlogPaint冷水で蕎麦の様に締め直し・・日蔭乾燥させたものが・・下の紐です。
軍刀は3.2m程度の長さを使います。
通常・・柄の長さは8寸〜8寸5分程度ですのでその長さでも最後には切り落としとなります。
g最初に行うのは・・分解
兜がね(柄頭)猿手・猿手目貫金具を取り外します。
軍刀は・・太刀様式ですので・・・この面が通称の『表』となり・・右利きの正統には腰に下げた上程で左側から見える部分と成ります。
gいよいよ・・結びを解いて・・解いて行きますが・・同時に・・菱紙と呼ばれる・・三角の和紙を紛失しないようにまとめます。
平糸の編み込みは・・諸捻捲・・という・・軍刀の正統巻です。
柄糸捲きの専門職の方のブログを拝見しましたが・・残念ながら・・この軍刀独特の糸締めを再現しているブログはお目にかかっておりませんので・・結び目を一コマづつ画像で残して再現する事にしました。

BlogPaintれが・・丸裸の柄です。
朴の木・・・日本刀全般に使用される木材ですが・・・実際・・この柄自体・・昭和9年物ですので〜気が引き締まります。
痛んでいる割れをソクイで修理し・・必要な部分には・・朴の経木を接着しながら修理を行います。
この後・・鮫皮の巻き付けです。
t鮫皮も親粒と呼ばれる部分を使用した上級品ですので・・目貫部分でのズレが出ないように合わせを行い・・外した柄糸で捲きつけます。
鮫皮は・・・エイの種類ですが・・乾燥させて使用します・・しかし・・取り外し等に十分に水分を浸透せると・・伸び縮みが出ますので狂いやすくこのような状態での捲き付けを行います。
経同時に・・柄の上下に貼り合わせる経木を朴の木から0.5ミリ程度の厚みに先日合わせを行った鉋を使い・・一枚刃でそぎ落とします。
kyou鮫皮を捲き終えた柄表の部分と・・合わせる経木です。経木の幅は5分・・先端で4部程度の幅に仕上て・・
同じ様に・・平糸で捲き締め・・
k完成です。
鮫皮は本来・・キナリか・・白色ですが・・再使用ですので・・薬練の浸透で変色して居ますが・・換えずに使用して居ます。
gさて・・ここからが〜柄糸捲きの作業です。
太刀造り様式は・・刃が下に成る状態が正装ですので・・合わせて・・この面が柄の表面に成るように・・親粒を合わせてあります。
で・・打ち刀と呼ぶ通常の日本刀の造りは・・こちら側は裏面に成りますので・・刃が上を向いた状態に仕上げますが・・・何故か??この目貫の位置は・・変わることなく同じ面に有るのが不思議です。
おそらく・・打ち刀「通常の日本刀」の場合は両手で握る時に・・右手の平部分に目貫が来ますが・・太刀の場合は・・片手引きが多いので・・握りを強くする事と柄離れが起きないよう・・手のひらの中に目貫のコブが収まり振りやすい・・実用性を重視した平安時代からの決まり事です。
gで・・最後の捲き締めは・・柄表にこのような乾物文様が来るように仕上ます。
多くの柄捲きは・・太刀様式そのままの巻留めを行っているので・・兜金に拠り巻をして絞めているのが多いのですが・・・軍刀の巻留めは・・この様式が正当な止めと成ります。
で・・・15年前の作業というのは・・・この兜金他の金鍍金部分をすべて造り直しをしております。
以前にご協力した http://ohmura-study.net/621.html での掲載にご紹介されておりますが・・
水銀を使った・・アマルガム鍍金で・・・仕上てあるのがこの兜金・透かし鍔等のそう直部分です。
k15年経っても・・金の衰えは有りません・・かなり厚く鍍金したのも有りますが〜・・
gこれが・・泊を貼っている時点の画像で・・
gとばし・・を行う直前のアマルガム状態の記念写真です
この後に・・銅鋳物ですので・・煮付けと呼ばれる・・陸軍軍刀本来の赤出シをこれまた・・特別な方法で〜色だしをし・・・
gこの状態にしたのが・・15年前でした。
さて・・ここに有る・・猿手ですが・・これも貴重なものですので・・アマルガム鍍金を施してあります。
p柄巻が終了し・・これらのパーツと共に・・元の鞘に収めて・・作業は終了と成ります(笑)
BlogPaintBlogPaint
完成した状態が・・・右画像です。
勿論・・・本身は〜入って居りません・・美術品です。
九四式の特徴は・・本来の太刀と同じ・・弐冠吊りだという特色が有ります。
手に取らないと・・判らない部分の造形が多い美術品です。

しかし・・残念なのは・・軍刀を美術品として見做さないのが非常に残念な事なのですが・・昭和に残る・・・日本の最後の技術なのですがね〜・・。
gこちらの画像は・・もう一本の『九八式』の柄です。
こちらも修復して・・現在は笠間市筑波航空隊記念館に展示中ですが・・・
この拵えは・・・正当な『水戸第二連隊の生存者』より譲り請けた品物ですので・・大切に修理しました。
これは・・・タケミツが〜入っていますヨ。
猿手の部分は・・・銅線に変わっているのは大戦末期の仕様によるものです。
色合いも・・銅の鋳物への煮色付けは行われない・・素銅そのものの色合いです。

以上・・・軍刀の二振りを補修してみました。


























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冬の間に・・道具を修復しよう

新年に成ってから・・・刃物道具類のメンテを行っている。
先に行ったのは〜刃物そのものだが・・ここでは・・最近の道具のメンテを先に載せる事に。

道具まず・・・カンナ自体のメンテを行うに当たり・・基礎道具の『台直しカンナ』を調整することした。
と言うのは・・使用した時に・・板当りを起こしていたので・・台の狂いを直そうと思い立ったわけで・・・今後に行う木工には欠かせない道具であり基本道具なので・・思い切って修理することにした。
直し2ガラス板にペーパーを敷き・・・台ならし作業・・・240番程度の荒目で兎に角・・平面造りを施す。
直し1縦・横・斜めと・・交互にペーパーを懸ける。

直し8平面に成った処で

直し3この線と線の間の〇スペースを全体に・・凡そ0.3ミリほど掘り下げる。
この場合は・・平ノミや鉋の刃を直刃に立てて均等に削ぐように仕上げる

直し7直し6
フラットの確認と隙間の確認をしながら・・下げて・・終了。
それ以外の部分は・・直のままにする
直し4直し用のカンナは・・一枚刃仕上げで90〜92度の直刃仕立てに成りますが・・

直し5この様に斜めに刃を出すようになります。
これで・・台直しカンナの仕立ては終了です。
刃は・・0.1ミリ程度・・の出しように仕上ます。

続いて・・・カンナ台の調整

鉋1今回は・・右側の鉋は仕上鉋・・・左側のモノは普通の中引き用に仕上ます。
何処が違うのかというと〜・・。
鉋3右の仕上鉋は・・赤矢印の部分を0.3ミリ程度に落し・・青丸部分は・・フラットのままに残します。
仕上用は上端(頭)全面を下げますが・・普通引きは・・前端はフラットに残した状態で仕上げます。

鉋2仕上鉋の台ですが・・後端部分は両鉋共に約1セントほどをフラットに残すのが・・・決まり事です。
画像では・・半分しか映ってませんが・・下の部分です。

鉋0全体の面取りで・・台面を同じ様にフラットに仕上げます。
使う様式はガラス面上で行ないます。
真に平面なモノであれば・・別にして居は有りません。
鉋5下げる部分を『台直しカンナ』の直刃を充ててそぎ落とします。
カンナ台の中で最も重要な中腹の部分・・面積が有るので縦・横・斜めと順に削ぎ下げてゆきます。
鉋6判りづらいですが・・中腹の部分・・光って居る様に見える部分が削ぎ下げた部部分です。
仕上には直定規で落とし部分の状態を確認して・・仕上ます。

直し8重要なのは・・刃の出る部分より頭側(前部)・・・定規の乗っている部分は(刃の裏側部から)手前の残した部分よりも0.3ミリ程度は面が下がっていないと・・・板辺りを起こしたり・・カンナを痛めますので要注意。
カンナ台のメンテが面倒な方は・・この部分だけでも・・削いでおくのが使いやすいカンナに成るという事です。
以上が先日行いました・・カンナの修復作業でした。
紹介は二本ですが・・・所有のカンナすべてを用途に合わせて現在直しております。
ミニ鉋も合わせると・・・20本くらいかな(笑)


以上・・次回は〜この前に行った・・刃物磨ぎをご紹介します。

プラモデルの制作を中断しておりますので〜場繫ぎですが・・・お付き合いください。











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抜刀の打刀を直していました。

昨秋の姫路オフ会もママ成らぬのに〜・・・・実は・・
こんな事をしていました。
めくぎ10月に・・目釘が緩んでしまい・・造り直したのが事の始まりで〜・・この紺糸の柄糸を・・思い切って結び直そうと〜・・。

11月初旬
柄定寸では・・八寸五分程度の柄・・・捲き直しを決意してしまった。

tuka糸を外して・・鮫皮を剥がしてみたら・・
tuka何度も柄直しが加えられ・・割れも出ている・・推定・・江戸時代の柄。
で・・思い切って・・造り直し〜・・。
N刀剣の外装は・・『朴ノ木』が材料で・・早速手持ちの朴を出して来て・・加工に入る。
定寸よりも五分程長くして・・・9寸の柄に仕上る。
平鑿で・・中心(ナカゴ)の掘り込を開始・・・続に言う・・一刀彫(笑)
n柄の表側と裏側の掘り込は異なった形状に成る今回・・虫防止に・・墨汁をナカゴ部分に塗ってみた。
n縁金具の形状を決めて・・・・柄本体の整形削りに入る・・中心の形状も・・この様に収めた・・柄木の木痩せを見込んで・・カナリキツメにする。

s30年ぶりに・・・柄巻用の鮫皮(実はエイの種類)を出して来て・・・ナメシながらイボタ(イボタ虫の殻)で磨きに入る。
穴が開いているのが眼の部分で・・その背中に有る粒の部分が一番皮として使う高級の場所
s今回使うのは・・勿論・・一番皮。
柄頭の表側に出る・・親粒を出すために・・。
t元は・・この状態で・・二番皮を使って居たので・・親粒は無い。
画像の下部分は旧柄だが・・・目貫穴が二か所で・・元の刀身では無い様だ。
江戸時代・・恐らく・・この二番皮でも・・2〜30万程度の料金だったと推定〜・・。
上級の『親粒』を使っタ・・・一番皮に成るぞ
oそれが〜・・・これっ!
右側が・・鍔方向で・・左側が・・柄頭方向に成る。

n柄の仕上げも・・この様に・・。
だが・・この後に・・・再度削り込みを行い・・・薄身の柄に仕上てゆく・・・厚みで・・・4寸程度。
k巻に入る前に・・薬練(クスネ)を作る。
実は・・・20年程前に・・出来なかった事を・・いよいよやらなければならない程の痛み様だったので〜・・・。
n 引っ越しで点在してしまった・・これらの材料や用具を・・出してくるのも一苦労。
薬練は・・松脂に油を混ぜて炊き上げる・・冬場と夏場では・・粘度が異なる。
柄巻中も・・何度も火を通しながらの調整で・・使ってゆく。
皮巻きが終わった状態。
簡単に乾物なので・・濡らすと伸び・・乾くと縮む・・乾いて〜治まるのが難しい。
TV鮫皮を巻き上げ・・柄糸を用意した・・・。
使用寸法は・・大刀用の仕上げ三分幅並幅と呼ばれる正絹だ。
鮫皮の上に・・経木(キョウギ)を和紙で付ける・・この和紙も・・習字紙程度の薄物では無い・・そう〜・・・のし紙程の厚いモノを重ねて使う。
太刀の場合は・・経木も本来の朴ノ木を使うが・・打ち刀は・・和紙が定道
mこの頃で・・12月初め頃の作業。
捲き始めの頃・・・画像は柄の表側。
つまり・・刀は左腰に下げるので・・・この面が左側に表を向く様に捲き始める・・・画像右側が刀刃側で左側は嶺向きに成る。
捲き方は・・私には最も握りやすい・・一般的な捲き方だが・・諸捻捲きとした。
諸捻りに始り・・諸捻りに・・終わる・・と云われるほど・・難しいのだが〜・・。
頭の・・一文字は・・スタート部分で柄糸の中心部が来るように捲き始める・・糸の長さは一丈3尺。
この画像の様に・・裏表と交互に捻り重ねながら・・間に・・三角の菱紙を捲き込み絞め巻をする・・力仕事だ。
m柄裏側の四巻目に・・目貫を入れる。
普通は三巻目が多いのだが・・私は四巻目にしている・・抜け防止にもなる目貫の位置。
この画像の諸捻りは・・その後に捲き直しで修正しております。
正式には柄糸の重なりが交互に成ります。
目貫は・・
m偶然に・・この時代物と同じ武者物が保存していた金具に有ったので・・上段が本歌物で・・今回の打刀(大刀)に装着し・・現代ものは・・この後の脇差様に使用する事にした。

この目貫も・・表・裏が有り・・・右側が表目貫で左が裏目貫に成る。
細かい様だが・・これは・・決まり事なのです。
特に・・生き物目貫は・・切っ先に向かう様に付けるのです。

いよいよ・・巻止めに入りました・・クリスマスごろ。
定寸よりも一巻分多く捲いて居ます。
s 巻止めも決まりが有るので〜・・まだ・・整形前ですが・・柄頭(鉄製)の中にシトドメを入れて・・紐が当たらないような工夫が必要です。
因みに・・縁金具・縁頭金具・しとどめ・目貫は・・全て・・時代物・・つまり・・本物です。
このシトドメ・・基本的に・・菊花目に菊座仕立ての金鍍金で・・2個の部品から出来ています・・模造刀では・・一体の鋳造品に成りますけど・・。

k実は・・この頭金具・・シトドメ穴が片方欠けて居まして・・急遽・・釘(軟鉄)から欠落部分を造り・・ロウ付けする作業が入りまして〜・・無事に・・収まりました

mこれは・・柄裏頭の糸止めで・・
tこれが・・柄表側の巻止めです。

gh
hはばきを当初銅の二重ハバキに・・仕込んでいましたが・・手持ちの銀ハバキに換えて・・木づちで修正して組み上げました・・・目貫を通す為の重要な部品ですので・・慎重に仕上げました。
oで・・無事に収めが〜この状態でしたが・・
年明けに・・
s切羽(せっぱ)を一枚・・一ミリ厚の真鍮板から切出しまして・・
菊花紋型にします。
これも・・お決まりの形が有りますが・・・アノひでやんなら・・簡単に造るんだけどネ〜・・。
sナカゴの入る部分を切り込み・・鯉口(鞘部分)のサイズに合わせて花紋の削り込み
s無事に新年の6日に装着しまして〜大刀の完成です。

この間に・・脇差と軍刀の柄巻も完成させました。
ww
脇差は・・大刀以上に痛みが有り・・割ってみたら・・柄頭の内部で・・虫が入ってしまっていたので再使用が出来ません。
T長刀と同じように・・新調する事に成り・・朴ノ木を五分長めに捲き増ししてます
t続飯(ソクイ)を練り・・糊を造り・・柄合わせをして接着。
tこの大きさです。
脇差は並み幅の糸では無く同色の脇差用の柄糸を使用しています・・目貫だけ・・長刀で紹介の現代物の武者物を使って居りますが・・他は・・時代物です。
続いて・・・
九八式陸軍刀の柄も撒き直しました。
gマズ・・柄頭の兜金を外します。
t柄止めから解いて行きます。
k他の柄と同じ・・諸捻撒で・・仕上げ・・兜金に着く・・猿手を銅に変更し・・仕上げました。
tこの拵えの鍔は・・大戦末期の仕上げで・・透かしでは有りません。
櫻花の毛彫りも・・おおざっぱです。
柄に打ってある目貫穴もかなり鍔よりですので・・恐らく・・滿洲刀の仕込みだったのかもしれません。
大事な『鮫皮』も・・・プラ材の様なもので・・型押しですが・・・そのまま捲き直すことにしました。
g長刀と同じ並幅の柄糸で捲き上げた・・旧陸軍の九八式軍刀後期型の柄部分です。
戦中の軍需品ですので・・かなりの部分が・・おおざっぱな造りに無理が残る拵えですね。
g右側は20年ほど前に仕上た・・って?
戦艦大和を作る前です。
 九四式軍刀・・・・と比較しても・・鍔の違い(上物は透かし鍔)や・・櫻葉彫刻の違い・・・吊環の違いが〜良く判ります。
下の鍔が九四式の透かし鍔です。
金の鍍金も上質のメッキですが・・素材は真鍮です。
序に・・鍔の上には軍刀独特・・と云うよりも・・『太刀型』独特の・・切羽(せっぱ)配列で・・鍔・大切羽・菊座・縦ノシ・小刻み切羽が並び柄縁が付きます。
4ちなみに・・九四式とは・・皇紀2594年(西暦1934年=昭和9年)の軍採用型で・・九八式は皇紀2598年という意味です。
で・・・この九四式は・・更に特別な違いが有るのですが〜今回は撮影して居ません。

以上・・年末から新年初めの・・工作??兼・・修理〜でした。

今年は・・・今までに出来なかった宿題や〜お蔵入りの作業を〜いよいよ始める事にしますので〜宜しくお付き合いください。

かしこ































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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その十

翌々・・長編に成ってしまった〜・・。
と言うより・・集中して時間が取れません。

で〜・・・十話メです。
オフ会in姫路〜・・平成28年10月22日・23日の巻〜・・。

23日・・。
いよいよ・・・今回のオフ会のもう一つの個人的な訪問地が・・・兵庫県加西市鶉野町にある、『鶉野飛行場資料館』だ〜・・・ http://uzurano-hikoujou.com/
実は・・・摩訶不思議な縁から・・・当地に立つ事が出来た世にも不思議な裏話。
詳しくは・・2015年11月24日の日記へ遡ってほしいのだが〜・・。
mu]間もなく上映される・・この映画。
話しは〜・・・一年前の11月19日に遡るんだ。


この映画の・・・撮影に〜主役の
o君と・・・・sのお二人・・・それに・・監督自らがメガホンを取る為に〜筑波海軍航空隊記念館入りする・・という事で・・急遽ラインを通じて連絡を入れた通称とことんのおっさん。

今回、勿論・・宴会本部長として絶対参加の石川県白山市から・・私の走行距離と時間の半分で参加している“とことんのオッサンにラインで勿論・・自慢げに〜連絡を入れたらば・・・『永遠の〇』の劇場版パンフを送るから・・是が非でも絶対にサインをもらってクレ・・等と言う・・年甲斐も無い強制的に悲痛な叫びにも似たリクエストが返信され・・翌日には・・強制的に私の手に届けられた。


主役の〇田君は・・V6の人気俳優〜ゼッタイに無理〜写真もダメ〜と云ったらば・・泣く泣く・・監督の直筆でも・・という切ない願いに・・こちらも・・年甲斐もなく応じるハメに成ってしまって〜・・・・。
BlogPaint何とか・・形を取ることが出来たのだが・・話は・・鶉野にはここでは繋がらない。


TV余談だが・・この日は・・実は・・〇田君の誕生日の翌日で〜記念館から特別に・・誕生ケーキをプレゼントし〜撮影終了時に〜
spこの部屋で〜・・バ〜スデイケーキを頂きました〜・・。
TVこれが〜私が頂いた証拠写真で〜す。
で・・話を戻して・・・
実は・・・永遠の〇のこのシ〜ンを思い出してほしいのだが・・・筑波航空隊の飛行場で・・飛行訓練中の事故。
筑波空4見事・・筑波航空隊の練習機が再現されて居るCGシ〜ンだが・・。
このとことんのオッサンが・・再び・・この登場パイロットは・・実家の近所の遠い親類のおじさんが〜命を落としたシ〜ンの再現がされて居る・・・と・・自慢げに返信してきた。
筑波空2 じじいの記憶では・・上映期間中にも・・そんな話を彼から耳にしては居たのだが・・うっすらとした記憶での応対だった。
しかし・・偶然に・・この話が・・監督へのサイン陳情の手紙を書く際に・・私の脳裏によみがえり・・・もう一つの記憶と・・偶然にも一致してしまった訳で・・・。
その記憶が・・・姫路のとある飛行場での試験飛行中の紫電改事故の記憶と・・一致してしまったのだ。
何故・・その時に偶然思い出したかも〜『神ってる』訳だが〜・・・
その記憶を基に・・・鶉野飛行場を探し当て・・下調べをしていくうちに・・とことんのオッサンから確認していた・・ゴンタ操縦士の名前が一致。
実は・・ここでも裏話が「ある・・私が・・その親戚の人の名前は?・・とラインすると・・ゴンタ・・・と返信が〜・・・愛称では無い・・正式な氏名を・・と再送すると・・また・・ゴンタ・・と帰ってくる。
チョコットイラついて・・・また・・名前は??と送ると・・ゴンダ・・だと言うんだ。
マ〜・・とことんのオッサンを知り尽くしているメンバ〜も・・判るだろうが〜。
"ゴンタのおっちゃん”と言い張る彼に・・・確認をスル事数度??
g結局・・彼が・・必死で送ってきたのが・・五田 榮氏の卒業写真と当時の石川県のとある同窓生の名簿・・五田と書いて・・ゴンタと言う性が存在する事を始めて知った訳であるが・・・しかし・・未だに・・この中のどの人が本人なのかは・・・時間の流れと共に・・歳老いた友人・知人の中ですら・・薄れてしまった記憶の中では確認が出来ていないのが・・誠に残念至極なのであるが・・・五田氏の家族も途絶えて居るようで・・確認のしようがないのである。BlogPaint
ただ・・唯一・・とことんさんの実家と五田氏の家は当時・・道を挟んで近所で有った事・・・おっさんの父親や叔母さん達の記憶で〜と一年を通じて確認をお願いしていたのだが〜・・・これも・・残念ながら・・判らずじまいであった。
仕方ない・・・多分??生きていれば・・100歳に近い年代である。

さて・・・この時に・・・スグに・・今回のオフ会幹事のアシダ社長にメールを入れ・・調査して頂く事に成った事からが〜・・鶉野との繋がりなのであります。
私の過去に調べていた記憶に・・石川県のとことんのおっさんが重なり・・偶然に次回開催のオフ会地と重なった・・・・この鶉野飛行場を訪れる事に成ったのでありまして・・・・・この三角関係のおっさん三人を除く他の参加者には・・ハナハダ・・迷惑な選択だったことを・・ここでお詫び申し上げます(笑)

で・・・更に・・偶然に・・鶉野飛行場資料館への連絡経路の中で・・資料館担当者のタメヒラ氏が・・繋がった先は・・横浜に出張中で〜11月21日(土)に笠間の筑波航空隊資料館に足を延ばして頂ける事に成り・・・・実に慌ただしい一週間と成って居たのでありまして・・・丁度・・・一年後の11月23日に再開の運びとなった訳であります。

tこれが・・平成27年11月21日(土)に筑波航空隊記念館の戦艦陳列室にて・・私の『戦艦大和』と優太郎氏の『航空母艦赤城』を背景のワンショット〜・・で〜・・・。
tこちらが・・・一年後の平成28年11月23日(日)鶉野飛行場跡地での再会写真です〜・・生意気に〜指さしてる〜行儀悪いな〜・・。
で・・・
p一昨年・・頂いて居た・・鶉野のポスターだが・・・なんと・・この時に・為平氏からの内緒話で聴いていた・・「紫電改」の再現プロジェクトが〜動き出して来ているというニュ〜スが・・今年の成って聞こえてきたぞ・・。
という・・偶然が重なった・・一年後の訪問日で有った訳であります。

u以前・・ひで社長から頂いた画像ですが・・中央に位置するのが・・鶉野飛行場跡地

BlogPaintそこへ〜・・・オフ会参加の車が〜到着。
駐車場への呼び込みは〜自主的にトランクの中から取り出して〜観光地でヨク見かける〜呼び込みのオッサンと化している姿〜・・。
※呼び込みは・・本来は違法です(笑)
でも・・・このおっさんは〜これがこの日の唯一のお仕事〜・・。
BlogPaintそれを撮影したコマには・・偶然にも・・ダ〜さんの車の最後の自走の記録が残って居ました〜・・。

uh
私は・・待機している間に〜・・飛行場跡地のスナップを・・。
とにかく・・うらやましい程に・・残っている跡地に興奮して・・この後・・資料館での為平氏との再会になるのでした〜。















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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その九

さて・・・・一か月後に思い出して〜居る・・オフ会in姫路〜の巻・・早く終わらねば〜先が進まない。

BlogPaint
22日夜の夜会の〜宴会本部長のとことんのオッサンの仕切りで盛り上がった宴会も〜何とか終わりまして〜

BlogPaint
サスガの宴会本部長サマも〜お疲れモ〜ドで・・くつろぎ過ぎダゾ〜。
しかし・・・それ以上に〜宴会アシスタントの〜まっつんさんは・・と云えば・・。
BlogPaint大の字で〜爆睡状態〜・・・。
と言うのも・・・彼は〜大事な個人的な理由を押し除けて〜オフ会に参加〜・・。

この22日は・・お子さまの父兄参観日〜・・だったのを・・オフ会の為に〜キャンセルし・・・・多分??奥様やお子様からは責められたに違いないのだが〜それに・・・この日は・・彼の・・ぁ産个里誕生日〜・・という事で・・家族だんらんのヒトトキを過ごすハズだったのを・・・オフ会の為に〜キャンセルして〜・・・三重からの参加〜普段は・・この時間帯は〜ご家庭で・・一番下のお子さんを寝かしつける時間帯で〜多分??・・・・同じパタ〜ンの仮眠状態なのか〜は定かでは無いが・・キット・・家族との誕生会の夢でも〜見てるんだろうな〜・・・と・・・おっさんながら可愛い寝顔を〜拝見していたので有ります。
このじじいメは・・と云いますと・・前日は『土山SA』で寝袋に納まって7時間半は普通と変わらず耳栓をして熟睡していますので〜マダ・・宵の時間帯でして〜眠気など毛頭ありませ〜・・ん。
でも・・・サスガニ長時間の運転でお疲れの皆様は〜この寝顔を見て〜寝ましょうか??という事で〜模型展示室を離れ・・お風呂に行ったり〜思い思いの時を過ごし・・無事に・・就寝いたしました。
h出〜・・23日のあさ〜・・・。
マダ・・投稿は続く〜・・。
仕事中に付き・・一休み〜です。

t朝食は〜みんな揃って〜おはようございます〜・・ッて・・さすが観光地〜外国の人が〜わんさか〜・・。
思い思いの食事ですが〜・・・アレ〜大和魂さんは〜納豆食べないの〜・・・て??
おいっ・・・茨城県人が毎日食べるなんて〜デマを信じてるのか〜・・・確かに・・何時でも食べられるように〜冷蔵庫にはいつも入って居るし・・・おかずが無い時でも〜納豆が有れば〜食事は出来るケド〜・・毎日はタベネ〜ベ・・・ダワ〜・・。
nでもね・・・今回のオフ会は〜関東人のダ〜さんが居たので〜・・いろんな意味〜じじいが〜つまみに成らなくて〜良かったぞ〜・・。
だって・・・優太郎さんも〜関東に居るけど〜西の人だし〜唯一のななちさんは〜ゼッタイに関東人では無いし〜・・会話が成立しない訳よ〜・・。
で〜・・・
nいよいよ・・チェックアウトの時間に成りまして〜
sn
酔いざめの〜ななちさんは〜お仕事の〜メ〜ルチェック〜をしている様子の中〜ゆうべの戦利品をテ〜ブルに広げて〜満足そうですワ〜・・。
じじいには・・あたら中んだから〜見せびらかすな〜・・・。
hホテルの外で〜記念撮影〜・・
BlogPaintこれで〜九枚目の集合写真を撮りまして・・
hひで社長を先頭に・・ななちさんが乗ってたのかな??
m多分・・・熟睡して満喫したまっつんさん〜・・
nなべちゃんの車を見送った後〜
少し時間を置いて・・
TVこのヒトは〜とことんさん〜窓も開けずに〜・・・通り過ぎて行く〜・・
BlogPaintダ〜さんの車を待っているんだが〜なかなか出てこない〜って??若しかして個の頃から〜調子が悪かったのか〜??
同乗の優太郎さんがせかすので〜待ちきれずに・・車を走らせたら〜やっぱり今年も・・とことんさんの車のお尻を眺めながらの〜今日の目的地入り〜と成りました。

とりあえず今回は〜ここまで〜・・。

昨晩の〜作品は〜↓↓で〜















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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その八

オフ会in姫路・・から戻って〜・・・やばいっ・一ヶ月に成りそうだ〜。
なのに・・レポ〜トが・・・中途半端な状態で〜スマネ〜・・。

北の国では〜もう・・冬真っ盛り〜なのに・・スマネ〜・・。

第一会場でのジャンケン大会まで〜書いたんだったな。

で・・お時間と成って・・・第二会場は〜模型部屋〜の巻

BlogPaint先に載せている・・このあたりからは・・第二会場〜だったと〜思うけど・・。

順番で〜めいめいの持ち寄った品物をジャンケンで〜勝ち取る・・のだが・・何故か・・バツゲ〜ムも兼ねており・・私の用意した物は・・・悪評〜で終わったぞ。
si優太郎さんが引いた・・『紫電改』は〜・・アマ・・で今年・・買ったんだぞ・・という事で〜コレは・・今回・・鶉野飛行場の史跡巡りをするという事で・・当初〜制作をする為に購入し・・ゴンタ機の再現をしようとしていたのだが〜全く・・間に合わなかった代物で〜開封して居ないものだから〜・・モ〜タ〜も同封して〜優太郎さんにお願いすることとなりましたワ。

という事で・・もう〜順番を忘れてしまっている状態で〜・・。

最後に・・宴会本部長の・・石川県出身のこのおっさんが〜また・・爆笑の盛り上がりを〜企画してくれました。

tひで社長の画像をお借りしながら〜・・
最初の走りの記憶が〜・・みんな〜解かってますね〜・・・なんだけど・・。
正直・・何を云っているのか〜全く理解が出来ないままに・・爆笑宴会が〜・・。

t彼が・・用意して居たのは・・A3紙のフリップ・・書いて有ったのは・・姫路城の別名は・・〇〇ですが・・・
から・・始った〜・・ひっかけ問題〜その展開に〜彼のぺ〜スで翻弄され・・
全く記憶が飛んでいる時間帯〜・・笑いっぱなしで〜写真も撮れない。
t横に居た・・まっつんさんは〜笑いながら〜彼のサポ〜トを〜・・
皆さん・・判ってますね〜・・・???
これで・・繰り広げられる〜ジャンケンならぬ・・くじ引き〜・・
t紐の先に・・納豆パックやら・・名札やら・・もう〜この乾物先には・・彼の指定する名前が〜書いてある〜わけで・・・他のひもを引こうモノなら・・大変な状態に成りかねない・・モノだから〜皆・・まな板の鯉状態で・・大の大人が〜素直に・・従っているその姿も・・笑いのネタ〜・・。

後で判ったのだが・・・u
購入品だとばかり思って居たこの・・新明和・・US−2が・・メインの景品の値引きクジだったらしく・・・それぞれに・・おっさんの財布の中から〜減って行ったという・・太っ腹な〜企画だったのだ。
tが〜・・US−2を購入しなかった私は〜・・

tとことん・・オリジナル・・瑕疵担保付横須賀海軍カレ〜モドキ・・を二種類と・・。
t私が・・ン〜・・マズイッ・・・と云わなければ次回に年越しをしてしまう〜商標だけ・・まずそうな〜飲料ドリンク・・。
ななちさん・・曰く〜マズイって言わないで〜美味しい〜って云うから・・また・・続くぞ〜・・。
あはは〜・・全くその通り〜・・なんだが・・・旨いものは・・マズイ・・とは云えないのがつらいわ・・。
で・・仕込まれたのが〜ワサビコ〜ラ・・だと・・・ガハハ〜・・・生ワサビ・・ガリガリかじる私に〜効く訳ナイジャロ・・だぞ。
因みに・・鷹の爪・・だって・・かじるぞ・・なんだよ・・。
hとにかく・・この・・宴会本部長の用意した品は・・一ひねりされた・・・逸品もので・・今回幹事のひで社長も〜昨年い引き続き・・餌食と成ったワ〜・・詳しくは・・彼のページに載って居ると思うんだが〜何か・・エロイ物が封印されて居たような記憶だぞ。
tななちさんには〜何だっけ??
tまっつんさんも〜くじは引いたが〜景品の画像が〜ナイ〜・・。

Tとにかく・・このおっさんは・・仕事は難しい仕事を成し遂げるお人なんだが〜毎回・・持ち込んでくるクル企画のばかばかしい〜お笑いの世界に・・参加者は皆・・撃墜されてしまうので有りまして・・・こんな・・垣間見る子供っぽい姿が〜ひょうきんな・・初老のおじさんです〜・・。
でも・・・結構・ドジりながら・・やるんだけどね〜それがまた・・眼鏡越しに見る目が面白くて〜楽しませて頂いて居る訳です・・ブッチョっ!

という事で・・・10月22日の夜に行われた・・じゃん兼とことんワ〜ルド大宴会の報告でした〜・・。













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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その七

間が開いてしまった〜オフ会in姫路のレポ〜ト・・・七話目〜・・。
この分だと・・一カ月かかるぞ〜(笑)

さて・・・無事・・部屋に入室のご一行様〜・・・なんだが・・ひで社長の重要事項説明も〜耳に入らない〜・・それは〜・・。

h荷物を仮置きしたご一同様〜・・スグに・・出品模型の力作を陳列しての〜展示場作り〜・・。
ここからは〜地撮りの画像が有りませんので〜ひで社長から無断で〜コピペしてます・・あしからず〜・・あんがと。
d皆さん・・作品展示完了で〜くつろいでいる中・・独り焦っている〜じじいの姿が〜・・。
s実は・・・この状態で〜未完成のまま持ち込んだ〜P-38Lightning〜何のテストもして居ない状態で・・・
d必死で〜モ〜タ〜ライズの組み立て中〜・・。
実は・・・Lightningを作るゾ〜・・と好評したら・・優太郎さんから〜送られてきた〜キットが〜・・
pあったんだ。
それは〜・・この為に・・制作してくれた〜・・機銃照射の音響と・・・LEDライトの仕込みキットだったんだ。

それを・・オフ会の2日前に何とか装着したんだが〜・・全くオ試しをシテ居ない状態で持ち込んだばっりに〜・・何としても〜動かない〜点灯しない~状態に成って居たンダ。

dそれでも・・必死で〜作業を進めるものの〜・・ダメなものは・・だめですっ!
だったんだワ〜・・・だから・・・私の作品は〜な〜んの値打も無い訳で〜ただの〜場所取りだけに成ってしまった〜・・。
で・・結局・・優太郎さんには・・呆れられるワ〜・・参加者には〜冷たいし視線でイジラレルワ〜・・・冷や汗は出るワ〜・・だったんだ・・スマネ〜・・・・なんだな〜・・。

で〜・・幹事のひで社長が〜気を使ってくれて〜そろそろ~お時間です〜に成った訳で〜夕食時間に成りました。

Z夕食善は・・個室で〜と云うことに成りまして・・10畳間位の和室で〜お楽しみの〜ジャンケン大会〜が開催される運びとなりまして〜・・頭ン中〜まっしろ〜なじじいは〜カメラノシャッターを切るのも忘れ〜・・
ku最初の頃の画像しかありましぇ〜ん。

宴会本部長の『とことんさん』制作協賛の・・候補タスキを懸けて〜私が司会ですっ・・の幹事~ひで社長からの挨拶〜。

kで・・乾杯は〜私メに〜・・と云う事でしたが〜・・これが・・永々の挨拶だったらしく〜不評〜・・・・で〜。

BlogPaintひで社長から・・・寒い札幌への単身赴任〜で・・毛糸の帽子のプレゼント〜・・だったんだが・・帰ってきてから・・思い出した。
これ・・じじいからの言いだしっぺ〜・・忘れてた〜・・・ひで社長〜ごめんなさい〜・・なんですワ〜・・後で??一年後ダ〜ケド・・・・許して〜・・。

で・・この後・・ひで社長からのスタートで〜ジャンケン大会が〜・・アシダひで社長からは・・オリジナルキャップの〜ン~全員に進呈だナ〜・・が有りまして・・

nuriいろんな・・思い思いの景品が〜
hukuhara渡っていくんですが〜

BlogPaintじじいは〜後だしでも〜

BlogPaint勝てないで〜・・

BlogPaint今年も〜ダ〜さん神話が出るのか〜

Tと思いきや〜
Nけっこう〜このおっさんが〜ゲットしてるぞ〜・・。
BlogPaint優太郎さんからは・・特別な〜物が出品されたり〜

BlogPaintこのおっさんには〜こんな物が〜・・
なんだけど・・何故か・・じじいと・・まっつんさんには〜来ないんだ。
ジャンケンに勝てネ〜から・・。
BlogPaintそれでも・・・まっつんさんが〜ゲット〜オ〜・・。

順番が〜判らず〜整理できないままの〜紹介でしたが〜・・昨年に続いて〜『お時間と成りました~』で〜盛り上がりの中・・・中断してしまい・・・ン??原因はじじいの永〜い乾杯だったのか??・・・・二次会に〜・・それは〜この世の天国なんだか・・地獄何だか判らない〜とことんワ〜ルドの世界〜と云う事で〜・・展示室部屋に籠っての〜開催と成りました・・。

で〜七話〜は・・ここまで〜・・。
次回は・・冷や汗連続の〜大宴会部長のとことんさんの演出です。
って・・・だれか・・吉本のスタッフ〜連れてコイヤ〜・・。



















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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その六

さて・・・先月の22日・23日・・姫路市で行われた〜『やまつく会』・・“戦艦大和を作る”の製作者が集い・・完成しても・・他の模型の作品を造りながら〜ハヤ・・9年目〜・・古株は・・ななちさん、優太郎さん・・コレは・・その前のタイタニックからのメンバ〜・・・。
その仲間が〜毎年場所を変えながら〜地方行脚のオフ会です。
h姫路城を後にした・・ご一行様。
思い思いに・・車で移動。
私の助手席には・・乗りなれた〜優太郎さん。
一応・・ひで社長の指示通り〜ナビに登録した。

が〜・・・駐車場を出る時に・・前を走る〇ンダ車の尾行をしようと??しのだが・・近くのICへの登録をしたものだから・・一般道を走りながら〜ナビの表示は〜『〇〇を右折してください・・・」表示〜・・・それを見ている・・優太郎さん・・これっ壊れてますよ〜・・・。
ン〜・・困ったな〜設定は高速ルートにしてますので〜・・と云っても・・何故か優太郎さんは納得してくれないんだ〜・・・・設定のICを過ぎても・・そこへ引き戻すルートだから・・・到着地まで続いてしまった〜会話(笑)
私の車のナビは〜壊れている・・モノ・・・らしい(笑)

yまして・・こんな短いル〜トで・・他のICが無いから〜当然に・・引っ張る訳ヨ・・

そんなこんなで・・右に清流を覘む〜・・メッチャ田舎の高台にあるホテルだ。
y幹事が代表でチェックINしている間に〜じじいは・・外で一服〜しながら〜中庭から撮った・・ガラス越し
yこれも〜・・
い〜タイミングだね〜・・・。
BlogPaintパッチリ目が〜出せないのが・・残念だけど・・。
アルコ〜ル依存の強い〜おっちゃんです。
BlogPaint・・もう一人の・・変なおじさん。

ミヨッ・・この手荷物〜・・・背中には〜ショルダ〜も有るぞ。
そうです・・このヒトが〜宴会部長の〜とことんのオッサンです。

ココ・・二年ほど前から〜急にお笑いの『トコトンワ〜ルド』に拍車をかけて〜やまつくオフ会には・・無くてはならない〜お人なのです。
この荷物も〜今夜の宴会用の〜仕込み〜なのです。
楽しみだわ〜・・と・・いつもいじられ役のじじいの感想です。
正直・・もう〜いい加減にしてくれよ〜・・と思うのが〜普通かもしれませんが〜何故か・・・期待しているのです・・そのイジリ様を・・兎に角・・笑い飛ばしてくれるのです。


o無時・・受付を済みまして・・・中居さん先導で〜ご案内。
こちらが〜今夜のおのこ様の〜お風呂でございます〜・・・って・・・美しいオネ~様のお琴の生演奏に見とれて〜・・・
s館内のご案内でございます〜・・翌朝は〜こちらのお風呂になります〜・・・。
さて・・イヨイヨ・・EVに乗りこんだが〜丁度・・席が用意されていたので〜・・・とことんオッサンの〜魂の籠る・・作品を〜ご鎮座させタモ〜タ〜・・。
って・・・葬儀後に慌ててのじじいには〜大きさと言い〜ン〜骨箱ジャ〜・・・サイズも同じだし〜・・・魂入ってるし〜・・。

nうえ〜・・じゃなくて・・あの世へ参りま〜す・・・。
BlogPaintEVを降りると・・マズ・・模型部屋・・いつの間にか・・一部屋を準備するように成ってます。

hukuhara勿論・・普通の宿泊部屋です。
トリあえず・・荷物を運び入れて〜
h〜さんは・・早速・・個室を見つけ出し・・ななちさんは〜ン〜テントよりも広いかも〜・・・って??
何の話し〜・・・そうか・・群馬県民同士で〜また・・・あのバンガロ〜オフ会を画策してるな〜・・・。

BlogPaint・・・・幹事より・・メッチャ簡単な予定説明がありまして〜・・部屋割りも発表され・・・・マズ・・風呂ダ〜・・・。

で・・6話目〜終了〜・・。

次は・・宴会だぞ〜・・。














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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その五

姫路城見学?・・探索?〜あれ?・・・・じゃ無くて〜ひで社長の1/800模型との現地調査の〜5回目〜(笑)
s豊臣時代の石垣~・・幹事の説明だと・・木が生い茂り・・山の状態で〜最近い成って・・この石垣群が発見され・・のずら積み様式であることから・・黒田官兵衛達が築いた当時の石垣だろうと・・云われています(勿論・・ここも模型には再現されています・・本人談)
sora姫路城の・・しゃちほこ〜の変化も勉強しました〜・・。
s?・・明治時代のしゃちほこ??
そうです・・姫路城は・・崩れかけていた本丸などを・・明治時代に帝国陸軍の手で〜やはり・・修理をしているのです。
此の辺は・・順不同です〜(笑)
BlogPaint降りる途中に有った〜人面岩〜なんかをひで社長の紹介で〜歩ききりまして〜

i広場に集まり・・アノ・・有名な〜お菊の井戸探索を終えた一行は〜・・。
で・・・とことんさんから・・・どうやら金沢辺りに・・お菊の皿が現存していて〜なんと13枚有るんだとか??ん??なんで?・・・北陸なんだロ??。
今でも・・数えているのか??・・それにしても・・半端な数ダナ。
一枚はお菊さんが割ったとすれば〜他は?・・・誰が〜・・である。

h広場からの姫路城の有志を見上げながら・・・幹事から〜・・。
『思ったより・・早く出られたので〜西の丸が残ってますが〜』・・で・・二足歩行に既に自信の無いおっさんを説得し・・

BlogPaint引きつりながらも・・前に進む事だけは忘れずに〜・・脚は無時・・交互に出ています〜。

BlogPaintには・・いつも笑いの有るおっさんですが〜・・結構〜脚に来てたらしい〜(笑)

n・・・西の丸へ〜・・。
ここは『千姫』で有名な城郭の一部。
n江戸城の西の丸は・・お局様の巣窟ですが〜・・姫路城の『西の丸』は不幸なお姫様の伝説で〜語り継がれています。

ん・・・そう・・徳川二代目秀忠の娘で〜豊臣秀頼のお嫁さん〜だぞ。
秀頼の命乞いで・・大阪夏の陣で独り・・大阪城を離れ・・家康に嘆願するも〜聞き入れられず〜そののちに・・豊臣家は〜滅んだ〜。
秀頼との子供が出来なかったのが〜不幸の始まりだナ。

nで〜・・・話が長く成るので・・

こんな処や・・
dこんな処〜・・が〜百間も〜ある〜回廊〜・・詰り・・182×100=18,200cmも歩いて〜・・ん??・・もっと歩いたな。
あはは〜・・100間・・と云うのは・・それほど長い〜と云う意味ですので・・実際の長さの単位では有りませんから・・。
BlogPaintナントか・・全員で〜決死の行軍を終え・・下り坂を〜歩いて・・・姫路城の現地視察を終了しました〜・・。
じじいの感想・・百間廊下・・8畳程度の板敷き部屋・・南東側に向いて ̄明るそうだけど〜・・結構〜床は傾斜してるな〜・・である。

今日は・・ここまで・・。
n次は・・いよいよ・・納骨〜じゃ無くて・・ホテルへ〜・・だぞ。









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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その四

いよいよ・・・姫路城内部へ〜・・・。

m案内役は・・勿論〜ひで社長〜・・たぶん??ご当地担当で〜一番詳しい〜・・(笑)
場内は・・土曜日という事も有って・・結構な人だかり〜同じ方向へ歩くので〜詰まってマ~ス。

nこんな処もsこんな処も〜・・

sこんな処や〜(ひで社長より・・この画像は本丸櫓内では無く・・西の丸だ〜・・・と云う事です)アリガト〜・・。

sこんな急階段で〜詰まってマ〜ス。
でも・・松本城では・・階段の段差が段毎に違っていましたが・・ここは〜同じ段差に〜多分?改造されてたか・・田舎者には・・上がり易かったです。)
因みに・・寺院の楼門は〜もっと急角度です)

h途中の廊下には・・見上げると〜こ〜んんな太い梁が〜・・・コレだけでも二尺は有るぞ〜と思うほど。
それに・・柱と言う柱は〜尺柱で〜・・欅・栗・松等の〜堅木が使われてます〜。
更に・・・階段の踏み台や・・床材は・・恐らく・・一寸5分〜二寸の厚みが有ります・・これだけでも〜じじいには・・驚きです。
BlogPaintあの・・有名な芯柱も〜有った〜。
驚いたのは・・天井に板が〜張りつめられてる〜・・。

残念ながら・・最上階は・・ごった返す人で〜撮影できなかった〜・・。
でも・・あの・・神社には・・キチントお賽銭入れて〜お祈りしたぞ。
s上層階の窓から見えた〜気に成る煉瓦作りの建物〜ひで社長に聴いても〜不明〜・・。
で・・調べたら・・私立の美術館??・・ン〜姫路城内は明治から陸軍部隊の駐屯していた地だから〜多分?・・その面影か〜??造りが大陸風だぞ・・。

s・・なんとか・・上り詰めた階段を〜今度は・・無事に下って〜・・屋外に。
入る時に守衛が居た場所は・・ナント・・出口の渡り廊下でした・・。
で・・子の下の広場で~一休み・・。
と言うのは・・・何人かが?・・・具合が悪い様子〜・・特に・・幹事のひで社長は・・何の祟りか〜それとも・・担いできたのか〜おなかが痛かったんだとか。
(ご本人から〜・・腹痛ではなく・・脇腹の筋肉痛・・だとか??・・・・ン〜その方が・・もっとワカンネ〜)
それに・・・あの・・滅多に外て自分の足では有るかない・・とことんのおっさんは〜・・脚が吊った〜とかで〜休憩中〜。
おいっ・・一番心配だった・・61歳のじじいは〜平気だったんだぞ。

hってな具合で〜ひで社長の『姫路城模型談義』を交えながら〜この場所は〜この井戸は〜この木は〜・・・・再現しました〜・・ここは・・造ってまセ〜ン・・此処から・・は・・ありませ〜ん・・等々の現地視察を兼ねていますので〜メンバ〜の鋭い視線を浴びています。
い集っていると・・・何故か変クソじじい??気に成る場所が〜・・。
傘でさしているのは・・

sこの南面の〜二つある・・唐破風の中に見える・・蛙股の中に見つけた〜丸紋〜・・。

m具体的に言うと・・この天守最上階屋根の唐破風と〜

mその下の〜格子壁の上の大唐破風の真ん中の蛙股の真ん中の〜丸紋・・。

m隣に居たなべちゃんの望遠〜でも・・判らない〜・・。

n処が〜・・不意に出た・・じじいの言葉〜『唐破風・蟇股・丸紋』等に・・・ミ〜ンナ・・????チンプンッ!
多分?・・・城郭模型を造り上げた・・まっつんさんとひで社長は・・判っていたと思うのですが〜・・そのために・・傘で示唆していたのです。


で〜・・これは・・後で解析した自分の画像だが〜・・。
判らないはずだわ〜・・・平成の大修理でも再現出来ずに〜丸が有るだけなんだと〜・・。
mでも・・最上階の部分は判明しているようで〜北側が〜『巌敷き雪』でみんなで見ていた南側の大天守屋根唐破風の蟇股内に収まる家紋は・・『剣カタバミ』が再現されているとの事〜・・これは・・江戸時代末期の城主・・松平家が〜落雷で焼失した本丸櫓(上層部)の修理を行った時の名残〜・・だそうです。

しかし・・下層にある大唐破風の中の紋は〜今だに〜判らないとかで〜只の丸〜だけ〜・・でした〜(笑)
h・・こんな未公開画像〜・・本丸の通し柱のもう一本の周辺に〜出ました〜・・・本丸を守る〜守護霊らしき〜写り込み〜・・・・・やはり・・居るんだわ〜・・。

BlogPaint下り階段での〜一コマです。
なにやら・・お土産?・・・・じゃ無くて・・下足でしたネ。

sさて・・・平成の大改修を終えた姫路城・・・
実は・・創建当時の姿は〜・・・
sこれが〜初代天守閣の姿なんです。

って??・・・・判るかな??

最上階の窓・・本当は〜今よりも8枚分多かった〜・・んですよ。sその資料が〜・・・こちら〜のニュ〜ス。

板壁の中には、鴨井も敷居もあるって〜・・。
早くから・・耐震設計になったたんだワ〜(笑)

で・・
もう一つ・・。
あの・・剣壕・・宮本武蔵の伝説。
本丸での・・幽霊退治〜では無いけれど・・最上階の部屋には・・宮本武蔵が潜んで〜幽霊を待ち伏せた部屋が有った〜・・・で・・余りにも人が多くて・・見落としたぞ。

広場まで降りてきて〜作業続行中のやブラの補修現場を視察し(何の為??)・・ひで社長の苦労話と〜城内の説明を・・ボランテイアで〜して頂いて〜・・次は・・西の丸への研修〜・・・。
今回は〜ココまで〜・・昨日からの二日掛かりの更新です〜お見苦しくて済みません。





















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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その三

hi初めて・・姫路のメイン通りに侵入した〜myカ〜・・。
mナビルートは・・こんな感じ〜・・。

そのまま走行すると・・・。

p大手門前の駐車場に着いた・・けど・・こりゃっ・・右折禁止やナイカイッ!

で・・仕方なく・・直進し・・次の交差点で〜強制ユ〜タ〜ンしたぞ。
無事に〜予定地の・・指定場所に着いたんだけど・・・・・ダ~れも・・イ無いっ!
そうか〜ランチに行ったんだな〜・・。
でも・・

h食べるよりも〜・・見事な『姫路城』〜・・初めての・・『姫路城〜』が目の前に〜・・・堪能すべく・・撮影開始〜・・。
多分?・・・昼食は〜この駐車場の南側に・・学校が有って・・その向こうの通りの〜ファミレス〜だったよな〜・・・で・・事前の電話でのひで社長の指定するルートで歩き始めたが〜・・・・年寄りのタンクは〜既に小さくなってきて〜・・トイレに〜行きたくなった。
で・・・トイレを探すことに・・。
だいたいが・・公園の角に有るもんだが〜無イッ・・公園も広すぎじゃ〜・・!
サスガに見つからず〜土産店に飛びこんで〜オネ〜チャンに・・聴いたら・・目の前だった。
結局・・トイレ探しの為に・・レストランとは逆方向に歩く事に〜・・で・・ひで社長に電話するも・・・今度は・・電話に・・・出ナイッ!
履歴から・・まっつんさんに電話すると・・・食事も終わるので〜集合場所に戻るという事ダ〜・・
オイッ・・じじいには・・昼飯〜食わさん気カ〜・・・・。

学校の角まで出てたのに・・・。
仕方なく・・ブツブツと先に戻りながら・・・

h木立の中の姫路城〜・・此処からは・・石垣がやたら・・高く見えるな〜

h南方向からは・・・飛行船〜・・・飯を食いそびれた年寄りは・・ご機嫌が斜め〜・・・・エンジンの音がうるさいぞ・・と・・ヴィンデンブルグ号の〜墜落炎上のフィルム映像を思い出した・・。

s・・公園の片隅で・・待つ事・・3分・・。
一年ブリの再開〜・・・ですが・・そう〜一年ブリは〜とことんさんと・・なべちゃんと〜ダ〜さんだけ〜・・・他のメンバーは・・筑波航空隊で〜有ってるし〜・・今年の幹事のひで社長は・・兵庫から・・来てくれてるし〜まっつんさんも・・三重から遠路・・笠間入りしてくれたし〜・・ななちさんも〜群馬から笠間へ〜山登りを諦めて来てくれてるし〜・・なのだ・・。

小雨も降り出して〜ン〜じじいは・・ハレ男なんだがな〜・・と思いつつ・・早速~姫路城へ〜・・

h大手橋を渡り・・大手門の前の表札を〜・・僅か数分なのに・・雨も止んで〜・・

s慌てて・・・・・記念撮影〜・・ひで社長の撮影〜・・ひで社長が選んだ指定の場所で〜。

hサ~・・此処から入場だ〜・・。

BlogPaintマダ・・・おっさん達も〜元気〜・・とことんさんの後ろに写る〜ひで社長とダ〜さん・・・それに〜なにやら・・危険な様子の〜背後霊??

h天気が良ければナ〜・・・最高の姫路城〜・・手前の石垣をかぶせて〜撮ったド〜・・。

m途中にある案内板も〜・・。
h・・特に私の中で~心に残っているのが〜・・この景色。
実は・・小学4年生の時・・夏休みの作品に〜・・墨絵を書いた。
のが・・・この場所の〜この画〜。
白黒の線画だけど・・・自分でも満足の出来栄えで〜何かの賞をもらった。
23年前・・実家の立て直しの際に・・・天井裏から出て来たが・・お風呂の焚きつけに燃やした〜だから・・残ってない〜(笑)
でも・・今でも一番に・・心に残っている姫路城が〜この画〜。
だから・・・その写真を慎重に撮った。
それと・・

h多分??ロの門あたりの景色。
この画も・・・書いたんだ。
でも・・・その時は〜・・手前の櫻の樹は・・なかったぞ。

そんな・・思い出の場所に〜来られて・・幸せ〜です。
って・・・子供の頃の絵は・・勿論・・写真からだぞ〜・・k・・・気に成って・・いろいろ撮って置いた画像から〜・・姫路城の瓦。
歴代の城主がらみの家紋が多いが〜・・・その中で・・気に成る家紋が有った。

kそれが・・・この真ん中の軒丸瓦の家紋。

国内の寺社仏閣の殆どに、必ず残っているこの屋根瓦の流れの先に有るのが軒丸瓦で・・寄進したお人の家紋や像砂州の施主の家紋が入っているから〜ここは・・どなたの関係ですっ!・・が判るように成って居る。

此処で言うと・・・蝶の紋・・は〜池田氏だから・・問題ないのだが・・普通に言われている・・この真ん中の『家紋』は・・・・
ここで薀蓄1〜もともと池田氏は・・戦国時代は織田信長の家臣〜で〜信長の・・揚羽紋を授かって居るから・・揚羽紋が使われているのだ。
『五七の桐紋』と・・云われているのだが〜・・・それは豊臣家の家紋ではないっ!・・なんだが〜この家紋・・良く見ると・・桐・・ではないゾ〜・・。

kここは・・桐紋なんだけど〜・・
良く・・上の画像と・・家紋の違いを見てね〜・・。

歴代の城主の紋とされて居るが・・・これは・・桐では無く・・『藤』なんだよな〜・・三つ葉の形も〜桐じゃ〜無いし〜・・。

と・・・執拗に・・気に成る・・モノでした〜・・。
多分??・・・制作側の手違い??・・勉強不足??
なのか?・・・果たして??・・歴史上埋もれた城主が居たのか・・??
とっても〜楽しい〜光景ですっ!
それと〜もう一つ。

それから・・優太郎さんから・・質問を受けてた事〜。
簡単には・・話していたけどね。

薀蓄〜2

sこの・・白壁に有る・・丸・三角・☐形の窓の様な穴〜・・。

コレは・・「狭間」という、城郭には必ずある物〜・・で・・守る側の攻撃用に必要なモノです。
この画像の壁の狭間は・・壁の向こうに潜んでいる兵士が・・この通路に差し掛かる時に使われる仕組みですね。
この姫路城の場合は・・特に『鉄砲=火縄銃だけど』が主流の武器で・・この狭間から・・侵入してくる敵を狙い撃ちするための窓です。
等辺に作られている〇・△・☐型は・・鉄砲狭間と呼びますが・・・縦長の長方形のものは・・弓や槍用の狭間として使います。
ここまでは・・普通の方もご存知ですよね。
で・・此処からが・・薀蓄。

簡単に言うと・・その鉄砲隊もこの狭間の形状ごとに割り当てられる小隊専用に成ってまして〜丸組・三角組・四角組と言う様に射かける担当組が決まって居ます。
s何処へ移動しても・・どの場所でも〜三角組は△狭間を使うのです。
だから・・混乱が無い様に・・する為の先述の一つです。
この画像の狭間は・・こちらから向こう側へ射かける為の様式です。
従って〜〇だけの狭間壁や〜三角だけの狭間壁は〜見たことが有りませんヨ〜・・って・・四角だけの狭間壁は〜有るんですよ〜(笑)
城郭それ本来が・・壁と言わず・・坂と言わず・・全てが〜戦の道具に成ります。
そんな仕組みが大好き〜・・。

今日は〜ここまで〜・・・。

姫路城の〜つまらない・・キニナル〜の始まりだわ〜。
現場で話すと・・桐が無いし〜・・だ〜れにも・・相手にされないから〜・・沈黙していたぞ・・。


















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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その二

22日(土)

三重県土山SA・・7:00〜起床〜・・明る過ぎて〜寝て居られなかった〜。

d昨夜の抜け殻〜。
歯ブラシセットを持って〜洗面〜。

a逆行に照らされたSAの建物・・土曜日もあって・・7時ごろなのに・・大勢の人で賑わっているぞ・・。
8時マジカ・・・ふと思いつきで〜まっつんさんに電話〜・・。
おお〜と・・・・土山SAぎりぎりで〜慌ててハンドルを切らせてしまったな〜・・。
待つ事・・10分〜(笑)
BlogPaint一年ブリの再開〜・・スグに・・まっつんさんお先導で〜姫路を目指すことに・・。
実は・・まっつんさん・・初日の22日は・・お子ちゃまの父兄参観日だったんだとか〜・・大丈夫なの??・・・と〜声を掛けた〜・・(笑)
我が家では・・今でも・・娘に責められることが有るぞ〜・・。

で〜・・・
BlogPaint先導して居たはずの・・まっつん号・・。

w事故渋滞の中・・前に・・別の車が〜・・。
アレッツ??・・・まっつん号??・・ナンバ〜幾つだか〜判んない〜・・。
てな具合で〜見失っている・・でも・・前の2〜3台だろう〜・・と安心していたが・・

mo(まっつんさんから・・勝手に頂いた画像)〜。
このインターの出口での事故渋滞〜・・で〜・・先に行ったらば・・緩和した走行に・・まっつん号を探すも見つからず・・・
後で気がついたら・・・

猛スピードで走行していたハズのまっつん号らしい車が〜この辺で〜左車線で80キロ走行の女の子走りをしていたもので〜・・てっきり違う車と思い込んでいたじじい〜・・。
muまっつん号の確認が出来たのは〜この位置〜。
もう~ハンドルを切る事は出来ないわ〜・・。

ゼブラで一旦停止しても良かったんだよな〜・・。

仕方なく・・この分岐で〜泣き別れ〜・・。
このまま・・名神を走りますから〜と・・電話した。
まっつん号は・・左車線の京滋バイパスへ〜・・・・じじいは・・そのまま名神高速を〜・・。

処が・・道路情報では・・西宮山口辺りで・・10キロ45分の渋滞情報が〜次々に通行中の掲示板に・・兎に角生まれて初めての路線〜ナビ頼りで・・途中情報に錯綜されながら・・・とうとう・・停止状態に成り・・宝塚ICで〜降りてしまったのが〜ウンのつき。

tどうやら・・日常茶飯事の渋滞個所で〜宝塚を過ぎれば〜普通走行だったんだとか〜。

とにかく・・一旦降りてしまったからには・・別のルートを・・という事で・・
近くのICを探し・・一般道路走行・・しかし・・メッチャ険しい山道だナ〜・・・。

帰ってからの調べで〜どうやら・・西宮山口東から・・7号北神戸線に入ったらしく

dこんな処を通り〜
dこんな場所を抜けて・・
このあたりで・・既に・・10:30を過ぎたので〜ひで社長に電話を・・
間に合わないから・・先にお昼を食べててね〜・・・車中で結構つまんでるし~大丈夫だから〜・・と軽い気持ちで〜・・・。
しかし・・結局・・姫路城へは〜更に・・一時間以上も過ぎる事に・・。
hヤット・・姫路市内の〜姫路城へ向かう道路に着いた〜・・。
m降り口には・・職場のシンボルが〜・・・。
ん〜・・心強いな〜(笑)
さて・・

hiいよいよ・・姫路城下だぞ〜・・。

で・・・今日はここまで〜・・・。
この日の到着は〜12:40ごろでした〜。












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第九回・・・やまつくオフ会in姫路・・・その一

10月22日と23日に懸けて、定例の模型仲間が集う『やまつくオフ会』が・・今年で9年目〜・・・兵庫県の姫路城下で行われました〜・・・。

既に一週間を過ぎますが〜薄らいで行く記憶を辿ってのレポ〜トです。

今年の参加者は・・お馴染み・・石川県白山市(とことんさん)・三重県津市(まっつんさん)・奈良県より(ハイギヤードさん)・北海道札幌市在住(優太郎さん)・群馬県より(ななちさんとダ〜さん)そして・・茨城より私・・大和魂・今回の幹事を引き受けてくれた〜兵庫県の屋根裏部屋の男さん〜の計八名です。

高齢者の仲間に入った〜じじいにとっての長距離運転は・・・耐えられるか〜の工程をご紹介いたします。

21日(金)
m走行予定は〜三重の土山SAまでの工程です。

夕方の16時半ごろに・・・自宅を出発〜・・。
t何時もの友部SAより・・沈みゆく夕日を右に・・常磐道に入ります。
実は・・木曜日から身内の葬儀の為に(実妹の嫁先)・・準備もソコソコに・・親類での清めも丁重にお断りして・・一時間の道のりを・・一旦、帰宅。

必要な物だけを車に積み込み・・礼服からTシャツに着替え〜軽装で乗りこみましたが〜・・・関東では夏日に迫ろうかという気温の中での準備が〜・・命取りに〜・・・。

t常磐道をひた走り・・最初のトイレタイムは・・・いつもの守谷Pで〜一服。
流山で・・7キロ渋滞の中・・小菅JcTから中央環状線経由で地下を走り抜け・・優太郎さんのマンションを左に見ながら・・大橋JCTから東名へ入ります。

ti無事にも東名高速へ入りました〜・・・途中・・渋滞も有りましたが・・平均時速・・80キロ程度の走行でした。
時間も・・既に19時を過ぎており・・・足柄辺りで〜食事休憩を〜と走りますが〜やはり・・必要なのは〜ストレス解消の〜一服。

横浜を過ぎて・・港北PAでの〜急遽トイレタイムです。
走り続ける行程〜の為・・時間もソコソコに出発。
足柄での食事を諦めて・・秦野を通過〜弟も既に帰宅して居るかな〜ナドト思いつつ・・・次に入ったのが〜・・
s新東名の静岡PA・・時間も既に〜
tこの時間・・フードコートは〜殆ど・・シャッターが半分まで降ろされています。
s閉店マジカのうどん屋さん・・に駆け込み・・本日最後のお願い〜で・・食券を購入〜。

u天ぷらうどんと・・お稲荷さんが・・夕食と成りました。

さて・・此処からが〜長丁場です。
前には・・時速100キロを絶対に超えない・・夜間配送の箱車を交わしながら〜平均110キロ程度の走行を延々・・・トイレタイムが迫るまで〜時間との孤独な戦いを勝手にしながら・・周りなど全く見えず・・頼りのナビは・・飛行機状態で〜当てに成らずに・・・まるで・・メクラ走行です。
 去年のオフ会in浜松では、新東名も浜松いなさ北JCまででしたが・・今回は・・豊田JCまでの延長に成り・・新道路を走行します。
従って・・周りの景色(夜半で判らない)など・・見る暇もなく・・まっすぐ前を見て〜走り続けます。
数度の東名高速走行も・・この時速110キロ程度と言うのが〜私のテスト結果で・・それ以上アップしても・・大型箱車に前を塞がれテ・・ストレスのたまる危険走行に成りますので〜・・この速度であれば・・車線の変更にも支障はなく・・急ブレーキをかける事も無く〜アクセルワークだけで・・安全に走行できる〜との結果が〜・・なんですが・・結構〜右足負担が〜厳しいっ!
で・・・何とか・・車内での飲み物も抑えながら〜無時に・・三重県。

t伊勢湾岸道路を経由して・・・四日市を過ぎ・・数年前は深夜の張り替え工事で〜大渋滞に巻き込まれた御在所・・四日市間でしたが・・今は車線も増え・・スムーズに走りました。

時間は〜・・23時頃無時に・・・土山SAに到着〜。
t館内を散策するも・・・特別な買い物をするでもなく・・トイレを済ませ・・タバコを〜二本。
y雲間には・・お月さま〜・・・で・・
s今年は大型模型も無いので・・いつもの寝袋を〜後部に・・寝床を確保〜・・。
23時半・・・静岡SAで購入の〜耳栓を〜使って・・就寝〜。

したのですが・・・夜中に〜半袖Tシャツでのあまりの寒さに・・起きてしまった〜。
気温は・・なんと・・11度〜・・。
用意した、スペアの羽毛マットを上に懸け直し・・・・無事に呼吸が止まる事も無く・・また・・他の車のドアの開閉に悩まされることも無く〜安眠しました〜・・・。


この日の延べ運転時間は〜・・葬儀終了の14時からですので・・九時間〜。
那珂湊市からの走行が一時間〜だから・・八時間の連続走行。

これが・・・明日の失態に・・変わるとは・・・。
後になって〜後悔しましたが〜やはり・・・京都か大阪辺りまで〜この先・・二時間程度の走行をして於いた方が〜良かったな〜・・。

初日はここまで〜・・・。















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1/48一式陸攻作成機を追撃するP−38の制作記・・・63

オフ会まで〜一週間を切り・・焦りだして・・テ元が狂う毎日の製作です。

s車輪の収納庫も無事に・・完成し・・

sいきなりですが・・・前輪の収納と合わせ・・三点主輪の完成です。
が・・当初想定していた・・収納状況の再現は〜出来ない状態で・・固定しました。

suただ・・・ひで社長の・・・アノ・・零観と同じ様に〜・・・フロントが〜・・・軽いっ!
で〜・・・自然に・・離陸状態に成ってます(笑)

s機体の上部を仮置きして・・・機密保持と共に〜全体像を~お知らせいたしました。
カラーリングは〜間に合いませんので〜シルバーで行きます。



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1/48一式陸攻作成機を追撃するP−38の制作記・・・62

k
間があいてしまった・・・・p-38 Lightning制作記〜・・。

su此処までだった
モノを・・仕上げ〜。

s主輪の製作
間違いなく・・スプリングが入っている説明画像。

s作り上げて・・0.5ミリピンで接続仕上。
s二つ揃ったので・・ブレーキパイプを付けようとして〜大失敗。
ハンダが〜・・溶けて・・バラバラに〜・・。
成ったのを・・再度・・着け直して・・・。

bb

機体内部の塗装。

と・・

b主輪収納庫内部の塗装を完了し・・。

s左右対称に組み上げ〜接着した。

sこんな・・細かい引き揚げ器具関係の小物も造って・・・後は・・オイルクーラーパイプの接着を待つのみ〜・・・だが・・。
何故か・・サイズが合わない〜・・ので・・後回し。

で・・・

s横方向からの画像も添付
で・・・・。
k機体のベース塗装を〜シルバーで・・噴いてみた。k尾翼も一緒に〜・・。
両脇にはみ出しているのは〜モーターライズ用のコード。
で・・・・此処からは・・・秘密の作業に入りますので〜・・・詳細は・・オフ会が終わった後に・・のせます。

仕上は・・オフ会・・・22日〜・・で。

エッ・・・・あと・・8日しか制作日が〜ないのか・・・。

という事で・・・・残念ながら・・オフ会には・・このシルバー機体で持ち込みます。

残念だわ〜・・・オフ会が・・29日なら良かったノニナ〜・・。

って・・・・一年前に決まって居たのに・・何ヤッテンダ〜・・でした。
それより・・・2月から始めて・・・出来上がんネ〜・・・のが・・変だ。

 

と・・・あくまで・・自由奔放な制作をしてます・・ので。

造りたいときに・・気が向けば・・造るのが〜自分流です。









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1/48一式陸攻作成機を追撃するP−38の制作記・・・61

p-38の双胴部分にある・・・・車輪格納庫内の配管を造っている。

kまで・・・だった収納庫内に

su0.3ミリ鉄線で造った配管を・・仮置きしてみた。
序に・・・
s車輪軸に・・・オレオを接合して・・バネを仕込んで〜進んでみた。

p造っているのは〜・・・この部分・・ダ〜・・・。
組立して・・ピンを通して・・・キャップして・・ハンダ付けした。

s・・・転がして・・遊んでみた。
ボヨ〜ン・・ボヨヨ〜ンン〜・・が・・たまらなく・・イイ〜・・。
追加で・・ブレーキオイルホースと・・・配管を〜加えなければ〜ダナ。
だから・・・4センチ×6センチ再ゾの世界ダッテバ・・ヨ。

sう少しで〜収納庫が終わる・・けど。
雨降りで〜塗装が出来ない〜・・。
今日は〜台風前の晴天〜・・だから・・思い切って〜何が何でも〜塗装するゾ。
で・・・明日から〜手抜きの連続作業で〜完成させなきゃ〜・・まにあわね〜・・。






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1/48一式陸攻作成機を追撃するP−38の制作記・・・60

p先週までの作業で・・
何とか・・車輪の主要部の収まりが確認できたので〜・

収納庫内の製作に入る

d0.5ミリの銅線を〜・・12本・・直線に〜加工。

d結束部を・・0.5ミリのプラを使って・・貫通用の穴を5か所。

d左右分・・・作ってみた。

b・・曲げ加工をしながら・・結束具の追加をし〜・・収めてみたら。

だいしっぱい〜・・他の部材とのバランスが悪い。

ので・・・

3今度は・・0.3ミリの〜鉄線しかなかったので〜これを代用して・・造り直し〜・・・・3

同じ様に・・・0.3ミリの貫通結束具を造り〜・・まとめてみた。

k・・同じように・・曲げ加工を施し・・結束具の二個目を造って〜庫内に仮置き〜・・。

今度は・・車輪支柱も立ててみた。
・・今度は・・見た目が良いし・・気に入ったので〜このまま・・いくぞ〜・・。

oいて有るだけなので〜・・浮いてるけど〜・・。

5本のパイプが〜複雑に入り組んで曲がっているので〜・・・ん〜・・めんどくせ〜作業だな〜・・好きでやってるんだが〜(笑い)
今週中に〜この収納部分は〜完成させないと〜もう〜日にちが無い〜・・。
手抜きはしないが・・・・間に合わないぞ。









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忘れていた・・・上田〜善光寺・・続

閉め無時・・大宴会も終了し・・・夜の〜大人の遊びも〜無視して・・ホテル近くのら〜めん店へ下駄を鳴らして〜直行し〜・・就寝した一日目〜。

hani12日は・・8:20出発予定〜で6:00起床・・・・
予報では・・アメ〜だが・・・日頃の行いが〜イイらしい。

t朝食を〜掻き込んで〜・・バスに〜。

今日の予定は・・松代の「真田宝物館」

s館内は撮影禁止の為〜・・これだけ〜・・。
これは・・江戸時代の松代城〜・・・城らしい造形には成って居るが〜・・ここも上田城同様〜天守閣の無い城郭なのだ〜・・
私の記憶の中では・・江戸時代を生き抜いた真田家が・・・初代の長野県知事に成って居るはず〜・・。
それよりも・・この城は・・武田晴信が〜統治した「貝津城」だったところ〜・・。
館内は・・某Tv局の放送真っただ中〜ということも有って〜多くの観光客が入場中。
旅行会社手配の現地説明の方が付いて〜・・・私の質問に〜驚くほど〜的確に説明してくれたぞ〜・・・勿論・・・教科書には載って居ない・・歴史好き爺さんの質問に〜(笑)

ここでも・・真田家の結束の強さが確認出来て〜満足でした〜(笑)

多分??・・・放送では描かれないと思うが〜・・・真田信繁が・・大阪冬の陣で〜出丸を築き・・徳川軍と戦った〜戦力は・・・真田の郷の兵力と物資力の・・上田時代の旧家臣が・・徳川の眼を欺いて・・裏工作が有ったから〜・・とか・・真田幸村の名前は〜この当時は存在しない〜とか・・・・。

因みに・・「幸村」の名前が出たのは〜江戸時代中期の〜講談から〜・・。
「儀」の為に徹底的に徳川に反抗し・・・徳川家康が・・恐れていた名刀「村正」から充てこんだ「村」と・・父・・真田昌幸からの「幸」・・の文字で、後日に命名された〜いう説が〜・・・である。
で・・もう一つ。
今・・映画で話題の「真田十勇士」・・これも〜実在しない〜のである。
何故か・・この様に湾曲される程〜話題性の有る人物で有る事は確かなのだが〜・・・史実が正当に伝わらない・・という・・世の常に・・何故か抵抗のある・・じじいである。
 私の中では・・・戦国時代・・武田信玄の戦法・戦術を伝承し・・・徳川家康の命を2度も脅かした名武将なのでだ。

zんで〜・・・次に向かったのが・・・善光寺。

z昨年の時の〜この御柱も・・・

hわると・・・境内西側に移動され〜この様に成って居る。
7年毎〜だから・・・・此処に7本〜都合・・50年の経過が〜・・・。
で・・・私は・・既に何度も訪れている勝手知ったる〜「善光寺」
お彼岸まじがなので・・お墓参り〜と云う事で・・親類の家に〜別行動。

m一路・・観光客の逆走行〜・・仁王門を抜け・・門前通りをまっすぐに下って〜・・

権藤の〜「明光寺」へ〜片道〜10分。

gここは・・・私の祖母の弟が眠るお寺・・。

その・・・入口に有る・・

m「森田ベーカリー」はその祖母の弟(大叔父)が開いたパン屋。
大叔父は戦前に日清製粉の営業でこの地に有ったパン屋さんの娘を見初め・・所帯を持った。
今は母の従妹兄弟が・・経営しているが・・私のハトコ達は・・サラリーマンで〜アトは継がないらしい。
勿論・・大叔母は96歳で存命なのだが〜別の住居なので〜逢う事は出来ないが〜お土産を〜置いてきたぞ。


 私は・・3歳の頃から〜此処へは着ており・・御向かいの骨董屋さんの同い年の娘さんとは〜仲よく遊んだ記憶が有る・・そんな処〜・・。

私の母も・・昭和25年ごろの旧姓時代に・・4年間働いた地元名店のベーカリー・・その後・・母の弟が就職し・・従妹同士でパンを焼いていた。
ここへ・・来るのが〜目的で〜・・・一年ブリだが〜・・・いきなり作業場へ入り込んで〜驚かせてやったぞ。

お墓参りもソコソコに・・・一時間の時間を有意義に使っての別行動〜挨拶をシテ来た・・・と云っても・・私とは10歳も離れていないのが〜母の従妹なのだが・・。
帰りには〜持ちきれないほどの〜パン〜・・・何時も〜すみません。
m今度は・・・権藤から〜善光寺裏まで〜昇り坂を〜20分も昇りつめて・・バスの待つ駐車場へ
無事〜バスの集合に〜間に合いました。

o帰り道は・・荻野屋で〜昼食〜。

k写真撮りが〜早かった。
が〜・・釜めしでは無かったな(残念)
次は・・・

yお決まりの・・横川SAに立ち寄り・・最後のお土産は〜・・・勿論・・

oこれだ
やまつく名物〜群馬特派員よりのおすすめ品を無事にゲット〜・・3箱も買ったぞ〜。

y〜・・・・妙義山も〜見納めジャ〜・・・。
帰りの車中は・・・カラオケやら・・釣りバカのDVDやらで〜盛り上がり・・

17:40無事に〜帰宅いたしました〜・・。

忘れ去って居た・・信州上田・善光寺の組合旅行記〜・・無事終了です。

って??・・・とことんのオッサンは・・上田に・・何をしに・・行ったんだろ??
それは・・忘れない記憶です。


















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忘れていた・・・上田〜善光寺・・

先週の事なのに・・既に・・忘却〜・・・だった・・。
宅建支部の旅行〜・・(笑)
ひで社長に言われて〜・・思い出した・・レポ〜ト〜・・。

いや・・・帰って来てからの仕事が少し・・ハ〜ドデ〜・・。

で・・事の起こりは・・・9月11日カラ〜の始まりです。

kuwa今回は珍しく・・友部の団体が〜最終乗車出〜乗りこんで10分程度の〜笠間SAで〜トイレタイム・・。

そのあと・・・一路〜高崎方面へ。
途中・・栃木の出流原SAで〜休憩し・・・

k次のトイレ立ち寄りが〜甘楽・・ここは・・あの・・秘境の地〜お猿とであったオフ会の地の近く〜・・。

それから・・佐久ICで行った降りて・・

DSC01617佐久平プラザで〜お昼食〜。

hukuhara・・話題の〜六文銭〜・・だけど・・量が〜足りネ〜・・蕎麦とうどんと干瓢巻〜。

で・・最初の観光地は〜今・・話題の上田城・・跡・・正式には・・「上田城跡」だぞ。

u前に・・金沢のおっさんが〜急に行って来たらしい〜ところで〜・・一枚。

でも・・これは・・再建の櫓と門〜だと言うのは〜知ってか知らずか〜・・。

u昔の御城あとは〜コンナンダ〜・・。

私が初めて行った頃は・・マダ・・再建中だったぞ。

因みに・・駐車場の部分も〜・・u
昔は〜たんぼ〜・・。

この日は・・偶然に・・TV放映で〜真田氏にとって・・徳川との第二回目の上田合戦〜の放映日で・・その日に・・上田城跡を観に言った訳〜(笑)

因みに・・前の週に放映された・・・犬伏の親子別れの場は〜以前住んでいた・・栃木県佐野市の唐沢山〜でしたね。

真田氏は・・正直・・教科書では出てこない・・何故か??

それは・・まるで・・おとぎ話の〜こうもり〜右へ着いたり左へ着いたりで〜評価が悪かったから。

でも・・戦国時代の世としては・・それも・・戦略の一つ〜。
私は・・若いころから・・真田氏の「儀」・「仁」について・・大好きな武将で〜・・武田信玄を尊敬していた〜ので・・・有意義に城見物をしてきました。

で・・次に行ったのが〜・・みそ工場〜

mこれが・・一日目の再g〜・・

で・・4:30頃には・・上山田温泉に到着〜・・。

待っていたのは・・

eご宴会〜・・私が〜おおとりで〜松山千春の〜♪広い〜大地の〜そのなかで〜・・♪・・を歌って〜無時終了〜・・・。
oお開きに成ってからは〜おなかが空いて〜近くのラ〜メン店で〜台湾ソバ〜を食べて〜就寝〜・・・。

一日目〜終わり〜・・・。








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1/48一式陸攻作成機を追撃するP−38の制作記・・・59

オフ会が一ヶ月に迫り・・・作業時間を毎夜21時からに繰り上げたが〜・・能力不足で〜進まない・・牛歩作業中・・。

pいよいよ・・収納庫に仮設置してみたらば〜・・シャフトの長さが・・不足〜・・で

pアームを真っ二つに切り取って〜付け足すやら・・・切り取るやら〜の作業〜。

で・・・何とか収まったが〜・・。

p離着陸状態の・・芦田氏・・じゃ無くて・・脚出しの状態は〜良いのだが・・。
pうしても・・・収納時の状態に〜0.5ミリ程度の余分な無理が生じて〜若しかして??・・・と云うよりも・・このままでは格納出来ない事が〜今に成って判明〜・・。
どうする・・どうするヨ〜・・

pだから・・・結局〜この状態で・・固定しなければ〜都合が悪く成って居る。
何故だか・・原因を追究する余裕もなく〜・・このまま・・突き進む事にした。
けれども・・・多分??・・・・作業するハメに成りそうだナ〜・・・ぶつぶつ・・・。

所詮・・本物の機能を模型に備えるには〜ムリが有るようだナ〜・・と・・つくづく思い知らされた・・・が〜・・・意地でも・・やってやるゾ。
ン〜・・・・僅か・・0.5ミリに泣く・・・だから・・・ますます・・完成が遠のいてしまう〜・・。




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