本郷まで来ていたので、ついでに小石川後楽園まで足を伸ばした。
園内は、季節が中途半端で、殺風景な冬景色であるが、涵徳亭では、
『光圀の庭園とゆかりの木像展』が開催されてる。
何やら、木像が15年ぶりに公開されているのだという。

建物内の一室で地味な展示が催されている。
(左)銅製西行像。西行堂(現在は跡地の案内表示しかない)にあったとされるものを陸軍砲兵工廠で復元したものだとか。 維新後に、ここは、陸軍砲兵工廠(東京ドームのあたりか)の敷地となっていたらしい。
(右)木造如意輪観音像。清水観音堂にあったが、関東大震災に際して陸軍砲兵工廠で保護されたものらしい。

展覧会の主役は、この木造2体である。
(左)木造伯夷像。
(右)木造叔斉立像。
伯夷木像及び叔齊木像は、兄をさしおいて世継ぎとなったことに苦しんだ光圀が、「伯夷・叔齊」の物語に感銘を受けてその像をつくり、園内の得仁堂に祀ったという光圀の思いがこもった木像です。
この伯夷・叔齊は、司馬遷の史記に列伝が立てられた人物で、
伯夷・叔斉とは殷代の小国の王子の名前です。長男が伯夷で三男が叔斉ですが、父は弟の叔斉を世継にしようとしました。叔斉は、兄をさしおいて王になるわけにはいかないと思い、兄に王位を譲ろうとします。 しかしながら、兄の伯夷は、父の意思は尊重すぺきであると受けず、終に二人は、国を出てしまいます。 旅に出た二人は周の文王の良い評判を聞き、周へ向います。しかし、二人が周に着いたときには文王はすでになく、息子が殷を倒そうと文王の位牌を戦車に載せて出陣しようとしているところに出会います。 兄弟は「父親が死んで間もないのに敵国を討つのは不孝であり不仁である」と言いますが聞き入られません。 そこで二人は、周に仕えて俸禄を受けるのは恥として、山にこもり蕨を食べて飢えを凌ぎましたが、終には餓死をしてしまう物語です。
現代の感覚では、度を越した変人とも思えるエピソードであるが、当時の儒教では聖人の行いとみなされ水戸藩のイデオロギーとも言える水戸学の形成に影響を与えたとも言われる。

この築山に張り出すように清水観音堂があったという。
関東大震災で消失したが、水面下で?復元を目指す動きもあるらしい。

現在、伯夷木像、叔齊木像が安置された得仁堂は修理中。
屋根の葺き替えや壁板の修理をするらしい。

神田上水の水は、水戸屋敷を経由して神田方面へと供給されていたという。
現在、カルガモが泳ぐ水路では、初夏に子連れの姿も見られる

梅園の梅は、やはり、まだ、ほとんど咲いていない。
この木には、「ミツクニ」という札が下がっている。そういう品種があるのだろう。

わずかに咲く紅梅。

多い木でも、まだ5分程度か。

再び、カルガモ。
確か、くちばしの先が黄色いのが特徴だったと思う。

雪こそ残らなかったものの閑散とした冬の光景だ。
小石川後楽園は、水戸徳川家の上屋敷跡地として知られる場所であるが、水戸家ともなれば、 拝領していた屋敷地も多く、本郷には、東大農学部と弥生二丁目あたりに中屋敷、下屋敷があり、 さらに抱屋敷、蔵屋敷、町人屋敷などが江戸のあちこちに点在していたようだ。


といったところで、今日は、黄門様の本拠地、茨城県水戸市に本社を構える
ケーズホールディングス の株を見てみる。
要は、「ケーズデンキ」の事であるが、ヤマダ電機、エディオンに次ぐ国内3位(売上高)の家電量販店であるという。
この業界大手は、買収によるシェア拡大を競う状況であり、ケーズも傘下にいくつもの家電チェーンを抱えている。
ケーズの特徴は、やはり、ポイントカードを発行せず、現金値引きを強調しているところであろうか。
四季報の業績欄には「大幅減額」とあるが、地デジテレビの買い替え需要の収束といった事情は、 業界に共通したマイナス要因となっているようだ。

ケーズホールディングス (2013/2/13)
東証1部(小売業)
決算 3月(権利確定月)
株価 2,321円(100株単位)
PER 9.83倍
PBR 0.84倍
配当 60円(2.59%)
株主優待 株数に応じた枚数の優待券(1,000円)