溜め池堤防の草刈りも無事に終わりました。


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約30名の草刈り機を背負った人たちが1列になって斜面を進む様子は壮観です。

しかし、ため池の直ぐ下の田んぼは相変わらず水不足。
田植えは終わってますがあと何日か雨が降らないと
ひび割れてしまいそうです。 
夕方に雨乞いの浮立(ふりゅう)をするので、そこそこの御利益があればいいのですが。

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その後午後からは豊作を祈願しての田祈祷。 

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町内の食改さん(食生活改善グループ)の奥さんたちが朝から作ってくれた
ご馳走を食べながら懇親を深めます。

私は毎年これはウーロン茶で。
今まで酒を飲んでた時も、夕方育苗ハウスを閉めて冷房する仕事があるので 昼間は飲みませんでした。
そのかわりそれを終えると大酒を飲むのでした。
全部一気に取り戻そうとするみたいに。  


そして雨乞いの浮立。

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こうやって小さな町内のお祭りは終わるのです。
何の疑いもなく。楽しく、幸せに。


もしこのまま酒を飲まないのなら、この親愛なる人たちと一緒に酔っぱらって
大騒ぎをする事がもうないのだろうか。
少し寂しい気がします。

私が依存症だったかどうか、そんな事はもうどうでもいい事です。
アルコールの病気は『不治の病』だと言われています。
酒量を減らして適正な飲酒に戻すことは不可能だと。
だから断酒しか治療法はないと。

すごく悲しい病気のように思えます。

しかし、それってまず大前提が間違ってないでしょうか。

適度な量の酒を友人たちと酌み交わし楽しく飲む事が人生の一番の幸せだというのが前提だったのだとしたら。
これはただの思い込みだったのかもしれません。
だいたい何をもって適度だと言うのか解らない。
そんな事が一番の幸せだなんてつまらない。 
そもそも、もともと酒の飲めない人は始めから人生のクオリティーが低いことになってしまう。
実際、飲み会で酒が飲めない人はお気の毒みたいに思うこともありました。  
 しかし、この前提そのものが間違いだったのだとしたら
酒を飲まないのは悲しくも寂しくもない事で
これから先の人生はいい事ばかりじゃないですか。

そう思い込もうと思います。

価値観の総入れ替えが必要です。
 
少し悩みが解決しました。






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