トランプ マジック
 トランプ現象なるものは、トランプ大統領の誕生という形で結末を迎えた。
 いや、アメリカの選挙結果は結末ではなく、まさに始まりと言わなければならないのかもしれない。

 一方で、「現象」という言葉が感性的認識の対象であり、存在それ自体とは区別されるものであるとするならば、まさに「現象」としては結末を迎え、次なるステップすなわち理性的認識なのか、実体的存在なのか、(どの様な言葉が一番ピタッとはまるのか?思いが今およばないが…)「現象」というフワッとしたものから、より形として見えて敏感に身に沁みるステージに突入していくことが想定される。

 「現象」から次に進むことに対して不安を抱く人も少なくない。一方で、これまでの絶望に対して希望を抱く人が多かったからこそのトランプ勝利であるという分析も多く見受けられる。
 

 1980年代から始まったグローバリゼーション、新自由主義の潮流に対する反動として、先進国ではナショナリズム、保護主義、移民排斥主義が息を吹き返しつつある。TPPに対しては明確に反対で保護主義的主張をし、メキシコに壁を作ると移民対策の徹底をうたう、そして、「アメリカ・ファースト!」と国際的課題に対する関与を可能な限り控える孤立主義的思想。トランプが大統領候補として訴え、多くのアメリカ人の共感を得てきたフレーズである。
 この様なこれまでのグローバリゼイションに対する反動が「トランプ現象」である。しかし、トランプ大統領の誕生で、「現象」は「現象」ではなくなり、「実体」としてナショナリズム的な施策、保護主義・移民排斥主義の政策が実行実施される段階に突入したという事実を受け入れなければならない。


 昨日のアメリカ大統領選挙の結果、トランプ大統領の誕生に対しては多角的に様々な観点から分析がなされ、論じられている。ある種先駆的な大阪の事例との比較論も進めたいところではるが、先ずは8年前を思い出しながら、今起きている状況を冷静に受け止めたい。

 8年前、「We can Change !」でアメリカ初の黒人大統領となったオバマ氏の演説に多くの人が感動した。今回、「America First ! 」でアメリカ初の女性大統領を阻みトランプ氏が大統領となる選挙結果に多くの人が衝撃を受けた。(大手マスコミの予測が悉く外れた事を考えれば、衝撃は感じされている程実際は大きくはなく、多くの人は当然の結果と意外に受け入れているのかもしれない。)

 何が言いたいか。8年前も歴史的な大きな出来事であったはずなのだ。アメリカのみならず世界中の人々がオバマ氏の大統領就任演説の一言一句に注目し、感動を覚えたはずだった。しかしながら、今はその感動が薄れ、トランプ氏の衝撃によって完全にかき消されてしまっている事実に目を向けたい。
 真っ直ぐ低速で走っていた列車が、突如スピードを挙げたり、蛇行したり、「変化しながら」これまでと同じ方向に進んでいくチェンジとは異なり、根本的に進む方向が変わってしまったり、二次元の空間から三次元の空間へ突入する転換があったりする様な事象がアメリカで起こったのだ。

 日本にとって外交の基軸としてきた日米同盟についても、変化ではない、大きな転換がもたらされる可能性もあるという事だ。日本にとってもチャンスだという見方もある。国際的に自立する方向性を真剣に考える機会だと捉える見方だ。

 今回の大統領選挙で仮にトランプ氏が敗れていたとしてもトランプ現象は続いたであろう。現状の流れで大きな経済的好転がアメリカに訪れない限りは、アメリカにおける不満の声がおさまることはない。仮に、社会経済状況の著しい好天が見られる場合において、現象はそのまま現象としてフェードアウトすることになる。しかし、これからのアメリカは、「トランプ現象」が巻き起こっていた社会から「トランプ時代」を正式に迎えることになる。この「トランプ時代」が長くなるのか?短いのか?…(政策的な側面からではなく、トランプ氏の他者を激しく罵る様な言動に対しての率直な思いとして)長く続くとは思えない、思いたくはないが、少なくとも8年後には「トランプ現象」とは何だったかの答えが出ていることだろう。