GWの5月3日、横浜方面へと出かけた。
首都高では、箱崎、お台場、羽田空港付近では激しい渋滞に捕まり・・・
今にも降り出しそうな、どん曇りの中、ようやく三渓園に到着。
三渓園は、明治後期にオープンした日本庭園だ。
国の名勝として、それなりに名の知れた名園であるが、横浜市街から少し離れている事もあり、連休でも人が殺到するような場所ではないようだ。
三渓園
園内に入ると、お約束の大きな池があり、外周を築山が囲んでいる。
三渓園
景観を引き立てる古建築が見所の一つとなっている。
この日は、この臨春閣が公開されていた。
紀州徳川家(初代頼宣)が領地に建てた別荘とされている建物だ。
三渓園
以前は、豊臣秀吉が建てた聚楽第の遺構と考えられていたという。
それほどの格式と風格を備えた建造物であるらしい。
三渓園
邸内の襖絵は、狩野永徳を始め狩野派の絵師によるものであるという。
さすがに、紀州のお殿様の別荘と伝わるお屋敷である。
三渓園
松風閣という展望台から見た風景。
眼下は、本牧市民公園と首都高湾岸線で、東京湾岸には石油コンビナート
(たぶん新日本石油の)が見える。
三渓園
三角の屋根が特徴的な旧矢箆原家住宅は、白川郷から移築した合掌造り
の建造物であるという。
三渓園
かなり立派な建物で、主は地元の豪農であったようだ。
三渓園
2階に上がって屋根の裏側から見たところ。
三渓園
小山の上に建つ三重塔も印象的だ。
京都燈明寺から移築した室町初期の建造物であるという。
三渓園
なんとか、天気も持ちこたえて、いよいよ横浜の中心部へ・・・と思ったが・・・
市街は大渋滞で、駐車場なんて空いてない・・・やむなくここで撤収・・・
原三渓 今回唯一見学できた三渓園を造った原富太郎(三渓)は、 横浜をホームグラウンドとした明治の実業家。
絹貿易で財を成したと言い、また、富岡製糸場などの工場も所有したという。
大正時代に横浜興信銀行(現在の横浜銀行)が設立されると初代頭取にも就任している。
というわけで、今日は、その 横浜銀行(東証一部) の株を見てみる。
いわゆる地銀の雄で神奈川ばかりでなく東京方面にも結構進出している。
歴代頭取は旧大蔵事務次官とあり・・・天下り先か・・・
業績は、増益予想だが、震災や停電の影響がメインの融資先となっている中小企業へどれくらい及んでくるのか?
現在のお値段は、410円×1000株=410,000円〜
PERが 12.69倍、配当利回りが 2.44%と割高感はないか。
まあ、今は株買う気分でないのだが・・・気分でやるからダメなのか・・・