最近流行ったテレビドラマに「JIN~仁」という、幕末にタイムスリップした医師南方仁の活躍を描いたものがあります。その中に、仁先生が開発した新薬の製造費用調達のため、坂本龍馬が悪徳医師から新薬のノウハウと販売権を担保に400両の借金をするという場面がありました。龍馬は、7年後に返せばよいと言われ、借用証書をろくに読まずにサインし、千両箱を持って仁先生の元に急ぎます。しかし驚くなかれ、借用証書には返済期限は7日後となっており、期限に悪徳医師が取り立てに来た、さてこのピンチを仁先生はどうやって切り抜けるのかというお話です。

 

ドラマでは、別の資金提供者が現れ、めでたく借金を返済して新薬を守ることができたのですが、ひるがえって考えると、この借用証書は明らかにおかしい。もちろん、返済期限が7日後という点がおかしいので、それでも借用証書にあるとおり7日後に返済する義務があるとするのは、いかにも正義に反するように思われます。

 

では、法律家はそれをどう説明するか。もちろん、現代の民法を適用したらどうなるかということです。




 

まず、借用証書に書いてある7日後に返済するという約束それ自体が契約として成立しているのかという点が問題になります。契約書を読まずにサインしても契約は成立したといえるのかということです。これについては、龍馬は借用証書に期限が7日後となっているのを知らないから、それに拘束される意思はなかった、だから契約は成立していないのだという考え方があるでしょう。他方、契約書にはそう書いてあるのだから、そのとおりの契約が成立したのだという考え方もあるでしょう。前者を意思主義といい、後者を表示主義といいます。

 

契約の法的拘束力の根拠は、個人の意思に基づく約束だからであり、それは、人は自らの意思にのみ拘束されるという近代的自由主義の帰結だとされています。であるなら、意思主義を貫き、当事者が契約内容を認識していない以上、契約は成立していないとすべきではないかといえなくもないでしょう。しかし、人の内心の意思など外部からは分かりませんから、外部に示された表示から意思を推測するほかない、でなければ安心して取引をすることができないという表示主義の考え方は説得的です。

 

取引に関する民法、商法の世界では、取引の安全の保護という観点から、基本的に表示主義が適用される場面が多いといえます。表示主義によれば、龍馬がサインした借用証書に書いてあるとおり返済期限は7日後という契約が成立したことになりそうです。

 

しかし、表示にしたがって契約が成立したからといって、常に法的拘束力があるとは限りません。心裡留保、虚偽表示、錯誤のように、表示と内心の意思が一致しない場合に契約が無効となる場合のあることを民法は認めています。民法は表示主義と意思主義を折衷させる立場をとっているのです。このことは既に説明しました(「契約書の文言と内心の意思が一致しない場合」)。

 

では、これが龍馬に当てはまるでしょうか。心裡留保と虚偽表示は、真意と表示に食い違いがあることを表意者が知っていることが前提ですから、借用証書を読んでいない龍馬には当てはまりません。それに対し、龍馬は、内心では返済期限は7年後のつもりで7日後という表示をしていますから、これは錯誤により無効だということがいえそうです。

 

ただ、借用証書には明確に返済期日が書かれており、それさえ読めば一目瞭然でした。それを読まなかった龍馬には重大な過失があり、民法95条ただし書きにより無効を主張できないのではないかという疑問があります。また、ドラマでは悪徳医師が「7年後に返せばよい」という発言をしていますが、裁判では「言った、言わない」の争いになり、錯誤そのものが立証できない可能性もあります。

 

龍馬がサインした借用証書の最大の問題点は、400両もの大金の返済期限がたった7日後という、債務者にとって著しく不利な内容になっていることです。

 

このような場合、そもそもそのような不利な条項について契約は成立していないのではないかという問題提起があるのです。

 

昭和44年3月に賀集唱判事が判例タイムズに寄稿した論文に「盲判を押した契約は有効か」というものがあります。「盲(めくら)判」とは、契約書を読まないでサインすることを指す言葉であり、差別用語として現在では放送禁止となり、活字媒体でも使われることは少ないでしょうが、少し前までは普通に使われていました。ともかく、この論文はなりたての判事補にとって必読の文献であり、私も読みました。その中に契約書の機能と問題点について有益な指摘がなされています。宮川種一郎・中野貞一郎編集「民事法の諸問題第Ⅴ巻」(判例タイムズ社)1ページから引用します。

 

(契約書は)当事者をして法律効果を熟考せしめ、まじめに決意させるとともに、契約の内容と成立時期を明確にし、証拠を保存することとなり、予備交渉との区別を容易ならしめる機能がある。また、証書は、契約の成立とその内容につき後日の立証手段となり、裁判所において、契約書にもとづいて解決してもらえる機能もある。

 

その反面、これら確認機能や立証機能のあるところから、証書は、ときには、善意のそして弱い立場の無経験者を良心なき相手方の利益の犠牲にすることがある。いわゆる盲判をおさせる場合がその典型である。

 

賀集判事はこのように指摘したうえで、相手に不利な条項のあることを説明せず、むしろ隠すようにして調印を迫り、内容を十分に読む時間的余裕を与えないまま、判をおさせたような場合は、あたかも、契約書を広げながら問題の条項を隠したのと同様である、あるいは、後から勝手に書き加えたのと同様であるから、その部分について契約は成立したとはいえないとされます。

 

このような考え方とは別に、著しく不利な契約条項は裁判所が改定してよいという考え方もあります。民法1条2項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定しており、これを信義誠実の原則といいます。判例によれば、信義誠実の原則は契約の趣旨の解釈にも基準となるとされており、契約書を文字どおり解釈することがあまりに不当な場合、信義誠実の原則により契約の効力が否定され、あるいは内容が制限されることもあるというのです。

 

平成の初期にダイヤルQ2というサービスが流行りました。NTTの加入電話約款では、加入電話からの通話については、契約者以外の者が行ったものであっても契約者が通話料支払義務を負うことになっており、未成年者が親である契約者の承諾なしにダイヤルQ2を長時間利用して高額な料金請求を受けることが社会問題となりました。ダイヤルQ2料金の支払を拒否した契約者に対してNTTが料金請求訴訟を起こしたのに対し、最高裁は次のように述べて、請求の一部を棄却しました。

 

加入電話契約者が料金高額化の事実および原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生したQ2通話料についてまで、本件約款の規定が存在するとの一事をもって加入電話契約者にその全部を負担させることは、信義則ないし衡平の観念に照らしてただちに是認しがたい。

 

以上のような考え方を当てはめると、龍馬がサインした借用証書についても、返済期限に関する部分については、契約の成立が否定され、あるいは、信義誠実の原則によって合理的なものに制限される可能性もあると思われます。

 

話がいささか複雑になってしまいましたが、要するに、契約書を読まないでサインしたからというそれだけの理由で契約の効力を否定されることはありません。しかし、契約締結にいたる事実経過、契約書の内容、契約後の事情変更によっては、契約が成立していないとされる場合がある、あるいは契約は成立したとしてもその効力の全部又は一部が否定される場合もあるということです。

 

会社間で法務担当者同士が協議する場合には、契約書の中身を読んでいなかったというのは考えにくいことです。しかし、個人と契約する場合には、契約書を読んでいなかったという言い分が出ることは十分にあり得ます。契約書の内容が個人にとって著しく不利なものではないか、契約内容を相手方によく説明したかという点に気を配り、後日契約の効力を否定されることがないようにすべきでしょう。


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弁護士 喜多村 勝徳

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