23区歴史walk(四谷編)

四谷から新宿あたりにかけての、ちょっと昔の話だ。
昔の四谷は郊外の片田舎だったが、外堀の工事や明暦の大火が、
寺社や人間の流入をさそい、都市化を促していったのだとか。
また、有事にあっては将軍の脱出ルートとして想定されていた
甲州街道沿いには、御徒組、先手組、百人組などの
武家屋敷が多く存在したと言う。
まずは、その四谷の寺町に来た。
このあたりには、時代劇でお馴染みのヒーローたちが眠っている。
まず始めは、忍者界のスター服部半蔵だ。
半蔵は、家康から、御家のゴタゴタにより切腹に追い込まれた
嫡男岡崎信康の介錯を下命される。
ところが、いろんな意味でビビッタであろう半蔵は役目を果たせず・・・
その後、半蔵は出家し信康の菩提を弔う・・・
そんな話をルーツとするのが、この西念寺だ。
境内には、服部半蔵の墓(左)と岡崎信康の供養塔(右)がある。
服部半蔵の墓 岡崎信康の供養塔
山田朝右衛門の墓 この勝興寺には、「首切り浅右衛門」こと、
山田朝右衛門が眠っている。
墓石には、六代目「吉昌」と七代目
「吉利(年)」の名が見える。
特に、七代目「吉利」は、吉田松陰
橋本左内などの大物幕末志士を
斬っていることで知られる。
また、刀剣の鑑定も役目としていたが、
これは当時、異例のことであったらしい。
長谷川平蔵の供養碑 戒行寺は、「鬼平犯科帳」で有名な、
長谷川平蔵の菩提寺だ。
「火付盗賊改役」と言えばこの人。
荒唐無稽なキャラに化けることの多い
時代劇のヒーローの中にあっては、
実像に近いイメージがある。
いわゆる"ちょい悪親父"系ってやつだ。
ただ、その墓所は不明なのか?
とりあえず、供養碑が建っている。
榊原鍵吉の墓 続いては、"兜割り"の榊原鍵吉だ。
「最後の剣客」とも言われるように、
幕末から明治にかけて活躍した剣豪だ。
特に"兜割り"のエピソードが有名で、
上田馬之助との兜割試合に勝利し、
明治天皇の御前でも兜割りを披露した。
ここ西応寺に、その墓所がある。

於岩稲荷 四谷と言う土地柄、
四谷怪談ゆかりの寺社も存在する。
田宮稲荷神社陽運寺がそれで、
道の両側に「於岩稲荷」の幟が立つ。
「お岩さん」は実在の人物で、
巣鴨の妙行寺 には墓所もある。
「お岩さん」の実家、御家人田宮家の旧地がここであるらしい。

ちょっと、長くなってきたので、この先は次回に。
次は、内藤新宿の話へ続く⇒⇒