柳鼠の空日記

日常のヒトコマ。 というよりうつな人の壊れ具合レポ。 いわゆるフツーのヒトには耐えられないかも?!

傷病手当金支給決定通知書

通知書が今日届いていた。

1ヶ月くらいかかります。
なんて言われていた割には、3/2付けで支給が決定され3/5つまり昨日には振り込まれていた。ネットで見れるようにしてるから確認したらちゃんと入ってた。

久しぶりに残高の増えた口座にほっとする。
2か月分だから数十万。
とりあえず、先月どうしても払えなかった国保と国民年金を払いにいこう。今月分も入れて2か月分まとめて払ってしまおう。

2か月分の支給。
つまり予想通り給料が普通に出てた9月分は不支給になってた。
でもここがなければ資格を満たせず支給自体が行われなかった。
最重要な期間だ。

明後日の通院日、今度は12月〜2月分の申請をする。
やり方がわかったから今度は郵便で送付でよさそうだ。

それとは別にもうひとつ、確定申告(還付請求)って奴にもいかないとと思っている。
勤めてた時はわずかではあるけど戻ってた訳だから、戻ってくる可能性がある。
でもこれまたいまいちやり方がわからない。調べなければ。

20110305

○食事

魚肉ソーセージ1本
ココア2杯


○体調

特に悪いという事はなかった。
でもとても疲れてた。体力の落ち方が酷い。
当たり前かこんな食生活じゃ。

でも、何でか体重はそれほど落ちてはいない。
その代わり体脂肪が減りだした。特に何か運動を始めた訳じゃなく、ますます動けなくなっていく中でそれはちょっと変かもなんだけど。

まあ脳の本能の部分が『このままじゃ体の維持ムリ。ため込んでた分を使え』と指令を出したのかもしれない。

その体脂肪は、前は高すぎたくらいだから、減った今でまだ標準的な数値を保っている。まだ当分は大丈夫だろう。と思う。

朝、というか、12時頃やっと動き出し、夕方17時頃には疲れて眠ってた。
やった事はここ数日ハマれてる掲示板の書き込みと、シャワー浴びた事くらい。

私はネット上に『友達』を持つ事で、癒しを得ようとしているのかもしれない。

生身の人間の言葉の裏を読み取れない私にとって、すべてが言語(もしくはイメージに言語を伴ったもの)で出来ているネット世界は理解する事のできる、唯一の救いの世界だといっていい。

ネット中毒気味なのは認める。
でもこれがなくなったらもうほんとに、どこにも吐き出せない自分が残ると思う。

20110304

○薬

ここ数日朝が特に起きれないこともあって(昼頃まで雨戸締め切って眠ってる)朝のを昼近くに飲んで昼のも昼に飲む
どうなんだろうこれと思わなくもないけど、もうどうでもいいや・・・


○食事

イングリッシュマフィンにチーズをサンドしたモノ1個
チキンカツ2個
一口大フィナンシェ(お菓子)4個
ココア2杯


○体調

沈んだまま。

久々に母と話をした。

『一応それらしいけど・・・今困ってないなら別に良いんじゃない。困ったらまた来てよ』

っていわれた、数年前に受けた某大学病院の診断の事とか。

ADHDについてのモノだ。
色々調べるうちに、私はこれではないかと思うようになって来てたから。
ちなみにここ最近は大人のADHDについても理解が進んできているようだが、基本的にこれは子供のモノだとみる医師がまだ全然多い状況らしい。

私の説明不足もあったが、特定ナントカの病院にいきなり、紹介状も持たず『大人のADHDを診れますか?』と問い合わせて予約を取って行った。
高い初診料を払い、いろんな検査を受けて、診療代総額はかなりのものになった覚えがある。

そこまでして調べてもらおうと思った。困ってない訳がない。
だけどその時いきなり困ってる事を書けといわれて、電話を取るのが怖いとか何とかそんなよくわからない事を書いた。
今考えたら、それじゃあねえ・・・って気もするけど。

結局体よく追い払われた。
それきり。あとはまあ辛い事も続きつつ何とかやっては来れてた。
今回の解雇までは。

---

妄想癖じゃないの。という言葉は耳に痛い。
自分でもそうなのかなと思ったりもする。

だけどヒトが『普通に(何も考えずに)』できる事が私には出来ないのは確かな事なのだ。

〜をしましょう。とヒトがいう事が出来ないのだ。
『しない』のではなくて『出来ない』。

それはもうほとんど『理解できていない』事に等しい。

言葉が、その言葉としての意味を持たず、ただ耳の中を通り抜けているだけの状態になってしまっている。とでもいったらいいかな。

小学校の図工の時間に、絵を書きましょうといわれて45分、何もできずにぼーっと座ったままだった。絵を描くという行為がわからなかった。先生になだめすかされてもどうしたらいいのかわからなかった。
かと思ったら、精巧な絵を描き上げて絵の先生にほめられたこともあるけど。

科目にもバラツキが激しかった。
国語・英語となぜか生物はよく出来た。別に勉強をしていたからではない。直感。それらは頭の中で、その答えはアレだ。と閃いてしまう教科なのだ。
まだ教えてない所で正解したのは君だけだ。とか言われる事もあるくらいだった。(そんなもんテストに出すなよ)

でも理数系は全くわからずほぼゼロに近い点数を取った。
覚えるという『忍耐を伴う行為』は苦手だった。苦手というか出来なかった。

そんな私でも受験前は必死に何度も何度も問題集を繰り返した。
平均睡眠時間3時間。
でもそれだけやっても全然進歩してる感じはしなかった。

必死にやっても出来ない。積み重ねが出来ない。結局最初に出来た所はいつでも出来、出来なかった所はどうしてもできない。

一番出来ないのは、ヒトの感情を読む事。
前の記事にも書いたけど。全くわからないから結果的にヒトを怒らせる。

ヒトからみたら、俺を小馬鹿にしてる。こいつ人生を舐めてる。
と、とられかねない(実際多々とられてる)生き方。
そんな世界に私は生きてきたのだ。そしてそれは生きてる限り続く。

実は先に、幼い頃から私を良く知っているおば(母の妹)とは話して、確かにあんたはちょっと変ってたもんね。いわれてみればそんな感じはあった。というお墨付きは頂いていた。

でもうちの母は見栄が強い。自分の子供がいくら気に入らなかったとしてもヒトと比べて劣ってるとか、まして障害だとか絶対に認めない性格だ。

だから今回こんな事を母に話すのも母が真面目に聞くのも初めてだった。
てか以前にもいったことはあったけどスルーされてた。ADHDについての本を渡した事もあったけど、多分に読まれていないし。

でも今回、15kgなんて痩せて、顔つきすら変わってきた私の言葉が初めて母に届いたのかもしれない。

今度もう少し大きな病院でちゃんと準備をしていって、もう一度診てもらおうと思う。
診断名が出たからといってそれで何か変わる訳ではないのだけど、全て自分のわがまま・自分勝手としょい込むには疲れすぎた。

しょい込んでいたら、あとはもう死ぬしかない所まで来ているから。
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