2009年11月20日
北岳が見たかったのに!!
先週行くつもりだった、○井くんとのツーリングが、雨で延期となり、天気が回復した昨日、今日で走ってきました。○井くんの予定では、それこそ走れる林道はすべて走りまくって、帰ってくるという四国のSSER(でしたっけ)みたいなルート設定でしたが、私ができればやんわりとお願いしますといったところ、「分かりました、純さんでも楽しく、いつでもショートカットして蓼科に入るルートにしておきます」との返事をもらうことができた。
そして昨日、中央高速の韮崎インターを降りて、国道20号線手前のデニーズに行くと、私のGSにも装着している米国マシンアートモト社の「X-Head」「MudSling」を輸入しているimport_items社の佐々木さんがBMW R80GSで、そして今回のツーリングの張本人の○井くんは、自分の愛車H社のアメリカンがオイル漏れなので佐々木さんのBMW R1200GSアドベンチャーを嫌々借りてきました、と現れました。勉ちゃんなら、アメリカンだろうが、モペットだろうが林道なんてグリグリ走れてしまうのに、よりによってGSアドベンチャーですか、と私は茫然自失!
とはいうものの、気を取り直して、「じゃ、行きましょう!」という勉ちゃんの合図で、我々計画は計画で、じつは行き当たりばったりの3人組は、ゆるゆると出発しました。
まずは、勉ちゃんお気に入りの、韮崎から近い青木鉱泉への林道に突入。こんなところから入るんですか? という民家の横を抜け、川沿いのフラットダートを上っていきます。勉ちゃんは、ダートに入ったとたん、スイッチが入ったらしく、GSアドベンチャーのASCトラクションコントロールを効かせっぱなしで、消えていきます。佐々木さんも80GSでスルスルといかにもスムーズに走っていきます。後で聞けば、四国のSSERに何度も参加しているバリバリのオフロードフリーク。
目的の青木鉱泉は閉鎖されていて、我々は予定通り、来た道を引き返します。とりあえず林道1本制覇。このあとは、入笠山から国道152号線に出る黒河内林道を目指します。先日の雑誌のテストで、金沢林道が舗装工事で通行止めと知っていましたので、富士見町から入る舗装林道で入笠山に行くことにしました。ところがどっこい、上がるに連れて、道の両脇に白いものが見え始め、もうちょっとで入笠山の駐車場という手前で、路面は完全にシャーベット状態となり、その先は前面真っ白の雪景色。さすがの勉ちゃんも、「これはムリですね」とギブアップ。私は、ほっと胸をなでおろしたというわけです。
今日は無理をしないで、昼食、夕食の買出しをして、蓼科にある勉ちゃん家の別荘に向かうことにし、Aコープでたんまり買い物をしたのですが、そこのレジで、よこのレジにいるおねぇさんが、「バイクですか?」と聞いていきました。「ええそうなんですよ」というと、我々のウエアのマークを見て、「バイクもBMWなんですか?」とさらに聞いてきます。「そうなんですよね、貴方はバイク好きなんですか?」というと、なんと「はい、ハーレーのスポーツスターに乗っています。でも、もう寒くて乗れないんですよね!」ときた。
すかさず私が「そうなんだ、でもBMWはいろんな装備があって寒くないよ、今日だってこれからちょっとしたパーティやるんだけど、来るかい?」と言おうとしたんだけど、ぐっとこらえたのです。でも、かなりイケテルヤングレディでした。
というわけで、男3人で勉ちゃん家の別荘に向かい、ビール3リッター、焼酎1ボトル空けつつ、韓国風ちげ鍋で盛り上がったのです。翌日は、標高の高いところは雪や舗装路面もシャーベット状態だから、ぐっとこらえ、せめて夜叉神峠を越えて日本で2番目に高い絶景の北岳を見ましょう、プランに変更。しか〜し、夜叉神峠のトンネル手前から通行止めとなっていて、やむなく甲府に下りて、すごすごと帰ってきました。
来年は、今回計画していた林道走り三昧ツーリングを実行するぞ、と3人で固く心に誓って、帰路についたのでした。そうそう、こんな寒い早朝や山は2〜4℃という季節にもかかわらず、私はぬくぬくで疲れ知らず。それはもちろん、河名シートさんで作っていただいたヒーター付き私仕様のシートのおかげです。グリップヒーターと合わせて、鬼に金棒状態です。
2009年11月02日
ほら、美女と!!
週末の日曜日、静岡県森町のDAYTONAさん本社で開催された「森町・静岡 茶ミーティング」with 培倶人に行ってきた。
私は、当日トークショーとミニ・ライディングクリニックを担当させていただきました。会場は、本社内にあるテストコースを使っての試乗会(スクーターからスーパースポーツまで、すべてJMCA公認のマフラー装備)、各パーツアクセサリー、ウエアメーカーの出展、地元森町のアクティ森による静岡緑茶のサービス、ヤマメの丸焼きや名物などの展示即売、じゃんけん大会などが行われ、多くの来場者でにぎわいました。このお茶の試飲ブースには、森町のお茶娘お二人がいて、おいしいお茶のサービスをしてくれます。私はもちろん何回も足を運び、その可愛い笑顔に大満足。
さらに、今回は誌面でしかお目にかかったことのなかった美人と親しく話しができて最高。培倶人ではおなじみの多聞恵美ちゃんで、いつも美味しいものを食べているか、お風呂に入っているショットしか知りませんでしたが、とてもスレンダーな美人。いやいやドキドキするよな、なんて考えていると「純さん、ブログ見てますよ!! 今日もバイクですか?」と、逆に軽いジャブを食らい、アタフタ。でも、ちょっとだけ皆さんにも、私とのツーショットをお見せいたしましょう。横のあごひげのおじさんは無視して構いません。
いつも美女と遭遇、なんちゃってちっとも写真がないじゃないかといわれると思い、今回はちゃんと証拠写真を撮ってきました。どうですか? こんどはぜひ一緒に誌面で仕事したいな、ね、編集長!?
2009年10月25日
おっと、またしても林道!?
昨日は、八ヶ岳の大泉村にあるホテルで、BMWのオーナーズクラブのナショナルラリーという1年でもっとも大きなイベントがあり、私は、土曜日の午後に3回のプチ・ツーリング・レッスンの後、協賛していただいている、メッツェラーとゴールドウインの勉強会のコメンテーターをし、そのままナショナルラリーの大宴会で、妙齢の美女アナウンサーと掛け合い漫才、ではなく司会進行のシャベリに突入、参加の皆さんが美味しそうな夕食を食べているのを横目に見ながら、私はありかたく注いでいただけるビールをがぶ飲みしながら、なんとかしゃべりを終えることができました。何も食べずにアルコールを呑むだけで2時間しゃべりっぱなしは、かなり堪えまして、部屋に戻った瞬間、寝ていました。
そして、今日は午前中の早い時間で集合写真を撮って終わりとなりましたので、私はそのまま高速道路で帰るのはもったいないと考え、長野、山梨、東京を下道で結ぶルートを探し、ちょうど八ヶ岳〜清里〜川上村に抜けると混雑を避けられると判断。そうなれば、川上村から中津川林道を経由して秩父から帰れば、結構楽しそうなルートが出来上がります。
清里の駅前から国道141をちょっと南下して、県道に入り、名前は魅力的だが細くて険しく、落ち葉だらけの「クリスタルロード」を注意深く抜けて、川上村に出ます。そして、このところ何回も走っている中津川林道を下るのですが、濃い霧で前が見えません。
でも、私は下りの林道で自分に課したプログラム、スロットルを開けながら曲がり、車体を安定させてさらにスロットルを開けられる走りを試しながらグイグイ下っていきます。下りでスロットルを開けるのは、難しいのですが、それは舗装されたオンロードでも、未舗装の林道でも同じだということを発見でき、ペースを自分なりに上げたことで、前回よりも疲れましたが、成果は上々。
この前テントを張って自主トレをした「王冠キャンプ場」で、ちょうどお昼となり、おいしいお蕎麦をご馳走になり、渋滞とは無縁で帰ってくることができました。
今回は、オンロードでのツーリングやツーリングクリニックがメインだったこともあり、タイヤは、オン主体のメッツェラー・ツアランスEXPで出かけました。荷物も単純な着替えだけでなく、しゃべりもあるのでケッコウ大荷物で、パニアは満載状態でした。
そして、中津川林道には、そのまま突入。エア圧もオンロードの標準空気圧のまま、唯一リア・サスペンションのプリロードを強めに締め、伸び側のダンピングをちょっと掛け気味にはしておきました。三国峠に上がると一面霧で寒いくらい。路面は前夜の雨でかなりの湿り具合。でも埃が立たないのでいいかな、という感じです。EXPのままで、空気圧も変えずに下りの林道ですから、前輪が滑るのが不安でした。
ところがところが、オフでのグリップはあまり期待できそうにないトレッドパターン(溝が少なく浅い)のEXPが、無茶な飛ばし方をしなければ、なんの不安もなく、フロントがずるずる滑ることもなく下っていけたのには驚きです。ドロドロ、ヌタヌタのようなところ以外は、オフでも普通に走れる、マルチパーパス・タイヤだということを再確認しました。
2009年10月23日
怪しいおじさん達と遭遇!?
つい先日、私は某誌のテストで早朝に東京を出発、バイクの乗換えと休憩のために、中央道の双葉サービスエリアに入りました。バイクの駐車スペースに入ると、なんとも貴重で珍しいバイクが停まっていました。それは、ホンダが80年代に作り上げた、楕円ピストンと気筒あたり8本もの吸排気バルブを持ち、4気筒なのに8気筒と同じ高回転と馬力を獲得した限定市販スーパースポーツNR750です。
このバイクのルーツは、1979年にホンダがGPに復帰するときに、当時全盛だった日本製2ストローク500(ヤマハやスズキ)に同じ排気量としては不利な4ストローク・エンジンのマシンで戦うという、ホンダの意地ともいえる決意で考え出されたエンジンを搭載したNR500です。2ストロークと同じ馬力を出すためには、はるかに高い高回転まで回す必要がある(なにしろ2ストロークエンジンは、ピストンが上昇する度に爆発行程となるのに対し4ストロークは2回に1回ですから、同じ馬力を出そうとすれば倍近い回転数が必要になるわけです)。ですから、NR500はライバルのヤマハYZRやスズキΓが12000回転とか13000回転で120馬力だったのに対抗するために、500ccで20000回転まで回す必要があり、それを可能にしたのが、楕円のピストンが上下するシリンダー/シリンダーヘッドに8本ものバルブを詰め込むことで、それを可能にしたわけです。
そんなマシンの開発と、その後の市販NR750の市販化、そしてGPチームの監督をしていたのが、写真の右端に写っている尾熊洋一さんなんですね。ホンダを引退した今でも本当のバイク好きで、このNR750の他にもCBX1000 6気筒やCX500ターボなんていう、おそろしくマニアックなバイクを所有し、同じように怪しげなおじさん達とツーリングしています。もともとは、ホンダの開発ライダーでもあり、レースでも素晴らしい成績を残している人ですから、走るのは大好き。そして根っからのエンジニアでもありますから、メカにもたいそうな知識と技術を持っています。何年か前には、海の底から引き上げた日本の誇るゼロ戦のエンジンのレストアも手がけたりしていました。
「それでよう純ちゃん、こんなところで一体何してんだい?」と江戸っ子のべらんめぇ口調で聞かれた私は、「いやいやちょっと雑誌のテストなんですよ」というと、「ヘンッだ、まだそんなことやってんのか、俺たちはさー、飯田だか伊那だかにめっぽう上手いラーメンがあるってんで、食いに行くとこなんだ。どうだうらやましいだろ!?」ときました。
いやいや、参りますね。でも、「熊さん、今度行くときは、絶対連絡くださいよ!?」お願いしたら、「よ、はっつぁん、じゃなくて純ちゃん、任しときっ」と言い残して、怪しいおじさん軍団を率いて消えていきました。
2009年10月20日
旧友と再会、うれしいな
18日の日曜日、神戸にある「阪神ライディングスクール」をお借りして、カツラダモータース・グループさんのライディングレッスンを開催しました。少人数(これは私がお願いして10名限定)で時間も限られていたのですが、安全で楽しく走るためのキッカケになっていただければと、私なりに全開で頑張りました(そうは見えなかったって!)。そして、レッスン終了後、そのまま帰路につき、月曜日の午前1:30に自宅に到着。またしても休日ETC割引のおかげで、1600円+250円で済み、助かりました。もちろんガソリン代は変わりませんが、往復を合計すると、1/3ほどの経費です。
思ったより時間は掛かりましたね。これは、やっぱり休日のETC割引のためです。名神で京都を過ぎるあたりで電光掲示板に、「米原〜関が原18km渋滞2時間」なんて表示されているではありませんか。草津PAで休憩がてらルートを変更することにしました。まだあまり知られていないことで空いていると考えた神名神で東名阪の亀山に出て、四日市からは伊勢湾岸自動車道、東海環状道経由で土岐から中央高速〜八王子としました。ところがところが、神名神に入ってすぐ、今度は「亀山〜四日市東17km渋滞」なんて出ているではありませんか。土山SAで夕食を済ましておこうと入ったものの、上下線共通のSAのため、レストランもコンビにも大混雑。おにぎりと温かいお茶を買って、外のベンチで寂しく夕食を。なんて感じでしたから、時間も掛かります。でも、それはそれで面白くて、飽きることはありませんでした。帰宅してから、ちょうど始まったF1レースの生放送を見て、トヨタからF1初出場の小林可夢偉、ウィリアムズの中島一貴を応援。さらに、オーストラリアで行われたMotoGPのレースをビデオで見ていたら、朝になってしまい、バタン、キューと寝ていました。
そうそう、神戸のライクリが終わって、参加者が全員帰り、私も帰り支度をしているところに、旧友の毛利良一くんがやってきました。じつは朝電話をくれていて、「雑誌を見たら、純が今日神戸に来るということを知って電話したんだ、時間を見つけて会いに行くよ」といっていたのです。
毛利くんは、いにしえの名ライダー。神戸の名門チーム「神戸木の実レーシング」に所属し、全日本シリーズのトップクラスで何回も年間チャンピオンに輝いた素晴らしい経歴を持っています。
年齢は私より1歳上(といっても、半年も変わりません)で、しかもその成績は私は彼の足元にも及びませんが、現役のときから全然偉ぶることもなく、私にも接してくれていました。当時は、私は彼と同じ「神戸木の実レーシング」の千石清一くんとジュニア350クラスのチャンピオン争いをしていましたから、普通ならライバル・ライダーには冷たいのに、彼はマシンや走りに関して質問すると、まるでチーム員のように親切丁寧になんでも教えてくれました。私は、最終戦の雨の鈴鹿サーキットのレースで、クラストップを走りながら、周回遅れのライダーが転倒して撒き散らしたオイルに乗って転倒リタイアしてしまい、夢は散ってしまいました(もう一つのシリーズ戦であるMCFAJのジュニア350ではチャンピオンを獲得できたのですが)が、私がレースを止めてバイク雑誌のリポーターになってからも、レースの取材で会うと、人懐っこい笑顔で「オーッ、純どないや? 元気か?」と声をかけてきてくれました。
そんな彼が、たまたまバイク雑誌を見ていて、私が神戸に来ることを知って会いに来てくれるなんて、メチャクチャうれしかったのです。しかも彼は、いまではバイク業界とは全く関係ない仕事をしているにもかかわらず、最近BMW R1200RTを買ったらしく、今日も朝早く六甲を走りに行ってきたらしい。「いやいや、もう速くなんて走られへん、危ないしな。加速だけチョッと楽しむだけで、あとはもうスロースローや!!」といいながら、ものすごく楽しそう。
彼は、現役のときのレースでの事故で、左足が5cmくらい短い。そのせいで「シートは低くしたんやけど、左足を着かなくちゃならなくなったときに危ないんや。走り出せば軽快で凄くいいんやけど、もうちょっと軽ければいいのにな」なんて。「そや、今度一緒に走りに行こう。もちろん1泊で、もちろん目的は飲むことや。昔のチームの親分の片山義美さんも、最近バイクで走り回ってるから、もちろん一緒や。千石(清一)やキヨさん(清原明彦)とかも仲間やからおもろいで!?」
「ほんと? それはぜひぜひ誘って!!」ということになり、来年の春には、そんな楽しそうで恐ろしいツーリングが実現しそう。
帰りのことが気になって、毛利ちゃんとの写真を撮り忘れてしまいました、すいません。
思ったより時間は掛かりましたね。これは、やっぱり休日のETC割引のためです。名神で京都を過ぎるあたりで電光掲示板に、「米原〜関が原18km渋滞2時間」なんて表示されているではありませんか。草津PAで休憩がてらルートを変更することにしました。まだあまり知られていないことで空いていると考えた神名神で東名阪の亀山に出て、四日市からは伊勢湾岸自動車道、東海環状道経由で土岐から中央高速〜八王子としました。ところがところが、神名神に入ってすぐ、今度は「亀山〜四日市東17km渋滞」なんて出ているではありませんか。土山SAで夕食を済ましておこうと入ったものの、上下線共通のSAのため、レストランもコンビにも大混雑。おにぎりと温かいお茶を買って、外のベンチで寂しく夕食を。なんて感じでしたから、時間も掛かります。でも、それはそれで面白くて、飽きることはありませんでした。帰宅してから、ちょうど始まったF1レースの生放送を見て、トヨタからF1初出場の小林可夢偉、ウィリアムズの中島一貴を応援。さらに、オーストラリアで行われたMotoGPのレースをビデオで見ていたら、朝になってしまい、バタン、キューと寝ていました。
そうそう、神戸のライクリが終わって、参加者が全員帰り、私も帰り支度をしているところに、旧友の毛利良一くんがやってきました。じつは朝電話をくれていて、「雑誌を見たら、純が今日神戸に来るということを知って電話したんだ、時間を見つけて会いに行くよ」といっていたのです。
毛利くんは、いにしえの名ライダー。神戸の名門チーム「神戸木の実レーシング」に所属し、全日本シリーズのトップクラスで何回も年間チャンピオンに輝いた素晴らしい経歴を持っています。
年齢は私より1歳上(といっても、半年も変わりません)で、しかもその成績は私は彼の足元にも及びませんが、現役のときから全然偉ぶることもなく、私にも接してくれていました。当時は、私は彼と同じ「神戸木の実レーシング」の千石清一くんとジュニア350クラスのチャンピオン争いをしていましたから、普通ならライバル・ライダーには冷たいのに、彼はマシンや走りに関して質問すると、まるでチーム員のように親切丁寧になんでも教えてくれました。私は、最終戦の雨の鈴鹿サーキットのレースで、クラストップを走りながら、周回遅れのライダーが転倒して撒き散らしたオイルに乗って転倒リタイアしてしまい、夢は散ってしまいました(もう一つのシリーズ戦であるMCFAJのジュニア350ではチャンピオンを獲得できたのですが)が、私がレースを止めてバイク雑誌のリポーターになってからも、レースの取材で会うと、人懐っこい笑顔で「オーッ、純どないや? 元気か?」と声をかけてきてくれました。
そんな彼が、たまたまバイク雑誌を見ていて、私が神戸に来ることを知って会いに来てくれるなんて、メチャクチャうれしかったのです。しかも彼は、いまではバイク業界とは全く関係ない仕事をしているにもかかわらず、最近BMW R1200RTを買ったらしく、今日も朝早く六甲を走りに行ってきたらしい。「いやいや、もう速くなんて走られへん、危ないしな。加速だけチョッと楽しむだけで、あとはもうスロースローや!!」といいながら、ものすごく楽しそう。
彼は、現役のときのレースでの事故で、左足が5cmくらい短い。そのせいで「シートは低くしたんやけど、左足を着かなくちゃならなくなったときに危ないんや。走り出せば軽快で凄くいいんやけど、もうちょっと軽ければいいのにな」なんて。「そや、今度一緒に走りに行こう。もちろん1泊で、もちろん目的は飲むことや。昔のチームの親分の片山義美さんも、最近バイクで走り回ってるから、もちろん一緒や。千石(清一)やキヨさん(清原明彦)とかも仲間やからおもろいで!?」
「ほんと? それはぜひぜひ誘って!!」ということになり、来年の春には、そんな楽しそうで恐ろしいツーリングが実現しそう。
帰りのことが気になって、毛利ちゃんとの写真を撮り忘れてしまいました、すいません。
2009年10月17日
知っていますか? 遺跡の上にPA!!
私は今日、またまた神戸・西宮に来ています。9月のシルバーウイークのときに来たのと同じで、ユーザーのためのアフターサービスとして安全運転を広めようと熱心なディーラーさん主催のライディングのクリニックのためです。
いつものように、混雑を避けて(なにしろ、前回は夜中だというのに渋滞していた)、ちょっと時間をずらして中央高速に乗ったためか、通行量は思ったより少なく、余裕を持って走ることができました。
そこで、見つけたのが、この写真の看板でした。これは、名神高速の下り尾張一宮PAのバイク駐車スペースから奥の小さな芝生の山の上に立てられていて、隣の屋根つき休憩スペースの作りが、弥生時代っぽいな、と気になってテクテクと見に行って発見しました。なんと、このPAの下には弥生時代の遺跡や環濠などが発見されたとのことです。私は、どちらかというと縄文遺跡が好きなのですが、弥生だって見逃せません。中央高速のPAだったかな、にも遺跡館を見られるところもあります。そして、諏訪インターで降りて、蓼科に向かっていくと八ヶ岳尖り石縄文考古館があり、私は何回も訪れています。特殊な機械も技術もなかったはずの3000年、あるいは5000年も前の人類が、じつは素晴らしいアイデアと長い時間をいとわず根気よく作り上げた生活用品やアクセサリーには、いつも感心させられています。なにしろ、現代でもその細工には最新の精密工作機械や技術が必要とされる、硬いヒスイや小さな石に穴を開け、女性のネックネスを作っていたり、カラフルでお洒落なウエアをアレンジしていたことなど、見るたびに驚きとその発想の素晴らしさに感嘆させられています。
青森の三大丸山遺跡の壮大なやぐらも、現代人がやっとの思いで作り上げた超高層建築ビルや東京タワー、エッフェル塔と考えれば、納得できてしまいます。彼らがやりたかったことは、今となんら変わりないのではないのかな、なんて思ったりします。その先には、エジプトのピラミッド(その建築理由はもっと深いらしいのですが)にも通じるのかもしれません。
2009年10月15日
富士山麓には美女が住む!!
そんなわけで、お昼は山村レイコちゃんがやっている「フェアリーテール」に出かけることにした。しかも、ラッキーなことに、ランチを予約した「ドロンコ祭り」に参加している彼と彼の友人のなかで、一人が風邪でダウンしたと連絡があり、私が彼の分にありつけることになった。
「富士ヶ嶺オフロードパーク」から、バイクで1〜2分という超近距離にあるレイコちゃん(ちゃん、なんて呼ぶ歳ではないが、昔からそう勝手に呼んできたのでご容赦を)のこじんまりとした牧場は、振り向けば富士山がドワーッとそびえ、周りは緑の牧草地が広がる、素晴らしい環境。
僕が行くことを彼女は知らないので、私を含めたバイクが3台と、女性二人の乗る乗用車が駐車スペースに入っていくと、「いらっしゃい!」と出迎えてくれた後、「あれっ、あれっ」と不思議そうな顔と声。ヘルメットを脱いだ私を認めると「なんだ純さんじゃないの?!」と、迷惑…、いやいやうれしそう。
なにしろ、私は彼女が20歳前後でバイク雑誌(私のやっていたモト・ライダーではない)に登場し始め、ついに念願のパリ・ダカ・ラリーに出場(バイクとその後四輪でも)し、健康のことを考えて朝霧高原に住みついてからも、テレビや雑誌のエッセイやコラムニストとして大活躍しているのをズーッと見守ってきた。その間には、何回か一緒に仕事をしたし、お酒も飲んだ。
彼女は、間違いなく美人である。そして仕事ができる。北海道で、一緒にお酒を飲んでパリ・ダカやいろんな話をして、私は完全に彼女の一ファンになった。何年か前、彼女が朝霧高原に定住し、カフェを始めたことを知って、近くに行く用事があったので、お茶でも飲もうと出かけたことがあった。残念ながら、そのときは彼女は仕事で出かけていて会えず、だったから、会うのはほんとに久しぶりだった。
そして、彼女は今もとびっきりの美人だった。しかも、馬やヤギ、ニワトリ、犬たちと富士山の自然の中で過ごすことで、さらに磨きが掛かっていた。どうやら、彼女と旦那さまがオープンしているレストランは、いまでは自分の農場で取れる野菜などをふんだんと使って、土日だけでなく(昔は土日だけオープン)おいしいランチを提供してくれるらしい。興味のある方は、彼女のホームページ「フェアリーテール」を覗いて見るといい。ランチは、とっても美味しかったし、ちょうどいいボリューム。朝霧高原周辺にツーリングに行ったら寄ってみるといい。
「富士ヶ嶺オフロードパーク」から、バイクで1〜2分という超近距離にあるレイコちゃん(ちゃん、なんて呼ぶ歳ではないが、昔からそう勝手に呼んできたのでご容赦を)のこじんまりとした牧場は、振り向けば富士山がドワーッとそびえ、周りは緑の牧草地が広がる、素晴らしい環境。
僕が行くことを彼女は知らないので、私を含めたバイクが3台と、女性二人の乗る乗用車が駐車スペースに入っていくと、「いらっしゃい!」と出迎えてくれた後、「あれっ、あれっ」と不思議そうな顔と声。ヘルメットを脱いだ私を認めると「なんだ純さんじゃないの?!」と、迷惑…、いやいやうれしそう。
なにしろ、私は彼女が20歳前後でバイク雑誌(私のやっていたモト・ライダーではない)に登場し始め、ついに念願のパリ・ダカ・ラリーに出場(バイクとその後四輪でも)し、健康のことを考えて朝霧高原に住みついてからも、テレビや雑誌のエッセイやコラムニストとして大活躍しているのをズーッと見守ってきた。その間には、何回か一緒に仕事をしたし、お酒も飲んだ。
彼女は、間違いなく美人である。そして仕事ができる。北海道で、一緒にお酒を飲んでパリ・ダカやいろんな話をして、私は完全に彼女の一ファンになった。何年か前、彼女が朝霧高原に定住し、カフェを始めたことを知って、近くに行く用事があったので、お茶でも飲もうと出かけたことがあった。残念ながら、そのときは彼女は仕事で出かけていて会えず、だったから、会うのはほんとに久しぶりだった。
そして、彼女は今もとびっきりの美人だった。しかも、馬やヤギ、ニワトリ、犬たちと富士山の自然の中で過ごすことで、さらに磨きが掛かっていた。どうやら、彼女と旦那さまがオープンしているレストランは、いまでは自分の農場で取れる野菜などをふんだんと使って、土日だけでなく(昔は土日だけオープン)おいしいランチを提供してくれるらしい。興味のある方は、彼女のホームページ「フェアリーテール」を覗いて見るといい。ランチは、とっても美味しかったし、ちょうどいいボリューム。朝霧高原周辺にツーリングに行ったら寄ってみるといい。
2009年10月11日
朝霧高原で、とびきりの美女と再会!!
今日は、こっそりとマウント富士の裾野にあるオフロードコースに行ってきました。誰も呼んでくれないので、私のミスで段べりしてしまったメッツェラー・カルーT(空気圧不足が原因で、本来ならまだ使えるはずのフロント)を交換したついでに、「明日、なんかオフのイベントがあるんだって? いったら邪魔かな?」と聞いてみると、「とんでもないですよ、大歓迎です!!」といわれたので、そさくさと出かけることに勝手に決めた。
シルバーウイークのときの高速道路の混み方(夜中から)がいやで、一般道(国道、県道織り交ぜて)をてくてくと富士山ふもとの朝霧高原にある「富士ヶ嶺オフロードパーク」に、ソーッと潜り込みます。なにしろ、今回の私は、門外漢、しかもこのところの林道三昧で、腰がやばい。ウエストバンドをぐいぐい腹に食い込むほど締め上げてあるので、普通にしていればバレナイ。
ところが、主催者(ったって皆、首都圏のBMWディーラーさんの将来を任された、若くて有能な人も、いたりする)に呼び出されてステージの上に上がるときに、不覚にも腰をかばって、さらに「ヨイコラショ」なんていう私のツプヤキが、さざ波のように参加された120名以上プラス関係者に広がり、私が壇上で「今日はおしのびですので、何もしません、聞きたいことがあれば、よしともさんや松本さんに聞いてください」というと、全員がそうだよな、という同情の顔。
それでも私は、ソーッと誰にも気づかれないように、目をつぶってコースインするのですが、オフィシャルたちが、笑顔で「なんだ山田さんじゃないですか、お好きにどうぞ!!」と顔に書いてあり、おかしいな私からは彼らの顔が見えないのに、なんで分かっちゃうんだろ、とよくよく考えたら、見えなかったのは目をつぶっていた私だけで、彼らからは丸見えだったということに気が付いたのです。
アップダウンの大きいコースで、前後に誰もいないことを確認してから、ここのところトライしていた、しっかりスロットルオンでグリップ、向きを変え、スムーズに加速を確認して、下りはじめると、そこにはお目付け役の悪代官のような顔をしたM.S.CもやもやのH君が私に気づくやスロットルを開けろ、もっと開けろ、ジェスチャーしてくれたので、私はスロットル全閉をくれてやりました。
なにしろ、私にはここに来た目的がもう一つできていましたから、奴と遊んでいる時間なんてもったいなかったのです。その目的とは、たまたま以前のイベントでお知り合いになった方が、「純さん、僕たちお昼を食べに、すぐ近くのレイコさんとこ行くんですよ!」と、聞きずてならないことを耳打ちしてきたのでした。「レイコさんて、山村レイコ??」と聞き返すと、「そうですよ、いいでしょ!」というから、「それはいかん、私も行くべきだ}と即答。
続きは、明日。
そうそう、今回、写真を撮るのを忘れていたのでご容赦ください。
シルバーウイークのときの高速道路の混み方(夜中から)がいやで、一般道(国道、県道織り交ぜて)をてくてくと富士山ふもとの朝霧高原にある「富士ヶ嶺オフロードパーク」に、ソーッと潜り込みます。なにしろ、今回の私は、門外漢、しかもこのところの林道三昧で、腰がやばい。ウエストバンドをぐいぐい腹に食い込むほど締め上げてあるので、普通にしていればバレナイ。
ところが、主催者(ったって皆、首都圏のBMWディーラーさんの将来を任された、若くて有能な人も、いたりする)に呼び出されてステージの上に上がるときに、不覚にも腰をかばって、さらに「ヨイコラショ」なんていう私のツプヤキが、さざ波のように参加された120名以上プラス関係者に広がり、私が壇上で「今日はおしのびですので、何もしません、聞きたいことがあれば、よしともさんや松本さんに聞いてください」というと、全員がそうだよな、という同情の顔。
それでも私は、ソーッと誰にも気づかれないように、目をつぶってコースインするのですが、オフィシャルたちが、笑顔で「なんだ山田さんじゃないですか、お好きにどうぞ!!」と顔に書いてあり、おかしいな私からは彼らの顔が見えないのに、なんで分かっちゃうんだろ、とよくよく考えたら、見えなかったのは目をつぶっていた私だけで、彼らからは丸見えだったということに気が付いたのです。
アップダウンの大きいコースで、前後に誰もいないことを確認してから、ここのところトライしていた、しっかりスロットルオンでグリップ、向きを変え、スムーズに加速を確認して、下りはじめると、そこにはお目付け役の悪代官のような顔をしたM.S.CもやもやのH君が私に気づくやスロットルを開けろ、もっと開けろ、ジェスチャーしてくれたので、私はスロットル全閉をくれてやりました。
なにしろ、私にはここに来た目的がもう一つできていましたから、奴と遊んでいる時間なんてもったいなかったのです。その目的とは、たまたま以前のイベントでお知り合いになった方が、「純さん、僕たちお昼を食べに、すぐ近くのレイコさんとこ行くんですよ!」と、聞きずてならないことを耳打ちしてきたのでした。「レイコさんて、山村レイコ??」と聞き返すと、「そうですよ、いいでしょ!」というから、「それはいかん、私も行くべきだ}と即答。
続きは、明日。
そうそう、今回、写真を撮るのを忘れていたのでご容赦ください。
2009年10月06日
ヤング、おー、おー!!
このショットは、土日で中津川林道に行った時に出会った若者の林道ツーリンググループ。お昼前に「彩の国ふれあいの森」に到着した私は、コーヒーでも飲んで、キャンプサイトのことを聞こうとレストランのあるドームに入った。
するとそこにはライダーの先客がいて、なにやら透明のビニール袋と格闘していた。天気予報は、曇り時折小雨なんていっていたが、しっかりと降り出していた。聞けば、山梨方面の国道140号線から来て、これから中津川林道を走って長野川上村に出て、川上牧丘林道で山梨に抜けるらしい。ここに到着する直前から雨が降ってきたとかで、これからの雨の林道に備えて、雨合羽を忘れてきた彼のために、4人掛かりで大きなゴミ袋でスペシャル・レインウエアを身体に直接作成しているところだった。
でも、外に停めてあったバイクは、オフロードバイクは1台で、2台はオンロードスポーツで、もう1台はスーパーカブ。しかもグループの一人は、左手をギブスで固めている。どうやら、そのギブスで左腕を固めている彼がリーダーで、本当はオフロードバイクで先導するつもりだったらしいのだが、つい何日か前にここで三国峠からの下りで舗装になったところで転倒して骨折したらしい。そのため、今回は四輪車でサポートする役目になったとのこと。
彼にが出発するというので、ゆっくり行けば路面は雨でしまっているから大丈夫だよ、と送り出し、私は今夜のキャンプ場所を探してウロウロ。でもそのおかげで、「王冠キャンプ倶楽部」を見つけることができ、テントを設営して、三 国峠を目指した。峠に着くと雨はやみ、素晴らしい景色が私を出迎えてくれ、飲み物を買うために舗装された長野県側を下っていった。そして、川上村のコンビニまでくると、見送った彼らのバイクと車がいて、昼食をほうばっていた。
「やあやあ、無事に来たね!?」と挨拶すると、「追いつかれちゃいましたね」とリーダー。多分ヒヤヒヤの思いでたどり着いたんだと思うと、自分の40年前を思い出して、これが素晴らしい思い出になるんだよ、と心の中でつぶやいていた。彼らは、まだこれから川上牧丘林道を越えないと、目的の山梨に着かないのだが、大丈夫、彼らの楽しそうな顔には、小さな冒険に向かううれしさがあふれていた。
2009年10月05日
飲んだ翌日、走る走る、走ったら飲む?!
水曜日にMSC.HARA主催の「三橋 淳林道ツーリングトレーニング」で、私も発見があり、それを忘れないうちに復習しておきたいと考えた。
だが、その前にやることがあったので、金曜日の夜に東京・千駄ヶ谷にノコノコと出かけた。そこには、イケメンでオンオフ走れるのっぽの松井の勉ちゃんと、オフパーツを輸入しているSさん(本人もばりばりのオフライダーでBMW R80GSなんて持っている)がいて、飲み会となりました。
そのお店は、勉ちゃんが千駄ヶ谷に住んでいた頃に、愛犬の散歩の途中で見つけたらしく、ガラス越しに見えたお客さんの女性の足の美しさに、間違いなくおいしい店だと確信した、といういわく付きの関西風お好み焼き屋さん。だけど、外から見ると、お好み焼き屋とは思えない、シックでリッチな造り。私たちが行った日は、あいにく勉ちゃんが見た素晴らしい足の女性はいなかったが、つまみもお好み焼きもとても美味しく、ビールや焼酎が進む進む。また行こうね、勉ちゃん、Sさん。
終電前に帰ってきた私は、いそいそと寝る前にキャンプセットやヘルメットやウエアの準備を済ませてから、もう一杯やって寝ました。もちろんそれは、私だけの短期集中合宿のためです。
目的地は、秩父市から山梨方面に抜ける、中津川林道です。ここは、ちょうど1週間前に「ビッグオフロードクラブ」のツーリングで走っていますので(何を隠そう初めて走った)、事情や環境も少しは知っていたからです。
朝はゆっくり出て、秩父から140号線を山梨方面に走り、両神村方面に右折して、林道を1本走ってから再び140号線に戻り、ループ橋、滝沢ダムをやり過ごした後で、中津川方面に右折。このあたりは、オンロードバイクできても気持ちいいワインディング。そして、Y字路を中津川釣り場方面に直進していくと、やおら近代的な設備の整った「彩の国ふれあいの森」に到着。食事は11:30〜13:00までしかやっていないが、日帰り温泉施設があり、休憩にはうってつけ。だけど、ここはテントは張れません。そこで、先週きたときに見た、なんか雰囲気のいい設備もきちんとしたキャンプ場がもう少し先にあったはず、と走ると、舗装が切れてから2km位のところにある「王冠キャンプ倶楽部」。
「今日テント張れますか?」と聞いたところ、「もちろん大丈夫ですよ、まあお茶飲んでいけば」と、おかみさんがとっても親切で、美人で若い、ときた。私は迷わず「お願いします」。利用料金も2000円とリーズナブル。川沿いのキャンプサイトは広々としていて、とても居心地がいい。早速テント(昨年のBMW GSトロフィー in チュニジアで使った)を張って荷物を置き、目的であるオフライディングの極意の復習に中津川林道に出発!!
何回か行ったり来たりしながら、操作とバイクの動きを確認しながら頂上の三国峠で一服。飲み物を置いてきてしまったので、川上村まで降りてコンビニで今夜の夕食になりそうなものを買い、再び三国峠から、今度は下りのときのポイントをしっかり復習してきました。いやその速いのなんの。なにしろ、早くキャンプ場に戻って冷えたビールを飲まなくちゃいけませんから。
夜のはるか手前から、オーナーの中島さんご夫妻と飲んでいた私の横に、5人ほどの団体さんがいて、コテージでの泊まり(そう、コテージもある)らしく、手馴れた様子でバーベキュー。あれ美味しそうだなーッ、とちょっと思う間もなく、どうぞどうぞとおすそ分け。だから好きなんだよね、一人旅(旅っていうほど走ってない)。しこたま飲んで、食べて(そうそう、ここはお蕎麦もメチャ美味だし、オーナーの本職は養蜂業で蜂蜜製造限定販売)、あっという間に撃沈してしまいました。そして夢の中で、中津川林道をまるで滑るように軽やかに駆けている自分に酔いしれたのでありました。続きを読む


