コードギアス

2008年04月21日

『コードギアス 反逆のルルーシュR2』第2話・第3話

コードギアス 反逆のルルーシュ - livedoor Blog 共通テーマ

 ○第2話
 かつて莫逆の友だったが、諍いとすれ違いの果てに敵同士となった“枢木[くるるぎ]スザク”によって神根島で捕えられ、父親である皇帝“シャルル・ディ・ブリタニア”のもとに連れてこられた“ルルーシュ”は、まだ利用価値があるという深慮遠謀のもと、彼のギアス能力によって記憶を捏造させられてしまう(そして“スザク”はこの功により皇帝直属の親衛隊「ナイトオブラウンズ」に加わる)――かような過去があって“ルルーシュ”の現在があったのだが、“C.C.”との再びの邂逅によって記憶を回復した今、彼は再び「ゼロ」として帝国打倒に燃え上がる。「黒の騎士団」の残党と帝国軍の戦闘が続くバベルタワー内で、“ルルーシュ”は再びナイトメアフレームを駆りながら、持ち前の策士ぶりを発揮して次第に仕込みを固めていく。が、ここで正体不明のナイトメアフレームが現われ、事態は一挙に混沌としていくが、すんでのところで仕込みを終えた“ルルーシュ”は、バベルタワーを爆破して崩壊させることで、帝国軍に壊滅的な打撃を与える。そしてあらかじめ手配していた中華連邦の総領事館に赴き、そこで「合衆国 日本」の建国を再び宣言するのだった……

 ○第3話
 正体不明のナイトメアフレームを駆っていたのは“ルルーシュ”の弟という態で“ヴィレッタ”率いる監視班に加わっていた“ロロ”だった。「ゼロ」=“ルルーシュ”という目算のもと、中華連邦総領事館前に現われる“ロロ”だが、彼が学園にいることを知らされ、立ち去らざるを得なくなる。「黒の騎士団」の残党を総領事館から引きずり出したい帝国側は、既に捕えていた“玉城”や“藤堂”といった面々を公開処刑することに。かように風雲急を告げる中、偽りの弟“ロロ”に照準を定めた“ルルーシュ”は表向き平穏に学園生活を送りつつ機を窺う。そしてその好機は半ば偶然にやって来た――“ルルーシュ”同様生徒会メンバーである“シャーリー”が教師をしている“ヴィレッタ”への誕生日プレゼントを何にしようか訊ねてきたのだ。彼女とともにショッピングモールに赴き、いろいろ物色する“ルルーシュ”。デート気分の“シャーリー”を逆手に取り、界隈をパニック状態に陥れることで監視班を煙に巻いてしまう“ルルーシュ”。そして一挙に“ロロ”を伐とうとするが、しかし彼もまた自分と同じくギアス能力者であることを“ルルーシュ”は逆に思い知らされてしまう……

――

(a suivre)



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2008年04月06日

『コードギアス 反逆のルルーシュR2』第1話(新番組)

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 一昨年10月から昨年3月まで放送された『コードギアス 反逆のルルーシュ』の続編。

 近未来。日本は「神聖ブリタニア帝国」によって併呑され、「エリア11」と呼ばれるようになっていた。かつてブリタニア皇族であったが、人身御供としてその日本に放逐された青年“ルルーシュ・ランペルージ”は、ある日成り行きで助けた謎の女性“C.C.”から「ギアスの力」を授かる。相手を意のままに操ることができる力を得た“ルルーシュ”は、自ら「ゼロ」を名乗り、反帝国を掲げる武装組織「黒の騎士団」を結成する。全ては、皇族内の権力闘争で殺された母の敵を討ち、帝国を滅ぼして新世界を作るため。しかし、彼のそんな行為は周りの人々を巻き込んでオオゴトになっていき、次第に彼自身もその渦中に飲み込まれていくのだった……――以上が前作『コードギアス 反逆のルルーシュ』の超乱暴なあらすじ。さて、それを受けて始まった今回は……

 「黒の騎士団」による反乱「ブラックリベリオン」から一年――反乱はあらかた鎮圧され、帝国のもとでトウキョウ租界は復興への道を邁進していた。そんな中、租界内にある「アシュフォード学園」に通う“ルルーシュ・ランペルージ”は、体育教師“ヴィレッタ”から逃げ切って授業をフケてしまう。弟“ロロ・ランペルージ”とともにその足でバベルタワーに赴き、カジノでかつてのように賭けチェスに興じる“ルルーシュ”。が、そのとき“C.C.”率いる「黒の騎士団」の残党が上空から襲撃。阿鼻叫喚の中“ロロ”を連れて逃げる“ルルーシュ”だが、彼とはぐれてしまう。彷徨う“ルルーシュ”の前に“C.C.”が。迎えに来たと言う“C.C.”に怯える“ルルーシュ”。だが、そんな二人の前に、皇帝直属の治安部隊が現われる。実は“ルルーシュ”は「黒の騎士団」の残党を燻り出すために前々から監視下に置かれていたのだ。役目は終わったと言い放ち“ルルーシュ”を殺そうとする治安部隊。その時、“C.C.”はおもむろに彼にキスし、精神と感応する。それを享けて全てを思い出した“ルルーシュ”は再び「ギアスの力」を発動させ、治安部隊を全滅させる。かくして、再び「ゼロ」として甦った“ルルーシュ”の明日はどっちだ……

――

 前作『コードギアス 反逆のルルーシュ』は、『無限のリヴァイアス』や『スクライド』『プラネテス』といった佳作をこれまでものしてきた谷口悟朗氏の新作であったことやキャラクターデザインにCLAMPが起用されたこと、そして何よりケレン味たっぷりに振り幅の大きい超展開をこれでもかこれでもかと繰り出してきたことで異様な大ヒットとなったもの。それを受けてこの『(略)R2』も放送前からかなりの注目を集めており、当方も割と気になることしきりだったわけで。――そうして迎えた第1話は、劈頭いきなりギャルゲー学園モノっぽい展開だったことに面食らいつつ、しかし終わってみれば“ルルーシュ”が「ゼロ」としての記憶を取り戻す話だったわけで、快楽原則に寄り添いながらも強烈な膂力でものすごい方向に振ってみせる力技を堪能できる話だった次第。前作において遺憾なく発揮されたハチャメチャな巧みさは今回も健在だったわけで、やっぱこの作品(に限って)はこうでなくちゃなぁと思ったのが当方だけならばそれでいい(爆)。
(a suivre)
 



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2007年07月29日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第24話・第25話

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 ○第24話
 “C.C.”とともにガウェインを駆り、ついにトウキョウ租界を指呼の間に捉えた“ルルーシュ”。そして、租界のビル群が突如崩落したのを合図に戦端が開かれる。混乱のうちに“ルルーシュ”率いる反乱軍は進撃を続け、帝国軍は政庁地区までの撤退を余儀なくされる。一方、“ルルーシュ”はアシュフォード学園を“扇”に占拠させ、そこを前線基地とする――全ては“ナナリー”を守るため。かくして、戦いが反乱軍の首尾に終わるかと思われたその時、“ユーフェミア”を殺した“ルルーシュ”への憎しみに満ちた“スザク”がランスロットを駆って乱入。戦線は一挙に流動化していく。さらに改造手術から復活した“ジェレミア卿”や、“スザク”同様に“ユーフェミア”を喪った怒りに燃える“ニーナ”、さらには記憶喪失から快復した“ヴィレッタ”もそれぞれの戦いの場に乱入する。そんな中、彼らの攻撃をかいくぐって“ルルーシュ”は単騎政庁地区に入り、“コーネリア”と対峙する。ナイトメアフレーム操縦のスキルに一日の長がある“コーネリア”によって追い詰められる“ルルーシュ”だったが、事前にギアスの力をかけておいた“ダールトン将軍”に“コーネリア”を討たせることに成功する。その頃、アシュフォード学園では“ナナリー”の前に“V.V.”が現われ、彼女を連れ去っていた……

 ○第25話
 “ルルーシュ”は虫の息な“コーネリア”にギアスの力をかけ、母“マリアンヌ”謀殺の真実を聞き出そうとする。そして彼が知る衝撃の事実――あの日、“マリアンヌ”の警護担当だった“コーネリア”を外させたのは、他ならぬ“マリアンヌ”自身だったというのだ。あまりの事実に混乱する“ルルーシュ”の前に、再び“ジェレミア卿”が攻撃を仕掛けてくる。それをどうにかしのいだ“ルルーシュ”は、“コーネリア”の言葉を頼りに、トウキョウ租界を捨てて神根島へと向かう。それを追う“スザク”と“カレン”。既に戦いは泥仕合の様相を呈し、戦線はあちこちで崩壊していた。そんな中、神根島に着いた“ルルーシュ”は、しかしそこで突如“V.V.”の精神攻撃を受ける。彼が見たのは、“C.C.”の過去の記憶。魔女としての記憶しかもはや持たないと吐露する“C.C.”に、“ルルーシュ”はならば自分が魔王となろうと返すのだった。そこに三たび“ジェレミア卿”が乱入。一人で彼を迎え撃つと言う“C.C.”と別れ、超文明の遺跡っぽい洞窟に入る“ルルーシュ”。だが、そんな彼の歩みを“スザク”が止める。互いに相手に銃を向け、そして銃声が放たれる――“ナナリー”との幸福な世界を求めるあまり、偽りと裏切りに染め上げられていった“ルルーシュ”の運命は……

――

 『無限のリヴァイアス』や『スクライド』、『プラネテス』といった作品で知られる谷口悟朗氏の新作として昨年10月から今年3月にかけて放送され、ずいぶんな人気を集めたのか続篇の製作も既に決定しているというこの『コードギアス 反逆のルルーシュ』。本放送の折には合間に二回総集編を挟んだため、第23話で最終回という、二クール作品としてはいささか異例な事態になっていたわけで、その埋め合わせといった感じに、関西では昨夜「コードギアス 反逆のルルーシュ stage24&25スペシャル」という特番として放送されていた次第。まぁ当方はというと、大々的に宣伝してるけど本当ならやらなくてもよかった番組なんだよねぇという半畳を、放送前から仕事先の同僚氏と入れていたのだが(←マテ)。いや、普通に期待してましたよ。マジで。

 まぁかかる戯言はさておき、本放送の終了からたっぷりと制作に時間をかけた上で満を持して放送という按配だったためか、作画もきわめて上々だったのだが、やはりストーリーの回し方や練り上げ方がきわめてウェルメイドになされていたので、個人的にはおおっと思うことしきり。上述したように“ルルーシュ”=「ゼロ」の率いる「黒の騎士団」を中心とした反乱軍vsブリタニア帝国(のエリア11駐留軍)との最終決戦がメインで、しかも時間が経つにつれてものすごい泥仕合になっていくという、なかなかにオメガカオスな展開を見せていたわけであるが、だからといってダレ場やムダなシークエンスというのがほとんどなく、しっかりと語るべきことを構築しにかかっていたわけで、そこは普通にすげぇよなぁと、もはや唸ることしかできない。群像劇がカオス化していくと、えてして話の焦点がぼやけてグダグダになっていってしまうもので、実際この『コードギアス』にしても、本放送時には――いかな群像劇に定評のある谷口氏にしても――ややグダグダに流れた憾みがあるかなぁという回もないではなかったのだが、今回はきわめて稠密に、高い緊張感をともなって話が構築されていたと言えるだろう。見終わった後、普通に心地良い疲れに襲われたのだった。

 ブリタニア皇室の内紛(?)のために母親を殺された“ルルーシュ”は妹“ナナリー”とともに半ば放逐される形で日本に来る。日本がブリタニア帝国の属領「エリア11」となってからは皇族の性を捨てて“ナナリー”と二人で暮らしていたが、ひょんなことから出会った謎の女性“C.C.”から「ギアスの力」なる超能力を授けられ、それまでも持っていたものの、半ば諦観していた帝国への敵愾心を一挙に爆発させる。で、ここから自分の私兵軍団として「黒の騎士団」を組織し、ギアスの力を活用したり、持ち前の頭の良さで謀をなしたり、偶然がご都合主義的に重なったりした結果、「ゼロ」=“ルルーシュ”は反帝国諸勢力のカリスマ的な地位にのし上がり、ついにトウキョウ租界を指呼の間に捉えるまでになる……――今回の二話に至るまでの話を“ルルーシュ”に焦点を当てつつ超乱暴にまとめると概ね以上のようになるだろう。かような形で当初は貴種流離譚あるいは復讐譚といった相貌を見せていたこの『コードギアス』であるが、しかし回を追うごとに明らかになっていったのは、かかるしつらえが次第に崩壊していったということであろう。その結果もたらされるものは予測不能で解読不能。いや、誰が上手いこと(ry

 とりわけそれは“ルルーシュ”の、“ナナリー”とともに幸せに暮らしたいという「地上に一つの場所を」的な発想が亢進した結果、逆に地上=世界そのものの全的な破壊という思考に逢着していくという展開に、きわめて如実に現われていたと言わなければならないだろう。しかも厄介なことに、かかる“ルルーシュ”の道行きは半ば以上彼の主観とは無関係に、一種の抗い難い宿命のごときものとして感受されるような形で進行している。かような背理状況にきちんと焦点を当て、この背理を行き着くところまで描き切ろうという意思が全編に漲っているところに、この『コードギアス』の特筆大書さるべき美質が存在する。当方、この『コードギアス』に関しては、メカバトルや“ルルーシュ”vsブリタニア帝国(というか若本皇帝(←マテ))に対してよりも、むしろ組織(論)やその変質、――“ルルーシュ”と「ギアスの力」≒“C.C.”との関係という形で描かれている――人間と諸力/諸力能/諸力学との関係のありように対して関心が向くことしきりなわけで、それは“ルルーシュ”言うところの「世界を壊すこと」=〈革命〉のありようと関わって、重大であろう。個人の飛び抜けた能力がそのままで世界全体を変えるというようなナイーヴさが周到に退けられている――が、しかし、“ルルーシュ”本人はかかるナイーヴさが依然としてプログラムの中心にあることを疑うことができていない様子なのだった(あえてアシュフォード学園を真っ先に管理下に置いたところに、それは如実に描かれている)――中においては、これは必須の作業である。

 かくして、「組織で戦うこと」がプログラムの中核に据えられることで、“ルルーシュ”と組織の諸力学との関係が、微妙なしかし決定的な齟齬を孕んでいることが同時に明るみに出てくるわけで。上述したように「黒の騎士団」結成以後、「組織で戦うこと」が“ルルーシュ”の戦いの中核となっていく。それは確かに一方では「(妹“ナナリー”のために)ブリタニアをぶっ壊す」という彼の野望が着実に現実的な力をともないつつあることを意味するのだが、しかし一方で組織内の力学というのが組織自体あるいは“ルルーシュ”の個人的な信念をも、彼自身の主観云々とは関係なく変質させてしまうものでもあることをも同時に意味する。力と主体(組織)との関係は簡単なものでは決してなく、力自体が独立した秩序をもって、自ら主体的に力を揮っていると信じている人々に牙を剥いて襲いかかってくるとしか言いようのない瞬間というのが、必ず存在する。そしてその瞬間が第25話の神根島において訪れた、と。

 洞窟の中で相見えた“ルルーシュ”と“スザク”。かつては莫逆の友であった二人だったが、“ルルーシュ”がギアスの力を用いて様々な人々を、そして誰よりも“ユーフェミア”を蹂躙したことを“V.V.”から聞いた“スザク”は、“ルルーシュ”への怒りをもはや隠そうともしない。そして、二人を追って後からやって来た“カレン”は、自分が慕っていた「ゼロ」がクラスメイトの“ルルーシュ”であることに、もはや恐慌を来すことしかできない……――で、ここから“ルルーシュ”と“スザク”が互いに相手に銃を向け、銃声が響き渡るという末尾のシークエンス→続篇へ続く、へとなだれこんでいくわけであるが、その直前において、“ナナリー”を救いたいという素朴な動機がこんなエラいことに至ってしまったということが、“スザク”が(あるいは“カレン”が)“ルルーシュ”に迫るという形で描かれていたわけで、そこは普通に上手いなぁと、個人的には思うところ。かような空間においては、主観的な希望や願望の類は即客観的なドツボ状態へと反転されることになる。ではその逆は?

 いずれにしても、誰もが自らの主観とは裏腹にエラいところに来てしまったということが描かれたことには変わりないわけで、ここから、彼ら彼女らがもといた場所に立ち戻るという選択肢は原理的にありえないだけに(というか、帰る場所自体“ニーナ”が百合自家発電エネルギーを投入して作った超絶兵器によって灰燼に帰するかもしれないのだ(苦笑))、どこに話の落としどころを定めるつもりなのか、余計に気になるところではある。それだけでも放送した甲斐があるというものかもしれない。そりゃあまぁエラいところで続篇に引っ張るんやなぁという感想もあるけど、ね。さて……



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2007年03月30日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第22話・第23話(最終回)

 「おはようございました」(CV:全力卿)。さて……

geass22-23_01 ○第22話
 “ユーフェミア”が「行政特別区 日本」の設立を宣言したことは、概ね好意的に受け入れられるが、大義名分を一方的に奪われる形となった「黒の騎士団」にとっては甚だ厄介な事態であった。次の一手を出しあぐねる“ゼロ”は単身富士山麓に赴き、「行政特別区 日本」の設立記念式典に乗り込む。“ゼロ=ルルーシュ”と二人きりで会うことにした“ユーフェミア”は、自分は既に皇位継承権を放棄したこと、今回の行為は“ナナリー”のためであることを語る。そのことを知り、“ユーフェミア”との和解を決意する“ルルーシュ”。だが、しかし、彼が不意に自分のギアスの力について語ってしまったことで、突如“ユーフェミア”にギアスの力がかかってしまう。そして“ユーフェミア”は指令を下す――「ぎゃくさつです」。かくして「行政特別区 日本」の設立記念式典は一転、白昼の大虐殺ショーと化していくのだった……

 ○第23話
 自分の不注意を激しく後悔しつつ、“ユーフェミア”を殺すことを決意した“ルルーシュ=ゼロ”率いる「黒の騎士団」は式典会場周辺を制圧する。再び“ユーフェミア”の前に現われ、万感の思いを込めて彼女を撃つ“ルルーシュ”。“スザク”駆るランスロットによってアヴァロンに運ばれる“ユーフェミア”だが、既に虫の息な彼女は、「行政特別区 日本」は成功裏のうちにスタートしたという“スザク”の嘘に見送られて薨去するのだった。一方、“ゼロ”は生き残った日本人たちの歓呼に迎えられ、「合衆国 日本」の建国を宣言。これに呼応して蜂起した各勢力を糾合しながらトウキョウ租界へと進軍する。ついに租界を指呼の間に迎えた“ルルーシュ”に、“スザク”から電話がかかってくる。“ユーフェミア”を喪った憎しみのままに戦うことを宣誓し、“ルルーシュ”との友情を再確認する“スザク”。だが、そんな彼をあざ笑うかのように、“ルルーシュ”は租界のビル群を崩落させていく。自ら修羅となり、今また“スザク”の修羅道を受け止める決意を固めた“ルルーシュ”の明日はどっちだ……

――

 録画はしていたが、先々週の第21話は微妙に録画に失敗してしまい(爆)、しかも多忙だったから二話まとめて見るハメになったこの『コードギアス』。そんな個人的な事情は措くとして、迎えた今回は、“ユーフェミア”をフィーチャーしながら、またしてもエラい方向に話を振っていた次第。ここ数回、ストーリー上の伏線や絵的な照応関係を最大限に活用しながら振り幅の大きい超展開をこれでもかと繰り出してきているこの作品だが、今回は休止前の大盤振る舞い状態だったと言わなければなるまい。ことに第22話については、先週の放送直後から各所で恐慌状態になっていたらしいが、実際に見てみると、もはや頭抱えることしかできなかったわけで。これはまたキッツイ“ユーフェミア”一人フルメタルパニック? ふもっふジャケット編でスね(爆)といった趣。で、それを受けた第23話も終始ハイテンションなままに、話と後々の伏線(の断片)がダダ漏れ状態だったし。

 さておき、ほよほよと見ていると、この二話の構造って実にドリフ的・コント的だなぁと思ってしまったわけで(苦笑)。いや、だって、“ユーフェミア”が「行政特別区 日本」の設立を宣言したことで「黒の騎士団」は存在意義を奪われ、八方塞がりに陥っていたのだが、彼女に会いに行った“ルルーシュ”が“ユーフェミア”の言動に安心してしまって大ポカ――自分の持つギアスの力について要らん一言(「例えば俺が日本人を皆殺しにしろと命じたら」云々)を言ったちょうどその時に、勝手にギアスの力が発動してしまう――をやらかしてしまい、そのことによって“ユーフェミア”が一人フルメタルジャケット状態になって大虐殺が行なわれ、それを奇貨として「黒の騎士団」は奪われていた大義名分を取り戻した上にお釣り(反帝国諸勢力の指導権)まで手に入れることに。そして最終的にはトウキョウ租界のビル大崩落にまで至ってしまうわけだから、かような展開をドリフ的・『8時だヨ! 全員集合』的と言わずして何と言おうか(爆)。第22話放送の翌日に当方の好事家仲間が「あたしかさん、今回は「コードギアス」じゃなくて「コントギアス」ですよ」と言っていたけど、それ、正解です((C)唐沢寿明)。

 しかも今回の場合、これまで毒にも薬にもならなさげな、あるいは剣呑な状況の中における天然ボケ要員のような存在だった“ユーフェミア”をこうやって使うことで、“ユーフェミアEuphemia”と「夢遊病euphoria」という単語的な照応関係をさらに徹底して用いるという小ネタも仕込んでいるし。その意味では実に容赦ないなぁと、妙に感心してしまうことしきり。もしかするとかなり前からこの展開は構想としてあったのかもしれないと、勝手に邪推してみるが、さて? 

 以上のように、今回は偶然と間の悪さがゴロゴロ転がっていくうちにオオゴトになってしまうというコント的フォーマットに貫かれていたと言っても大過ないしつらえを見せていたわけであるが、だからダメというわけでは決してないわけで、物語全体の――初期設定の根本的な書き換えをともなうような――転換点を画すような肝心かなめの展開において、かかるフォーマットを大々的に採用してしまうという膂力にこそ、素直に驚かなければならないだろう。しかもかかるフォーマットを採用することで、“ルルーシュ”と「ギアスの力」(と“C.C.”)との間に微妙な齟齬や異質さが改めて浮き彫りになり、しかもそれは現在進行形であること――実際、“ルルーシュ”はギアスの力を次第に自分でコントロールできなくなり、もはや“C.C.”としか仮面を取って話せなくなっているのだった――、そして、もはや後戻りできないほどその齟齬が広がっていることが誰の目にも明らかになったのだから。“ルルーシュ”の望んだ通りかどうかは分からないが、世界は着実に崩壊に向かっている。コント的展開によって齎された「何でもあり」という位相によって。

geass22-23_02 というわけで、“ルルーシュ”と「ギアスの力」との間の齟齬は、「力を揮い操っているつもりが、実は無人称の力に操られているだけだった」という形で描かれることになる。かような位相を様々なレヴェル(個人的、組織内的、社会的、国際的etc)において描くことがこの『コードギアス』の眼目の一つではないかと当方は前々から思っているのだが、とすると今回の話は、かような位相を“ルルーシュ”が――多くの日本人と、皇族の中でも例外的に憎からず思っていた“ユーフェミア”の命と引き換えに――自覚させられ、そして逆に徹底的に操られ抜くことを選ぶ(“スザク”の宣戦を哄笑のうちに受け止めるという描写に、それは顕著だった)という形で終わっていると見ることができる。いや、全然終わってないやんけという半畳もあるけど、ね。“スザク”の前に現われた――おそらく“C.C.”と同類な――少年“V.V.”の存在や、“ルルーシュ”を夫と呼んでつきまとう“神楽耶”、ついに改造手術(?)から目覚めた“ジェレミア卿”、百合自家発電ネタだった自分を親友と呼んでくれた“ユーフェミア”の仇を討とうとマッドサイエンス道に入る“ニーナ・アインシュタイン”(画像参照)と、今後に続く断片がことに第23話後半において奔流していただけに。

 実際、今夏には第24話と第25話が放送され、さらに今秋から続篇が放送されるそうなので、これらの断片がどう生かされることになるかはそのときにならないとわからないわけであるが、しかし一方で、ある部分においては、今回で物語的に一サイクル描き終えているのも、また事実であろう。それは自分の父たる若本皇帝への憎しみに生きる“ルルーシュ”が、かかる憎悪の構造を“スザク”との間で再生産してしまうというシークエンスにおいて顕著だった。

 母親の敵たる若本皇帝vs“ルルーシュ”というのが当初の対立軸だったとすると、第23話の末尾において描かれているのは、“ユーフェミア”の敵たる“ルルーシュ”vs“スザク”という対立軸であるわけで。してみると、“ルルーシュ”はいつの間にか――莫逆の友“スザク”の憎悪を引き受けることによって――敵である若本皇帝と裏返って同一化してしまっていることになる。「力を揮い操っているつもりが、実は無人称の力(それは決してギアスの力だけではない)に操られているだけだった」というテーゼが、ここに露呈しているわけである。そこで話をいったんまとめて擱くというのは、実はなかなか慧眼であろう。個人的には、もっとすさまじい勢いで投げっ放しにするのかなぁと思っていただけに、かような形で一応のオチをきちんと提示してくるとは予想外だった。すいません制作陣のこと少々ナメてましたわ。

 ともあれ、各キャラの主観(思い、願い、野望etc)と客観的な展開――この界面に存在するのが「(ギアスの)力」の領域である――との間の齟齬にきちんと焦点を当て、位相や文脈、タイミングのズレを意識的に浮き彫りにさせるコント的形式を用いて、かかる齟齬を大きく展開させて別の展開に接続させるという語り口の自在さが今回は非常に際立っていたわけで、ほよほよと見ていてももはや唸ることしかできないのだった。この語り口の結果齎された世界がいかなる相貌を見せることになるのかは解読不能。いや、誰が上手いこと(ry



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2007年03月09日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第19話・第20話

 ○第19話
 「アヴァロン」の猛攻撃によって敵味方問わず四散してしまった面々は、いつの間にか別の島にたどり着いていた。目が覚めた“ルルーシュ”はとりあえず島を回ってみるが、そこで巻き添えをくった“ユーフェミア”にばったり出会ってしまう。同じ頃、“スザク”は“カレン”にばったり出会っていた。どこともつかぬ島で、奇妙な呉越同舟状態のまま一夜を過ごす二組。一方、第二皇子“シュナイゼル”も“ロイド”たちをともなってこの島に上陸していた。“シュナイゼル”の目的は、この島の奥地で見つかった超遺跡の探索。翌朝、“ルルーシュ”と“ユーフェミア”が島の奥に向かっていると、向こうから“スザク”と“カレン”がやって来る。たちまち押し問答になる“ゼロ”と“スザク”。そのとき、足元が突然崩れ、四人は下の洞窟に落ちていく。そしてその洞窟こそ、“シュナイゼル”たちが探索していた超遺跡だった。唐突に現われた“ゼロ”に混戦が始まるが、このドサクサに紛れて“ゼロ”と“カレン”は新型ナイトメアフレーム「ガウェイン」を奪い、島から脱出する……

 ○第20話
 中華連邦に亡命していた旧日本政府高官“沢崎”が連邦軍の支援のもと、フクオカに政権を樹立。“コーネリア”は軍を率いて討伐にあたるが、折からの悪天候に阻まれて攻めあぐねるばかり。一方、“スザク”は“ユーフェミア”に会い、この間の出来事に対する自責の念から騎士位の返上を申し出る。そんな彼を見送ることしかできない“ユーフェミア”。その頃、“ゼロ”は「黒の騎士団」は“沢崎”に合流せず、まずトウキョウに独立国家を作ると宣言するのだった。そうこうするうち、アヴァロンが高高度からランスロットを射出し、フクオカを制圧するという作戦が実行に移されることに。獅子奮迅の活躍を見せる“スザク”だが、エネルギーが切れてしまい、大ピンチに。諦めかけていたその時、“ユーフェミア”がムリヤリ通信回線に割り込み、いきなり「私を好きになりなさい! その代わり私も好きになります」と告白する。さらにそこに唐突に“ゼロ”と“C.C.”が駆るガウェインが乱入。かくして反乱は鎮圧され、“スザク”は“ユーフェミア”のもとに戻るのだった……

――

 録画はしていたが、先週はいろいろあって見られなかったこの『コードギアス』。今日二話まとめて見てみたのだが、いきなりものすごい展開になっていて、個人的には驚くことしきりだった次第。かつての『ふしぎの海のナディア』で途中に挿入された南の島篇的な話にいったかと思えば、次は濃密に伏線の張られたロボットアクション全開回だったし。(一応続篇制作が決定したとはいえ)残り話数も少ないだけにものすごい勢いで話を進めようとしているのだろうなぁとは、ほよほよと見ていて思うところ。結果として、アナーキー一歩手前なテンションのままフリージャズorインプロビゼーション風に話を組み立てていくといった趣でしつらえられていたと言うべきだろうか。

 さておき、上述したように、この二話においては、これまでの回でそれとなく言及されてきたことごとの大半を一気に総ざらえしたかのように話が前後左右に振られ、しかもそこにアヴァロンやガウェインといった新兵器も登場してヴィジュアル的にもケレン味たっぷりに仕上がっていたわけで、見ていて脳が胸焼けを起こすような(←マテ)気分になることしきりではあったのだが、それでも“スザク”と“ユーフェミア”それぞれの精神的な成長、というか行為への移行(acting out)が――話の腰がかなりバキバキに折れていたとはいえ――主軸になっていたことがすぐ分かるくらいには整理はついていたと、さしあたっては言っておくことができるだろう。“シュナイゼル”が若本皇帝の息子とは思えない立ち居振る舞いに終始していたり、その“シュナイゼル”が古代の(超)文明の遺跡探索に執心していたり、記憶を失った“シャーリー”に記憶が戻る兆候が見え隠れしたり、“ニーナ”の百合百合な情動がついに衝動的な行為に自身を駆り立てたりといった(それぞれ独自に面白そうな)ことごとが消化不良気味だった(あるいは♪モザイク カケラ〜状態だった(苦笑))ことからすると、“スザク”と“ユーフェミア”話は、割と上手くまとまっていたし、ね。

 これまでも“ゼロ”や“マオ”に執拗に掘り起こされる描写で散々示されてきたように、“スザク”には父殺しの大罪が常について回っており、それゆえ死地を求めて一人さまようといった展開が(ことに「第17.5話」以降)フィーチャーされていたのだが、そのことによって自罰と自己愛とがほとんど弁別不可能なまでに煮詰まっていることが明らかになっていたと、さしあたっては整理できるだろう。それは南の島篇での“カレン”とのいささか要領を得ないこんにゃく問答で、今回もフィーチャーされていたのだった。

 そして、事情は“ユーフェミア”の場合もさほど大差はない。まぁ確かに“ユーフェミア”は父殺しのような大罪を背負っているわけではない(今のところは、だが)が、自分の主観(誰かの役に立ちたい、という)と自分の社会的な立ち位置(お飾りの副総督、という)との間に目もくらむような差異があることに無力感を抱き、でも一切を諦めきれずにその差異の前でもがいているという存在として描かれている。してみると、「逃れられない大罪」と「目もくらむような差異」という対象の違いはあれど、所与の条件の前に無力感に打ちひしがれているという点において二人は似た者同士であると見ることは、あながち荒唐無稽ではあるまい。

 で、話はここから、“ニーナ”との不意の再会――彼女と“ユーフェミア”は河口湖で反帝国セクトの人質とされたことがあり、それ以来“ニーナ”が一方的に“ユーフェミア”に対して、感謝や尊敬の念以上の百合百合な情動を抱くようになっていたのだ――と、彼女との会話の中から何かを悟った“ユーフェミア”が“スザク”に「私を好きになりなさい! その代わり私も好きになります」と告白するという展開になだれ込んでいく。ここだけ取り上げるとものすごく唐突というか、端的にご都合主義ぢゃん(←慣れない東京弁)それ!? と言いたくなるところではあるのだが、しかし既に概観したように、“スザク”も“ユーフェミア”も同じ問題系の前に立ちつくしていることを勘案すると、「私を好きになりなさい! その代わり私も好きになります」という“ユーフェミア”の発言は、単なる愛の告白とは違った相貌を見せ始めることになるだろう。それがいかなる意味を持っているかについては、なかなか測りかねるところがあるのでアレなのだが。

 にしても、新しいおもちゃ(ガウェイン)を手に入れた“ルルーシュ”のノリノリっぷりが実は一番の見どころだったのかもしれない(←マテ)。



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2007年02月23日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第18話

 莫逆の友だったはずの“スザク”が自分の敵だった――その事実に狼狽する“ルルーシュ”だが、彼を自分の側に引き入れることができるという信念は変わっていなかった。それゆえ“スザク”の暗殺を持ちかける“ディートハルト”の提案も、彼に「ギアスの力」をかければいいという“C.C.”のお小言も斥けていく。そんな“ルルーシュ”の思惑をよそに、“スザク”は“ユーフェミア”から騎士に叙される。それを祝って、“ナナリー”の肝煎りのもと、アシュフォード学園でパーティが開かれるが、そこに“ロイド”がやって来て、“スザク”は中座せざるを得なくなるのだった。“ユーフェミア”が帝国の要人を迎えるということで、待ち合わせ場所の島に赴く“スザク”たち。そこで突然爆発が起こる――情報を察知した「黒の騎士団」が先回りしていたのだ。ランスロットを駆り出撃する“スザク”だが、砂地に仕掛けられた“ラクシャータ”のトラップに引っかかり、機能停止に。またも相見える“スザク”と“ゼロ”。“ゼロ”は“スザク”の説得にかかるが、彼は拒絶するばかり。が、押し問答が続くかに見えた矢先、上空を皇族の一人“シュナイゼル”が指揮する巨大戦艦「アヴァロン」が覆い、敵味方関係なく攻撃を加える――“ルルーシュ”たちの生死はいかに……

――

 前回またも総集編(「第17.5話」)が挟まれたこの『コードギアス』。本編に再び戻って迎えた今回は“スザク”が騎士になったり、前から端々で言及されてはいた“シュナイゼル”が本格的に登場(でもセリフなし)したり、「黒の騎士団」が雁首揃えてどこかの小島で大打撃を受けたりと、てんこ盛りの急展開といった趣だった次第。総集編明けにまたもストーリーが一挙にシフトされた格好だが、にしてもここまでの急展開にはチト驚かされるところ。まぁ休養まで残り一ヶ月強だし、ある程度話をまとめておきたいという思惑はあるのだろうけど、ねぇ……――と“ラクシャータ”っぽく煙管片手に言ってみる(←マテ)。と言うか当方非喫煙者だから煙管持ってないし、ってそこかい(爆)。

 まぁかかる戯言はさておき、新メカ(「アヴァロン」にデンドロビウムorアプサラスかい! と思ったのが当方だけならばそれでいい(←マテ))や新テクノロジーが入り乱れた、良くも悪くもサンライズアニメ的なケレン味で話全体をドライブさせていくといった趣が前面に押し出されていたわけであるが、その一方で各キャラの思惑の錯綜具合や「黒の騎士団」の同床異夢ぶりもずいぶん細かくしつらえられていたように、個人的には思うところ。当方、この『コードギアス』に関しては、メカバトルや“ルルーシュ”vsブリタニア帝国(というか若本皇帝)にはさほど関心がなく、むしろ組織(論)やその変質、――“ルルーシュ”と「ギアスの力」≒“C.C.”との関係という形で描かれている――人間と諸力/諸力能/諸力学との関係のありようの方に関心が向くことしきりなのだが(これは「既存の体制を壊す」≒〈革命〉という課題とかかわって、重大であろう)、そういう観点から見ても、今回はなかなか見応えがあったわけで。

 とりわけ劈頭において“ルルーシュ”が「黒の騎士団」の新組織図を発表するシークエンスにそれがよく現われていたと、さしあたっては言っておくことができるだろう。“藤堂”と彼が率いる「四聖剣」、さらに(“ロイド”と何か因縁があるっぽい)女性技術者“ラクシャータ”を加え、最初期からするとずいぶんな組織に膨れ上がったがために、“ルルーシュ”=“ゼロ”は「黒の騎士団」の組織再編を行ない、発表することになるのだが、主なメンバー各人の思惑が意外とバラバラであることがいささか露悪的に描かれていたわけで、そこはなかなか上手い。

 具体的に言うと、マスコミ出身でブリタニア人の“ディートハルト”が重用されることに古参メンバーが冷ややかになっていたり、“カレン”が“ゼロ”直属の親衛隊に配属されて明らかに彼への恋慕を含んだ面持ちを見せたり、その“カレン”が“C.C.”が無位無官であることを訝ったりするといったシークエンスがあげられるが、上述したように、かような形で描かれた「黒の騎士団」の同床異夢ぶりが、今後“ルルーシュ”にとって大きな桎梏となるであろうことがここに予告されていると言っても、決して揚言ではあるまい。“ディートハルト”のフラクション活動という形でさっそくその兆候が具現化していたし。同床異夢状態を組織の強みへと転化するような度量が「黒の騎士団」全体として持っているかどうかが問題であろう。

 そして話は怒涛の後半へ、というか“ゼロ”=“ルルーシュ”と“スザク”の押し問答へとなだれ込んでいくわけだが、そこは微妙に堂々巡りしていて、個人的にはチトうぅむと思ってしまうところ。“スザク”にとってのトラウマ的出来事――自分の父親“枢木ゲンブ”を殺したこと――がいかに重大であるかを強調するのは分かるにしても、これじゃ“スザク”ってばタダの自殺志願者ぢゃんと半畳を入れたくなってしまうところではあるわけで。

 ところで前回について書いた折にも触れたのだが、“スザク”がこれまでしてきたことは、「軍人としてやらなければいけない使命がある」という大義名分のもとにあらゆることに立ち向かっているように見えて実は避け続けてきたことにほかならない。しかし、“ユーフェミア”が“スザク”を自分の騎士として指名するというシークエンスにおいてその転機が画されたことに注目しておく必要があるだろう。これによってもはや理想論を掲げ実践することが――それが疚しい良心に発するものである限りにおいて――許されないところに立たされることになったのだから。だからこそ「ひとつだけ贖罪する方法がある! あの時の日本人が選べなかった選択肢を、身をもって提示することだ。7年前に盗まれたブリタニアと戦うという道を……」という“ゼロ”の説得が詭弁以上のものとなるわけで。自分自身を自分自身に固着させる疚しい良心を清算して罪に塗れることが“スザク”を真に救うことになる。

 まぁ以上の全てを吹き飛ばすかのように“シュナイゼル”率いる「アヴァロン」が現われて猛攻撃を仕掛けることになるわけだが、こういうのを見ると、本当にどこに落としどころを定めるつもりなのだろうかという気分になってしまうことしきり。個人的には、謎の一切合切が明かされないまま普通に若本皇帝が病死してしまうという展開になったら面白いけど、ね。「自分が倒した」のではなく「向こうが勝手にコケた」という形で“ルルーシュ”の目的(の一端)が達成される、という。まぁそれはそれで普通に見映えが悪いからアレなのだが。って何だこのオチは(爆)。

 にしても、“ロイド”に話が通じると途端に雄弁になる“ニーナ”に、チト笑た。



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2007年02月16日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第17.5話

 というわけで、いつぞやの「第8.5話」以来の総集編だった今回。「第8.5話」は第1話から第8話までの総集編だったから、今回は第9話から第17話までの総集編なのかなぁと漠然と思っていたのだが、実際はと言うと、前半は作品全体の総集編的な趣を見せており、後半では“スザク”絡みのシーンが取りまとめられていたわけで、ずいぶん変則的なしつらえやなぁと、個人的には思うところ。そりゃあまぁ「全力オレンジ」こと“ジェレミア卿”が、あるいは「猫がゼロ変身用マスクをかぶって学校をうろちょろしたため大騒ぎに篇」(←マテ)がここでまた取り上げられるとは思わなかったが、一方で“C.C.”&“ルルーシュ”vs“マオ”編がほとんどオミットされていたのは、さていかがなものやら。

 かかる半畳はさておき、後半は新作カット(“スザク”が“ユーフェミア”から剣を授けられるシーン)を交えつつ、ここまでの“スザク”絡みの話がサンプリングされていた次第。“スザク”はブリタニア帝国の侵攻を受けて「エリア11」になる前の日本最後の首相“枢木ゲンブ”の息子で、人質として日本に追放された“ルルーシュ”“ナナリー”兄妹の最初の友だった。で、そんな“ルルーシュ”と“スザク”がひょんなことから再会し、同じアシュフォード学園で机を並べ、次第に昔のように莫逆の友となっていくが、しかし“ルルーシュ”が“ゼロ”として組織した「黒の騎士団」の前に何度となく立ちはだかるナイトメアフレーム「ランスロット」を駆っていたのが“スザク”だったことを“ルルーシュ”が知り、愕然としてしまう――というところでこの総集編に至っているわけだが、“ルルーシュ”=“ゼロ”との関係の中で“スザク”は彼とは別の道を選び、模索していく存在として登場してきていたわけで。そこを押さえつつ“スザク”の貴種流離譚として見てみると、なかなか興味深いところ。

 超乱暴に整理すると、“ルルーシュ”が、自分が“C.C.”から与えられた「ギアスの力」と自ら組織した「黒の騎士団」を用いて、ブリタニア帝国の秩序を外から叩き壊そうとしているのに対して、“スザク”の方は帝国の秩序を内側から変えようとするという形で、対比的に設定されている。で、“スザク”は“ロイド”からあてがわれた最新鋭ナイトメアフレーム「ランスロット」を駆り、軍人としての使命をブリタニア人以上に忠実に遂行することを持って自らのステータスを次第に高めていくという形で、上記のごとき自らの理想を自分なりに突き進んでいく――以上が前半における(“ルルーシュ”=“ゼロ”との対比としての)“スザク”の立ち位置だったとすると、後半においては、むしろかような立ち位置自体がフィクティヴなものに過ぎなかったことが明らかになっていくという形で描かれていたことに注目する必要があるだろう。

 上述のごとき“スザク”の理想論的な立ち位置の裏には「自分が父親の“枢木ゲンブ”を殺した」という、消すことのできない過去がベッタリと貼りついており、それが彼の心的機制となっていたという猥雑な染みが存在していた。それゆえ回が進むにつれ、“スザク”の理想が、それ自体疚しい良心に由来するものに過ぎなかったことが明らかになるという形で、それは描かれることになる――“スザク”がこれまでしてきたことは、「軍人としてやらなければいけない使命がある」という大義名分のもとにあらゆることに立ち向かっているように見えて実は避け続けてきたことにほかならない。だから、避けてきたトラウマ的出来事=自分が父親の“枢木ゲンブ”を殺したことに“マオ”によって際会させられた際に錯乱してしまうことになるわけで。で、それは、前回における、第三皇女“ユーフェミア”が“スザク”を自分の騎士として指名するというシークエンスにおいて窮まることになるだろう。このことによって、もはや理想論を掲げ実践することが――それが疚しい良心に発するものである限りにおいて――許されないところに立たされることになったのだから。

 にしても、視聴者プレゼントの「C.C.さんご提供? チーズくんキュービックパズル」て! このへんの妙な如才なきノリに、頭抱えて笑。



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2007年02月09日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第17話

 “スザク”は父親“枢木ゲンブ”を殺していた――初めて知らされる友の過去に戸惑いを隠せない“ルルーシュ”は、義兄を殺した自分以上に罪の意識に苛まれてきたであろう“スザク”に思いを馳せることしかできない。そんな折、壊滅した「日本解放戦線」の精鋭「四聖剣」が「黒の騎士団」の庇護を求めてやって来る。彼らの目的は、監獄に収監されている“藤堂中佐”の救出。それを快諾した“ルルーシュ”は、一方で妹“ナナリー”のことを“スザク”に託そうと考えていた。その夜、万端整え、監獄を襲撃する「黒の騎士団」と「四聖剣」の連合部隊。“ルルーシュ”と相まみえた“藤堂”は、一度は彼の申し出を拒絶するが、説得に応じ、共闘することに。乱戦の舞台となった監獄に“スザク”の駆る「ランスロット」が割って入るが、動きのパターンを読まれ、苦境に立たされる。そしてついに解放戦線側の攻撃によって「ランスロット」のコクピットが半壊。勝利を確信する“ルルーシュ”。しかし、彼が見たのは、その「ランスロット」から出てきたのが“スザク”だという事実。そして、それに際会した“ルルーシュ”は、もはや呆然とすることしかできない……

――

 莫逆の友であるはずの“スザク”が敵だったことを“ルルーシュ”が知ってしまう、というヤマ場を迎えたこの『コードギアス』。最初の方から、いつこの二人が敵同士であることを知るのかが話の重要なフックとして存在し続けており、それがためにこの二人の友情シークエンス(特に前回における“ナナリー”救出話あたり)には常に独特の重苦しさがつきまとっていた――少なくとも、そう視聴者側に思わせるように構築されていた――ものだが、それが今回においてついに閾値を超えてしまったわけで、その意味ではなかなか見応えがあった次第。前回までの“C.C.”-“ルルーシュ”vs“マオ”編が鉈でムリヤリぶった切った的荒っぽさがいささか目立つ構成だっただけに、今回のきめ細やかさが余計際立っているのではないだろうか。

 さておき、今回は「騎士」というサブタイトルだったのだが、「騎士」という言葉をキーワードにして、多様な、それでいて社会的立場の齟齬が露骨に反映された人間関係が様々な位相にわたって描かれていたわけで、個人的にはその手際の良さに唸らされることしきり。群像劇の場合、弛緩してしまうと一対一の人間関係が並列的に描かれるというギャルゲー状態に陥ってしまうものであるが、今回の場合、「騎士」というキーワードを用いて、この言葉にかかわるものとして関係を描き出すことで、一対一の人間関係の集合を超えた場のようなものを逆説的に描き出していたわけで、そこは普通に買い。具体的に言うと“ルルーシュ”が妹“ナナリー”を護るための騎士的な存在として“スザク”を選ぶ、あるいは故“クローヴィス”の名を冠した美術館の開館セレモニーに出席した“ユーフェミア”が、会場にしつらえられた巨大モニターで監獄での攻防戦に映し出された“スザク”を指して「彼が私の(専属の)騎士です!」と宣言するシークエンスに、それは顕著だった。他にも、「騎士」という言葉を明示的に使っているわけではないのだが、「黒の騎士団」を頼ってくる旧「日本解放戦線」の四人組が“藤堂中佐”を慕い、彼の騎士という自負を抱いていたり、その“藤堂”が故国日本の騎士的な存在として伝説化(実際“藤堂”はブリタニア帝国相手に「厳島の奇跡」と呼ばれる勝ち戦をあげていたのだった)されていたり、そんな“藤堂”が“ゼロ=ルルーシュ”の説得によって戦う大義名分を得て、彼(と同格)の騎士として再び戦場に身を投じたり、という形で網の目が張りめぐらされていたわけで。

 で、これらの、誰かが誰かの騎士的な存在として描かれることを通して、そこに伏流する別種の人間関係が浮かび上がってくるように描かれていたことに注目する必要があるだろう。今回の場合、“スザク”がその焦点に立っていたのだが、それはなかなか上手い。このことによって、これまで「軍人としてやらなければいけない使命がある」という大義名分のもとにあらゆることに立ち向かっているように見えて実は避け続けてきた――だから前回“マオ”によって、避けてきたトラウマ的出来事(=自分が父親の“枢木ゲンブ”を殺したこと)に際会させられてOTL状態になってしまうのだが――“スザク”だったが、もはやそれは許されないところに立たされることになったのだから。自分の過去にかかわる存在“藤堂”、現在にかかわる“ルルーシュ”-“ナナリー”、未来にかかわる(?)“ユーフェミア”の鼎立状況が完全に確立してしまった今となっては。そしてそれは、今回とは逆に“スザク”が“ルルーシュ”=“ゼロ”であることを知ってしまったとき、最高度に窮まることになるだろう。それがいかなる結果を招くかは解読不能。いや、誰が上手いこと言えと(ry

 まぁ次回は「第17.5話」だそうで、ということはいつぞやの「第8.5話」以来の総集編という按配になるから、そのときにでも改めて掘り下げてみたいところだが、いずれにせよ、“ルルーシュ”にしても“スザク”にしても同程度にはナイーヴな存在であり、それゆえ二人の道行きが今後さらに跛行的なものになっていくであろうことは想像に難くない。“C.C.”が「王の力(=ギアスの力)は人を孤独にする」と言った通り「孤独な王」への道を一直線な“ルルーシュ”と、父殺しの原罪を独り背負った貴種から社会的立場の齟齬が露骨に反映された人間関係の泥沼へと流離していく“スザク”との対比がここでセッティングされたことは、ここで指摘されておく必要があるだろう。してみると、「孤独な王」の称号は、むしろ今までの“スザク”にこそふさわしい。二種類の、相反する貴種流離譚の行く末はいかに――

 にしても、今回初登場したナイトメアフレーム技術者“ラクシャータ”が、自ら開発した「紅蓮弐式」のメンテをぞんざいに済まそうとしている面々に向かって「アンタらの百倍はデリケートに産んだんだから!」と言い放っていたのが、何か妙に現在の状況とシンクロしていて、チト笑。「産む機械」にあぁ言われたんでは柳沢某も立つ瀬がないわな(笑)。



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2007年02月02日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第16話

 “ディートハルト”の尽力で、着々と勢力圏を広げていく「黒の騎士団」。そんな中、“ルルーシュ”は久しぶりに“スザク”を自宅に招待することにし、そのことを“ナナリー”に伝えに戻るが、彼女は実は生きていた“マオ”に誘拐されてしまっていた。必死になって校内を探し回る“ルルーシュ”。ひょんなことからその事実を知った“スザク”は“ルルーシュ”とともに“ナナリー”救出に赴くことに。ようやく地下水路で“ナナリー”を探し当てるが、爆弾が仕掛けられていて、そのままでは助け出すことはできない。爆弾解体を自ら引き受ける“スザク”。そして一計を秘めた“ルルーシュ”は、学校の敷地内にある教会に向かい、そこに待ち受ける“マオ”と最後の戦いに臨む……

――

 前回で「ギアスの力」それ自体をめぐる話は一段落したかに見えていたこの作品。迎えた今回は、しかし死んだと思われていた“マオ”をリサイクルしてもう少し引っ張るといった趣だった次第。大筋だけ抽出すると、“マオ”によって、より正確には“マオ”が持たされている「ギアスの力」によって、“ルルーシュ”と“スザク”との関係が変質しつつあることが告知されるという構成だったわけで、個人的には“マオ”って敵キャラとしてもいささかフレーム的に弱いかなぁと思っていたけれども、そんな彼を使ってかかる方向に伏線を振ってみせたのは、素直に買い。これならわざわざ生き返らせる道理もあるわな。前回あれだけ蜂の巣にされといて「ブリタニアの医学の力」ワンフレーズで生き返らせるご都合主義的な膂力は措くとして(←マテ)。

 さておき、“マオ”によって“ナナリー”が誘拐され、“ルルーシュ”が必死に“ナナリー”を探しているのを見た“スザク”が助けを求める――という前半の筋立てを見て、個人的にはあぁ二人の――いつか壊れることが確定している――友情話が今回はクローズアップされるのかなぁと漠然と思っていたわけで、それをCLAMPキャラで行なうというのもずいぶんアレな話ではあるけどなぁと思いつつ見ていたのだが、終わってみればそこから一歩踏み出していたわけで。これまでの話を見ていれば、“ルルーシュ”=“ゼロ”であることを“スザク”が知れば二人の関係は決定的に変質してしまうことになるであろうことは想像に難くないのだが、二人の男の友情(のごときもの)が、しかし主観的な友愛とかはどうあれ変質せざるを得ないものであるということへと転調させる――“ルルーシュ”の計略によってまたも敗れた“マオ”が“スザク”によって連行されようとするとき、彼の心を読んで古傷を露わにさせる言動を雄弁に繰り広げ、それがために“スザク”はorz状態になってしまう――ことが割とシームレスにできていたわけで、このあたりの話運びの巧みさには唸ってしまうことしきり。

 まぁこのあたりの“ルルーシュ”と“スザク”の機微については、次回以降クローズアップされることになるだろうが、個人的には、三回にわたるvs“マオ”編の意義というのは、おそらく「ギアスの力」と人とがすれ違う/すれ違わざるを得ないものであることを示したというところにあったのではないかと思うところ。まぁ「人は「ギアスの力」を完全に支配することはできない」ということそれ自体は“C.C.”の存在によって既に告知されているのだが、「ギアスの力」に飲み込まれてしまった“マオ”(以前にも触れたように、彼は自らの力をコントロールすることができなくなってしまっている)を登場させることで、それがさらに強調されていたわけで。とすると、そんな“マオ”が今度こそ死んだことは、「ギアスの力」が諸力のうちの一つでしかないベクトル場が再び前景に押し出されてくることを意味することになるだろう。

 このベクトル場においては、人と諸力とはついにすれ違わざるを得ないことがこれまで散々描かれてきたわけで、それは「黒の騎士団」の内ゲバ(の予兆)的な描写によって示されてきているのだが、それがいよいよ“ルルーシュ”と“スザク”の友愛関係をも変質させることになるであろうことが描かれてくることになるわけで、ひとまずの中休み回(仄聞するところでは、この作品は3月末まで放送した後半年間休み、そして続きをまた半年間放送するそうだ)までどう推移していくかがカギになってくるだろう。記憶を失って妙にしおらしくなってしまった“ヴィレッタ”の行方や、実は“ルルーシュ”“ナナリー”兄妹を憎からず思っていた“コーネリア”なんていう、人間関係をさらに錯綜させるファクターのみちゆきもあわせつつ。

 にしても、“ユーフェミア”に膝枕をしてもらう“コーネリア”というシーンに妙な気分になってしまったのが当方だけならばそれでいい(←マテ)。で、またこういう絵面には皆川純子姐(“コーネリア”の中の人)がものすごくしっくりくるわけで(爆)。



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2007年01月26日

『コードギアス 反逆のルルーシュ』第14話・第15話

 ○第14話
 すんでのところで助かった“ルルーシュ”だが、自分の正体を誰かに知られたのではないかという疑念を抱くようになる。果たせるかな、その疑念は正しかった――“ルルーシュ”が父親の仇“ゼロ”であることを知り、懊悩するばかりの“シャーリー”。傷心のまま、ナリタへ向かった“シャーリー”は、そこで謎の男と出くわす。彼女をめぐる様々な事実や心の奥底を手に取るように抉り出していくその男。そこに“シャーリー”のことが気になることしきりな“ルルーシュ”が現われ、その男と対峙する。が、自分の考えをことごとくその男に読まれていき、窮地に陥る“ルルーシュ”。そして、二人が向かった先には、その男によって“ルルーシュ”への憎しみを掘り起こされてしまった“シャーリー”が、銃を構えて立っていた。“ルルーシュ”の必死の説得も空しく、発砲する“シャーリー”。駆けつけた“C.C.”が機転を利かせてその場はどうにか凌ぐが、“シャーリー”に正体を知られたという事実を突きつけられた“ルルーシュ”は、自分にかかわる彼女の記憶を、自らのギアスの力によって消さざるを得ないのだった……

 ○第15話
 かつて“C.C.”がギアスの力を与えた男“マオ”――それが先ほど“ルルーシュ”が対峙した謎の男の正体であり、そして彼は相手の思考を読む能力を得たのだった。自分にとっては厄介きわまりない相手が現われたことに焦燥感を隠し切れない“ルルーシュ”。そんな彼のもとに“マオ”から電話が。彼からの電話に応じ、一人で遊園地に赴く“C.C.”。全ては自分の過去のあやまちを清算するため――そんな決心のもと、“C.C.”は“ルルーシュ”にあえて悪態をつきながら家を出るのだった。遊園地で“C.C.”を出迎える“マオ”。彼は少年時代にギアスの力を得たが、力に呑みこまれてしまい、“C.C.”以外の全てを否認するまでになってしまっていた。うわごとを言いながら“C.C.”をメッタ撃ちにする“マオ”。その時、遊園地の巨大ディスプレイに“ルルーシュ”の姿が。一度は勝った相手だけに余裕の態度を見せる“マオ”だが、自分は“C.C.”の本名を知っているという“ルルーシュ”の発言に逆上し、取り乱すことしかできなくなってしまう。ほどなくして“ルルーシュ”が自らのギアスの力で操った武装警察隊が“マオ”を取り囲み、射殺する。混乱に紛れて“C.C.”を救い出した“ルルーシュ”は、「契約」という言葉で、彼女に改めて傍にいてほしいと言うのだった……

――

 「黒の騎士団」vsブリタニア帝国という本筋から少し離れ、「ギアスの力」そのものと“C.C.”の過去(の過誤)に焦点を当ててみたといった趣のこの二話。第13話において“シャーリー”に“ルルーシュ”=“ゼロ”であることがバレてしまい、そこからどうやって話を展開させていくのだろうかと、普通に続きが楽しみになっていたのだが、(前から姿だけは登場していた)もう一人のギアス能力者である“マオ”とその末路を絡めることで、“ゼロ”としての“ルルーシュ”の道行きのみならず、ギアス能力者としての“ルルーシュ”の道行きもこの作品の重要な構成要素であることが改めて整理され、提示されていくという方向に話を振っていた次第。さしあたり、“ルルーシュ”が自分と同格な存在を前に、(ギアスの力を担保にしている)自分の土俵で初めて守勢に回らされてしまう――“マオ”とチェス対決して(未経験者の“マオ”にコマの動かし方から何から全部読まれてしまって)負けてしまう、とか――という絵面が、妙に新鮮だった。

 さておき、やはり個人的には「ギアスの力」をめぐる話――それはもう一人のギアス能力者“マオ”の末路という形で描かれていたのだった――がきわめて興味深かった。“マオ”は少年時代“C.C.”によってギアスの力を与えられたのだが、長じて力を使いこなすことができなくなって逆にギアスの力に飲み込まれてしまい、廃人一歩手前状態になってしまう。「他人の思考を読むことができる」というのが“マオ”の得たギアスの力なのだが、かような次第だから常に他人の思考が自分に流れ込んできてしまうという逆サトラレ状態に陥ってしまっているという描写は、その徴候である。かかる具合に、「力」と能力者との関係を「能力者が能力を使用する」というフォーマットとは逆方向に――つまり「能力が能力者を支配する」というような形で――設定しているところが、この作品のなかなか慧眼なところであると、さしあたりは言っておくことができるだろう(「人によって違った能力が発動する」という事実が、それをさらに補強する(実はこの作品の登場人物全員が「手足が長くなる」というギアスの力を持っているという話もあるのだが(←マテ)))。

 ――以上のような形で「ギアスの力」はそれ自体単独で存在し、それを受肉した存在者や周りの存在者を巻き込まずにはおかないものとしてある、というところから逆算して“ルルーシュ”や“マオ”、“シャーリー”、“ヴィレッタ”、さらにはギアスの力の管理者的な相貌をこれまで見せ続けてきていた“C.C.”までもが、実は力の奴隷でしかなかったという事実が描かれ、物語の重大な急所になっていく。この点に関して一貫しているところに、この作品の、現在におけるかけがえのない価値があると言っても、あながち揚言ではあるまい。ことに今回の場合、“C.C.”もまた“マオ”を――その器でないにもかかわらず――ギアス能力者にしてしまったという過ちを背負った存在であったというところが強調されていたわけで、それは以上のような「ギアスの力」と人間との逆立した関係を勘案してみると、なかなかポイント高。「王の力は、お前を孤独にする」という“C.C.”のセリフ@第1話は“ルルーシュ”に対してのみ発せられた言葉ではなかったのだ。それは“マオ”にも当てはまるし、ことによると、この言葉を発した“C.C.”自身にも当てはまることなのかもしれない。

 以上のような形で周到にフレームワークを構築したところに“シャーリー”の悲劇や“C.C.”の悔恨、そしてそれらを引き受けてなお“C.C.”とともに行き着くところまで行こうとする“ルルーシュ”の決意――それは“C.C.”との「(再-)契約」という形で描かれていたのだった――が描かれることで話的に一区切りを迎えるわけであるが、しかし実は、以上のようなシークエンスによって、“ルルーシュ”と(「ギアスの力」にとどまらない)〈力〉との抜き差しならない関係がさらに明らかになったと見る必要があるだろう。

 既にさんざん明らかにされているように、個人の飛び抜けた力(「ギアスの力」)がそのままで世界全体を変えるというようなナイーヴさはこの作品の中では周到に退けられている。それは第14話において一つの頂点を迎えた“”絡みの話でさらに強烈に描かれていた。で、かようなナイーヴさに代えて、“ルルーシュ”が“ゼロ”として率いる「黒の騎士団」という組織の力能が前面に押し出されることになる。しかし、「組織で戦うこと」をプログラムの中核に据えることで、“ルルーシュ”と〈力〉との関係が、微妙なしかし決定的な齟齬を孕んでいることが同時に明るみに出てくる。ここに事態のキモが存在する。

 上述したように「黒の騎士団」結成以後、「組織で戦うこと」が“ルルーシュ”の戦いの中核となっていき、それは確かに一方では「(妹“ナナリー”のために)ブリタニアをぶっ壊す!」という彼の野望が着実に現実的な力をともないつつあることを意味するのだが、しかし一方で組織内の力学というのが組織自体あるいは“ルルーシュ”の個人的な信念をも変質させてしまうものでもあることをも意味するわけで(今回の場合、その変質は“シャーリー”の変質として描かれていた(ずいぶん残酷な話だが))。〈力〉と主体(組織)との関係は簡単なものでは決してなく、〈力〉自体が独立した秩序をもって、自ら主体的に〈力〉を揮っていると信じている人々に牙をむいて襲いかかってくるとしか言いようのない瞬間というのが、必ず存在する――その点をいささか露悪的なまでに描いているところに、この作品の大義があるのかもしれない。

 してみると、“ルルーシュ”と“C.C.”の「契約」というのは、“ルルーシュ”が「ギアスの力」と最終的に和解する――これまでは“ルルーシュ”と“C.C.”は微妙な齟齬をはらんだ存在として関係づけられていた――ことで〈力〉を完全に我が物とすることができたということを意味するものでは、おそらく全くないのではないかと、個人的には思うところ。むしろ“C.C.”の悔恨や二人の「契約」は、“C.C.”もまた〈力〉の前には無力であることの徴候に過ぎないのではないかという見立ても、ある程度以上成り立つことになる。“C.C.”がもはや全能の管理者ではなくなった――何しろ〈力〉どころか「ギアスの力」にある意味振り回された存在であることが暴露されたのだから――ことが、今後に与える影響は、おそらくものすごいことになるだろう。で、ここに“ディートハルト”が次第に「黒の騎士団」に地歩を固めていったり、「黒の騎士団」内部に内ゲバの徴候が見え始めたりという断片がどう展開していくかが重ねられることになるわけで、興味は尽きない。さて……

 にしても、むやみやたらと着替えている“C.C.”に、あぁやっぱりCLAMPキャラだからなぁと思ったのが当方だけならば、それでいい(爆)。C.C.さくら?(←マテ)。



yami_yahma at 22:13コメント(0)トラックバック(23) 
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