契約書には原則として何を書いても構いません。契約の法的拘束力の根拠は当事者の意思にありますから、当事者が自由な意思で約束した事項は、原則としていかなるものにも法的拘束力が認められます。これを契約の自由の原則といいます。

 

しかし、契約の自由にも限界があります。この点について、民法は次のように定めることでその限界を示しています。

 

民法90条(公序良俗)

 公の秩序又は善良な風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とする。

 

ここにいう「公の秩序」とは、国家社会の一般的利益を指し、「善良の風俗」とは、社会の一般的道徳観念を指すといわれています。しかし、この二つを明瞭に区別することは難しく、一括して「社会的妥当性」といわれています。契約の法的拘束力を認めることが社会的に見て妥当性を欠くときは、契約を無効にしようという考え方です。なお、法律行為とは法的効力を発生させる行為一般を指す用語であり、契約もそのひとつですから、公序良俗に反する契約は無効ということになります。

 

では、具体的に公序良俗に反する契約にはどのようなものがあるのでしょうか。

 

かつて、芸娼妓契約といって、未成年の娘の親が売春業者から借金し、借金のかたに娘を売春宿で働かせ、その報酬を弁済に充てるという、まさに人身売買といってよい前近代的で個人の尊厳を無視する契約がありました。もちろん、吉原などの遊郭で公然と人身売買が行われていた江戸時代ならいざ知らず、近代国家を目指した明治政府が人身売買を公認するはずもなく、明治初期に芸娼妓解放令が発布され、裁判所も、早い時期から、売春婦として働かせる契約は公序良俗に反して無効であるとしていました。

しかし、娘の親が前借金をすること自体は、民法上認められた消費貸借契約ですから、当初裁判所は、芸娼妓契約のうち前借金の部分は有効であり、親は借金を返済する義務があるとしていました。前借金も公序良俗に反して無効という判断がなされるのは、昭和30年の最高裁判決を待たねばなりませんでした。

 

最高裁で問題になったのは昭和25年愛媛県宇和島での出来事です。16歳にもならない娘の親が、料理屋をしている者から4万円を借り、その代わりに娘を酌婦(実体は売春婦)として働かせ、その報酬の半分を弁済に充てるという契約をしました。娘が半年ほどで逃げ出したので、雇主が親と保証人に貸金の返済を請求する訴訟を提起したところ、原審の高松高裁が前借金は有効であるとして雇主の請求を認めたのに対し、最高裁はこれを破棄して請求を退けました。最高裁は、前借金は酌婦として働くことと実質的に不可分だから全部無効だというのです。

 

前借金を無効とすれば、借金を次々に踏み倒して娘をあちこちの売春宿に売ることができるので、娘を食い物にする親を利するのはおかしいという議論があり、裁判所が当初前借金を有効にしたのはそのためです。しかし、前借金に法的拘束力を認めれば、売春業者は最低でも貸した金を取り返せる(親に金はなくとも、保証人から返済を受けることができる)ので、芸娼妓契約はいっこうに減ることがありませんでした。しかし、最高裁が前借金を無効にして返還請求を認めず、人身売買に国は一切法的保護を与えないことを明確にしたことで、そのような契約を締結する意味を失わせることができたのです。

 

芸娼妓契約のような人身売買が公序良俗に反するというのは、現代人の感覚から言えば当たり前過ぎるほどですが、実は、契約が公序良俗に反して無効となるのは、このような時代がかったものばかりではありません。

 

最高裁は、公序良俗に反するか否かは、契約がなされた時点の公序に照らして判断すべきであるとしています。時代の趨勢によって公序良俗の中身は変わるものであり、現在公序良俗に反しないと考えられていることでも、いずれ公序良俗に反することになるかも知れないし、その逆もあり得るということです。

 

裁判所としても、公序良俗という抽象的な概念を使うことで、その時代の社会の一般常識を反映した解決をすることができるというメリットがあるので、今後も公序良俗違反を理由に契約が無効とされる事例は出てくるでしょう。

 

昭和56年の最高裁判決に、女子の定年年齢を男子より低く定めた就業規則は、性別のみによる不合理な差別であり公序良俗に反し無効であるとしたものがあります。憲法14条が定める法の下の平等は、ほんらい国家に対する国民の基本的人権として位置づけられていますが、民法90条を媒介とすることで、憲法14条が間接的に私人間にも適用されているのです。

 

投資取引で約束した運用利率を達成できなかった場合、資金運用を任された証券会社が顧客に損失を補填するという約束をすることがありました。かつては、このような損失保証契約は証券取引法違反であり、関係者が処罰されることはあっても、契約それ自体は有効と考えられていました。しかし、平成元年末にそれが社会問題化し、大蔵省の通達が出されるなど社会的非難に値する行為であるとの認識が形成されたことから、平成9年に出された最高裁判決は損失保証契約を無効としました。公序良俗の意味が時代の趨勢によって変わって来る一例だといえましょう。

 

不倫関係を維持・継続するための贈与や遺贈は、婚姻秩序・性道徳の観点から公序良俗に反するので無効とされています。ただ、最高裁は、妻子ある男性Aが、死亡前約7年間にわたって半同棲状態にあった女性Yに遺産の3分の1を遺贈するという遺言を行った事案で、それが不倫関係の維持・継続ではなく、もっぱらAに頼って生計を立てていたYの生活の保全が目的であるから公序良俗に反しないとしました。これは昭和61年の判決ですが、最近では、たとえ不倫関係を維持・継続するための契約であっても、それを無効とするのは、国家による私生活への不当な干渉だという議論すらあります。不倫に対する社会一般の意識の変化が反映しているのでしょうが、裁判所はそこまで割り切ってはいないものと思われます。

 

その他、近年において、公序良俗違反を理由に契約を無効とした最高裁の判例には、以下のようなものがあります。

 

金地金の先物取引について、先物取引の顧客としての適格を欠く主婦を相手に、長時間執拗に働きかけ、取引の投機性や保証金の必要等につき十分な説明をしないなど、著しく不公正な方法によって勧誘がなされたときは、その先物取引は公序良俗に反し無効であるとしたもの (昭和61年)。

 

労働組合の組合員であることを雇用の条件とする労働協約(ユニオン・ショップ協定)のうち、ユニオン・ショップ協定を締結した労働組合以外の労働組合の組合員は解雇しなければならないとした部分は、労働者に解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制するものであり、労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害するものであるから、公序良俗に反し無効であるとしたもの(平成元年)。

 

著名な米国ポロ社のロゴと同一又は類似のものを使用した模倣品をポロ社の真正な商品であると誤信させて大量に販売し利益をあげようと企てた行為は、経済取引における商品の信用の保持と公正な経済秩序の確保を害する著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、そのような取引を内容とする商品の売買契約は公序良俗に反し無効であるとしたもの(平成13年)。

 

契約を締結するに当たっては、契約の自由にも限度があることをわきまえ、特に会社と個人との契約について、公序良俗違反とならないよう注意すべきです。公序良俗違反を理由に裁判で契約が無効とされれば、会社にとって大きなダメージとなるからです。


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弁護士 喜多村 勝徳

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